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ep.2-2 ハルとウィル、そして皐月②

 竜暦一〇四四年、十二月二〇日。


 サントラの朝は早い。

 町のはずれの牧場から、七時を知らせる鶏の鳴き声がかすかに聞こえてくる。

 フライパンの轟音に叩き起こされたハルが、目を擦りながら自分の寝室を出ると、ウィルはすでにリビングのソファで優雅にコーヒーを飲んでいた。


「おはよう、ハル」

「……それ、ずっと飲んでない?」

「一日三杯は飲む主義なんだ」


 そう笑いかけるウィルに、皐月が朝食の用意を告げる。

 恵まれるのはお湯だけで十分だ、と言葉を返したウィルに、


「ハルを助けてもらったお礼です」

「……なるほど。少々『お釣り』が過ぎる気もするが、まあ、私は好意で貰えるものは全て貰っておく主義だ」


 そう言って、ウィルは長髪を掻きむしりながらソファから立ち上がった。

 ……お湯と言えば、おじさん。昨日はちゃっかりシャワーも借りてなかった?

 まだ降ろしたままの長い藍色が揺れている。髪留めと思わしきゴムが、ウィルの細い手首に巻きついていた。


 台所の前に広がる、長方形の食卓には、三人分の小皿が並べられていた。

 皐月は昔から『パイ料理』が得意だと自負している少女である。たまたまなのか、それともウィルを一応は客人だと意識してのことなのか、皐月は自分にとって一番の得意料理を朝一番に出してきた。

 すでに小分けにされた野菜サラダと、食卓の中心に置かれた白プレート。そのプレート上で、ひときわ存在感を放っていたのがパイである。

 砂糖水が表面に塗られ、こんがりと焼き上がった生地の上できらきら輝いていたのは、この家では非常にお馴染みの『橙色』の果物だった。


 その果物を一瞥したウィルが、


「──『みかん』だろう?」


 あっさりと、その果物の名前を言い当てた。皐月は目を丸くする。


「……どうして知っているんですか」

「『極東』の文化について調べていた時期があるんだよ。かの島国では、みかんは日常的に食べられているそうだな」


 切り分けられたパイに手を伸ばして、


「どこで取り寄せているんだ? モデラか」

「……自家栽培です」

「何!?」


 今度はウィルが驚く番だった。そして椅子からガタンと立ち上がり、リビングの大きな窓から見えている庭へと視線を移す。

 昨晩では暗くて庭の全貌がよく見えず、ついさっきまで何の変哲もなかった木々こそが自家栽培のみかん畑そのものであったことに、ウィルはようやく気が付いたらしい。ちなみに、フレッシュな香りがリビングにふわふわと充満しているのも、あの橙色が香りの発生源だ。


「……皐月」


 昨晩のナイフや包丁よりも、みかんの存在は彼にとって重大だったらしい。急に神妙な面持ちをしたかと思えば、


「モデラに持ち込めば飛ぶように売れるぞ」

 ……何でそんな急に声を潜めたりするんだ。ここには三人しかいないよね?

「そうなんですか?」

「きっと極東(ふるさと)より高値が付く。知っているか? モデラは極東からの流れ者が多いんだ。奴らが前に言っていたよ、『もっと運んでくれば良かった』って」

 種とか苗じゃなく、橙色そのものを。





(モデラって……どこだっけ?)


 ハルは懸命に脳内地図を掘り起こす。


 確か、モデラはサントラからは一番近いところにある『七都市』のひとつだ。

 町長にずっと前に見せてもらった地図からは、そこそこ『右』のほうにモデラと名前が書かれていたような気がする。


(なるほど……『そこ』でも良いな)


 ハルもパイを手に取って、みかんを上から頬張っていく。うん、甘い。


「モデラでは栽培していないんですか」

「栽培技術を持ち合わせていないんだよ。君こそ、誰かからみかんの育て方を教わったのか?」


 ……まだみかん談義してるよ、このおじさん。メトリアの専門家なんじゃなかったの?

