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ハルのメトリア 〜英雄の子、ふたたび英雄となる?  作者: 那珂乃
vol.2「サントラの春」編

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op.19 英雄の定義

 酒場を出て、少し進んだところに一本の大木がある。

 ただし、その大木には幹がほとんど無く、枝も、葉の一枚も付いていない。

 切り株となった大木の目前で、ぱっつん頭の少年ムンクが、ただ一人で佇んでいた。


 ──魔獣ジェミニとの戦いで目撃した、金色の髪を思い出す。


ハル(かれ)は……間違いなく新聞で見た『マイスター』だ)


 王国最強の剣士。

 十五年前に魔神マーラを倒した──『英雄』。


 ソルフェでは、夜空をぽつぽつと小さな星が点在している。

 そんな星々を見上げたのは、ムンクではなく──





「『英雄』の定義について考えたことはあるかね?」


 ムンクの後ろを追ってきた、くすんだ藍色の中年の男が。


「私たちは、どういった人間のことを『英雄』と呼ぶと思う?」


 振り返ると、縹色の長髪が夜空を背景にそよいでいる。

 ムンクは数秒の沈黙を何度も重ねてから、


「自分にとって都合の良い存在のことだ」


 ──答えた。

 ぱっつん頭の黒髪は、短いがゆえになびくことはなく。


「マイスターもそうだ。この王国の人間の大多数にとって、都合が良かったから『英雄』と呼ばれた」


 神々は決して、人間の願いなど叶えてはくれない。

 しかし、同じ人間であったなら、自分の願いや希望を叶えてくれるかもしれない。

 マイスターはまさしく、王宮や国民たちの願いを代わりに叶えた存在だった。大陸戦争での自国の勝利。魔獣や魔神といった災厄なる存在の排除。


 無機質な黒い瞳を視野に収めたウィルが、なるほど、と納得したように頷いて。

「では、そんな君の定義に基づいて話を進めよう」

 これ以上進めるべき話なんて無い、とムンクが返すより早く。


「ムンク。君は今、()()()()()()()()()()


 障害を共に乗り越え、共に魔獣を倒してくれた仲間にして。

 すでにムンクは──ハルの『英雄』だと。


「そして、君は近い将来、この王国……いや、この大陸世界の『英雄』となるかもしれないな」

 ウィルは告げた。

「私たちと共に──あの『英雄の子(ミニスター)』と共に、魔神を打ち倒した『英雄』となれる」

「……な……っ」

「ハルはそういう『英雄』なんだよ。かのマイスターとは違うんだ」


 一人で魔神と戦わなくて良い。一人で世界なんて救わなくて良い。

 いったい誰が決めたというのか。


 この世界で、『英雄』が──()()()()()()()()()()()()()()()()なんて道理を。


 ムンクはやや細めがちだった瞳を、ほんのわずかに広げた。


英雄(ヒーロー)になれる……)


 少しだけ、闇夜が揺れた。

 しかし、すぐに揺れは収まり、冷ややかな風に感情を紛れさせて。


「俺はそんな大層なものにはなれない」

「なぜ?」

「……都合が悪いからだ」


 誰にとって都合が悪いのか……とは、なぜかムンクは言わなかった。

 しかし、ウィルは口角を上げた。ムンクがはぐらかした返事の主語が、どこにあるのかを知っているような素振りで。


「都合が悪いというのは、もしや君」


 全てを読み切った指導者が。


「君の『メトリア』に、問題があるという話かね?」


 ムンクの心臓を撃ち抜いた。





 ムンクは、自らを『風のメトリア』使いだと申告した。

 標識(マーカー)を矢の代わりとし、自らの『風』を以って軌道を引くと。軌道を自分で引けるからこそ、弓で射るほうが銃火器よりちゃんと当たるのだと。


「それは偽証(フェイク)だよ」

 ムンクの『水』の揺れを読んだウィルが。

「もっともらしい説明ではあったがね。もとより『風』は応用に長けた、用途が極めて幅広いメトリアだ。その辺で吹いたただの風を、故意に使っていると嘯いたところで、その嘘を立証する手立ては実はあんまり無いからな」

