op.20-2 茜の再会、蒼の邂逅②
サントラ駅を出発した電車が、がたんごとんと目的地へ向かっていく。
アレグロはよほど人気がないのか、今日も車内は静かだった。三人の少年が座席でトランプゲームに興じている傍ら、ウィルはのんびりと車窓の景色を眺めている。
自身の手に握られた『道化師』のカードをぼんやりと眺めながら、
(マッキーナかあ……)
二ヶ月会っていない、茜色の少女を思い浮かべる。
そして、パーカーのポケットに手を差し入れては、ポケットに隠し持った──赤色のヘアピンを、感触で確かめた。
アレグロで渡しては、天文台からの帰り際に返されたヘアピン。
なんとなく机の引き出しに保管したまま、それっきりになっていたヘアピンを、ハルは家を出る間際に思い出しては、持ってきてしまった。
⁂
ウィルはハルに告げていた──マッキーナも部隊に勧誘すると。
しかし、ムンクにも断られている現状で、あの少女が果たして勧誘を受け入れるだろうか。
マッキーナは結局、あの旅路ではほとんど笑顔を見せてくれることはなかった。
おまけに服の趣味を馬鹿にしては、自身の契約相手としても、結婚相手としても不足だなどとハルを散々罵ってきたマッキーナ。
(いっ、いやいや! 『結婚』の方は別に良いんだけどさ)
ましてや、皐月というあの『同居人』がいるのに、他の女の子と結婚なんてあり得ないハル少年だ。
しかし……そうは言っても。
(本当は、ちょっとだけ悔しかったんだよな)
まったく笑顔を見せないまま、冷ややかな目つきでハルを見つめてきたあの少女。
これからはムンクともっと仲良くなりたいように、あの冒険ではマッキーナとも、もう少しだけ仲良くなりたかった。
いくら相手が女の子であったとしても、術士と能士という形だけの契約関係だけではなく、年頃が近い少年少女の、もっと隔たりのない関係に。
例えば──『友だち』とかに。
(あのままじゃ、ただ振られっぱなしだもんな……)
ヘアピンから手を離して、ハルは静かに決意する。
せっかく再会する機会が訪れたのであれば、今度こそマッキーナとは、あとほんの少しで良いから仲良くなりたい。
ただ一時の契約関係──『臨時契約』としてじゃなく。
そんな、どこか冷ややかな関係ではなく、もっと温度のある関係を築いてみたい。
〈──まもなく、アレグロ。まもなく、アレグロ〉
まだ茜色にはなっていない空が、再びハルを招き入れる。
〈魔獣警報、レベル二。魔獣警報、レベル二。シャラン鉄道にご乗車の皆様は、『結界』内に到達するまで、席をお立ちにならないようお願い申し上げます〉
久しぶりに耳にした都市の名前に、ハルの気持ちは昂っていったのだった。
──今度こそ、マッキーナの笑顔をこの空色に焼き付けて帰る、と。
⁂
そうして再び降り立ったアレグロ駅。
エレメント協会の本部からは、今度は誰も待ち伏せてはいなかった。
「うおお、なんかめっちゃ古臭え建物!」
初めて『魔法都市』に来訪したダイヤが、開口一番に失礼なことを叫んでは、
「なんでみんなして『黒』ばっか着てんだ? 俺らんとこの町長みたいだな!」
……ハルでも気が付くのにかなり時間を要した都市の特徴を、ダイヤは真っ先に言い当てた。もっともそんなダイヤは、いつも通りタンクトップ姿だから、実はハル以上に目立っていたのだけれど。
対して、全身を黒で統一しているムンクは、非常にアレグロの町並みと溶け込んでいた。
協会本部の高層を見上げて、
「…………エレメント協会」
ぽつりと、小さく呻いている。
気のせいなのか、あまり顔色を変えないムンクが、その建物だけはやや睨んでいるように見えて、ハルはそんな横顔を不思議そうに眺めた。
そして、ウィルの後を三人の少年が続いていく。
ハルはなんとなく見覚えのある道のりを、ひたすらに進んでみたならば、それなりに賑やかだった町並みが、次第に閑散へと変わっていく。
「ここ、『七都市』だろ? 全然人いねえな?」
以前のハルと全く同じ感想を、ダイヤは声に出していた。
『炎霊』サラバンドの集落はこういうものらしい、とハルが教えてあげているうちに。
「……へ?」
ハル一行は到着する。
小さな家と、大きな家がひとつに連なった、ひときわ目を引く赤レンガの建物。
『BIBLIO』と彫られた看板を見れば、そこが当初の目的地であることはすぐに分かった。
しかし、その光景は、ハルが以前見たものとはどこかが違っていた。
──なんて、言い表したら良いのだろう。
ビブリオ図書館が明らかに廃れている──いや、荒らされている。
⁂
「へ……!?」
ハルだけではなく、ウィルも途端に血相を変えた。
看板には深い傷が刻まれ、昼間にもかかわらず喫茶店は明かりが点いておらず、前は丁寧に閉じられていた扉が、中途半端に開いている。
何かを悟った一同が、駆け足で扉を開いては図書館に入れば。
入り口で伏していたのは──黒ローブ姿の老婆。
「サラバンド本部長!」
老婆を視野に入れては駆けていくウィル。抱き上げれば、呻く老婆の鼻先に血痕がひたと付いている。
廊下にも、ラウンジにも、倒れた本棚と散乱する書類。インテリアの花瓶が破られては、水や花びらが飛び散っていた。
明らかに異様な図書館の光景で、ハルも思わず駆けては叫ぶ。
「マスキードさん! マッキーナ!」
ダイヤやムンクのことなど構う余裕もなく、荒らされた室内を懸命に探し回った。
──そうして、図書館の奥で目撃したのは。
切り裂かれた黒のポンチョに、癖毛というだけでは済まされない乱れた茶髪。
ぼろぼろになった見るに耐えない姿で、床に力なく仰向けで倒れている『茜色』の少女・マッキーナと。
マッキーナの腕を足で踏みつけては、
「……あん?」
ハルを見つけるなり、低い声を上げながらぼきりと首を鳴らす。
そこに立っていたのは、ハルがいまだ見たことのない──『蒼』を纏った少年だった。
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