 ただ、皐月も今回ばかりはウィルから突如もたらされた新情報(ニュービジネス)には多少興味があったらしい。


(なんでおじさん……皐月が極東の出身だって分かったんだろう?)


 不思議そうにウィルを見上げながら、二口、三口とパイを放るハル。

 そして。


「──『花』か」


 花。

 ウィルから発された()()()()()()()()()()()に、皐月はピクリと細い眉を動かした。





「『花のメトリア』で育てているんだろう?」


 ウィルの言葉を、皐月は決して肯定しない。

 代わりにハルが、何の話、とウィルに聞き返す。


「極東の島国特有の『メトリア』だよ。みかん同様、かの地で暮らす人々にとっては、それほど珍しい代物じゃない」


 ──ど、どういう代物なんデショウ?

 何の前ぶりもなく、紙コップ片手に『専門家』らしさを発揮し始めたウィルを、ハルはぽかんと口を開けたまま眺めている。急に押し黙った皐月が、行儀良く椅子の上で膝に両手を合わせている。

 メトリアの話なんて、皐月から聞いたことないんだけど。え、あれ? 皐月も持ってるの?


「『花』が有する主な性質は、簡単に言えば『成長』だ」

 コーヒーをすすりながら、

「肉体機能、環境変化、大陸世界が本来有している時の流れ。特定の生命にのみ干渉することによって、それらの『成長』を自発的に早めることができる」


 ──皐月流みかんの『育て方』、がハルの知らないところで存在しているらしい。


 普通に木に水やりしていた気がするけれど、皐月がここまで沈黙している以上、ウィルの推測はどうやら的中したと見るのが妥当だった。

 しかし、予想が的中したはいいものの、皐月はなぜか、自身が持っていたメトリアの能力をウィルにはあまり話したがらないようだった。いや、ウィルに知られたくないのではないのかもしれない。


 ──誰にも、知られたくなかったのかもしれない。





「……『外』には漏らさんよ」


 そんな皐月の心情を、どうやらウィルは勘付いたらしい。


「詮索して悪かったな。ただの趣味だよ。メトリアの保有者を見つけたら、色々と分析して楽しむのが私の趣味なんだ」


 ──趣味というか、仕事というか。

 紙コップの中身を空にしたウィルに、ハルはふと思い立ち問いかける。


「おじさんは……」

「ウィルで構わないよ」

「ええと、ウィルさんは、どこから来たの?」


 そう言えば聞いてなかったと、首を傾げるハルを一瞥し。


「──『王都』でしょう」


 ウィルではなく、なぜか皐月がハルの疑問に答えた。ハルは途端に、丸まっていた背中をピンと伸ばす。

 ……まさか。そんなまさか! モデラでも良いかとか悠長なことを言ってる場合じゃない!


「おや。なぜ分かった?」


 みかんほど驚いた様子ではなく、むしろ意外を装って笑うウィルに、皐月は答えた。

 桜色の瞳が、くすんだ藍色──『縹色(はなだいろ)』を捉え。


「だって、髪が(あお)いんですもの」


 空色の瞳が、ウィルの肯定の言葉に、みるみるうちに輝きを取り戻していく。

 ハルはとっても喜んだ。これは良い出会いを果たしたと、田舎からの脱出を目論む年頃の少年がそこにいた。



 ──ウィルの『(あお)』が持つ意味も。

 皐月が『蒼』を嫌った意味も。





 ──何も知らない『空』を見下ろしては、ウィルがハルに問いかける。


「ハル。ノウド君の家は知っているかね」


 案内してほしい、あるいは町の地図を見せてほしいと、ウィルは純粋な少年に次の目的地をたずねる。

 すると、ハルは足元に置いていたリュックサックから使い古された地図を取り出して。


「『上』の方だよ」

「……それを言うなら『北』だろう?」


 ウィルは、この賢いお嬢さんに『東西南北』を教わりたまえ、と紙切れを指さす少年をたしなめた。「……まさか、それも私が『指導(おしえ)』なければならんのか?」などとひとりでに言葉を続けながら。

2022年3月15日:「ep.2」を分割&改行調整しました。


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