「……」

「君が本当に使っているのは、宿しているメトリアは『風』では無い。君が本当に宿しているのは──」


 ──ウィルの声は、遮られた。

 その喉元へ、その腹へ。

 闇夜に紛れては無限に伸びた──ムンク自身の『影』によって。



 ムンクは、黙れ、とは決して言わなかった。

 そのメトリアを以って、ウィルの軽い口を自ら封じてみせて。


「……そこまで読めているなら尚更だ」


 わずかに暗がりを含んだ声色で、ムンクは音を立てることなくウィルへと歩み寄る。


「マイスターだかミニスターだか知らないが、俺がそんな奴の隣に並べるとでも?」

「無論だ」


 言葉を封じることができたのは、ものの数秒だったらしい。

 ムンクがウィルのところまで歩み寄るまでに、再び開かれた両唇から紡がれたのは──


「メトリアが誉れとなることはあっても、穢れや恥となることは有り得ない」

「どの口がほざいている?」


 ぴりりと纏わりつく冬風が、形を変えていくのを肌に受けながらも、ウィルは両手をコートのポケットに突っ込んだままだった。

 そんな飄々とした態度に、さすがのムンクも血相を変え始めて。


「俺たちの『今』を作ったのが誰だと思っているんだ」

「『歴史』は不変だからな、どうしようもない。しかし『未来』は変えられる時間だろう?」


 余裕ぶった、いや、本当に余裕そうな不敵の笑み。

 ウィルは小さく睨むムンクに言い放った。


「君が変えて見せたまえ」

「……何?」

「今の君には選択肢がある。そのまま人知れず社会の影に隠れるか、ハルたちと共に光の道を進むか」


 コートから手を引き抜いたウィルが、その右手で掴んだのは、


「私の『英雄』の定義を君に伝えよう」


 自身へと伸ばされたムンクの『影』だった。

 厚底のブーツで、少しだけ高いところからムンクを見下ろしたウィルが──指導する。


「ムンク。『英雄』というのはな」


 かつての『英雄』──クラウスを思い浮かべながら。


「自らの意志(ウィル)を以って道を切り拓いた者のことを呼ぶんだ」


 自身が胸に抱く定義を、ウィルは明かしたのだった。





『星のメトリア』を宿した少年・ハル。

『大地のメトリア』を宿した少年・ダイヤ。

 そして今、サントラの隣町・ソルフェでは新たな少年・ムンクもまた──同じ物語(ドラマ)の舞台に足を掛けようとしている。


 これは、ひとつの英雄譚(ものがたり)

 英雄譚において『英雄』は一人とは限らない──



 ともあれ。

 ハルにとって初めての任務(ミッション)である『魔獣討伐』は、これで完遂となったのだけれど。


部隊(チーム)に勧誘するべきはムンクだけではない」


 帰りの電車にて、ウィルがハルに笑いかける。

 があがあといびきを立てながら寝こけている隣のダイヤを横目に、ハルは空色の瞳を瞬かせた。


「……マッキーナのこと?」

「ああ。他に誰がいる?」

 今度は、にやにやと悪い笑顔を浮かべたウィルが言った。

「なにせ、一度は『臨時契約(アクシデント)』をした間柄だ。どのみち魔境の『封印(シール)』も彼女に依頼するわけだし、この先さまざまな任務を遂行するにあたって、術士(ライター)部隊(チーム)には必要不可欠と言えるのではないかね?」


 もしもダイヤが起きていたなら、きっとこの漫画脳は騒いだだろう。

 剣、槍、弓とくれば、今度は魔法(メトリア)。それも、『炎』使いの紅一点。

 よっしゃあ、パーフェクトパーティの完成だぜ!


(……とか、ダイヤだったら言うんだろうなあ…………)


 ムンク同様に笑わず、しかもムンクよりも遥かに性格がキツめのお嬢さま。

 皐月みたいにころころ天気が変わる女の子も扱いが非常に大変だが、マッキーナみたいな一日中雨嵐な女の子も勘弁してほしい。


 ……なんて失礼なことを考えつつも、ハルは両肩を少し下げて。

「まあ、ダメ元で聞いてみれば良いんじゃない?」

 それもマッキーナは、ソルフェなんて隣町とは違って『七都市』がひとつ・アレグロの住人であらせられる。


『魔法都市』と呼ばれる術士(ライター)の町で──もっとも立場が弱い『炎霊(サラバンド)』の契約者。



〈──まもなく、終点サントラ。まもなく、終点サントラ〉


 車内放送が流れる。

〈──魔獣警報、レベル一。魔獣警報、レベル一。シャラン鉄道にご乗車の皆様は、『結界(エリア)』内に到達するまで、席をお立ちにならないようお願い申し上げます〉


 そろそろ聴き慣れた放送を耳に入れながら、ハルはひとりでに、二ヶ月ほど顔を合わせていない少女の顔を思い浮かべた。

 アレグロの住人であることを示した『黒』を基調としたポンチョに身を包み、ワインレッドのスカートに黒いタイツを履いていた癖っ毛の少女。茜色の瞳で自らの人生を憂い続ける、ほとんど笑わないマッキーナ。


 ハルは、この任務によって長年抱き続けていた『魔獣』からの恐怖を脱した。

 言わば一つの『救い』を得た形である。



 これは、ひとつの英雄譚(ものがたり)

 英雄譚において、『英雄』は一人とは限らない──()()()()()


 ハルという一人の『英雄』も、そろそろ誰かを救わなければならない。

 そしておそらく、ハルが知る人々の中で今もっとも救いを求めているのは……──

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