op.17 僕の一番星(アステリスク)
「『星撃』って、もうちょっと威力の加減付けられないのかな……」
──ソルフェ行きが決定した数日前。
ハルは、自身が今もっとも困っていることをウィルに相談していた。
一回や二回放っただけでメトリア切れを起こすような剣撃、使い勝手が悪いなんてものではない。かといって先日の闘技大会みたく、出し惜しみしてあっさり敗北するような無様な真似を避けたいわけで。
「だって貯蔵限界は今すぐにどうにかなる問題じゃないんでしょう?」
ダイヤが「もっと格好良い技名つけようぜ! 『光折剣』的なやつ!」とか、至極どうでも良いことを主張してくるのを無視しながら、ハルはウィルにダメ元でたずねてみた。……だからダイヤ、光折剣は『伝説』違いだって何度も言ってるだろ!
すると、ウィルは顎に手を当てながらわざとらしく勿体ぶって。
「加減をつけるべきは威力ではないよ」
「へえ?」
「加減するべきは飛距離の方だ。『星』を放つ方向に変化を付けるのだよ。軌道と言った方がより正確か?」
星の軌道……あっ、本当に光を折るってか!?
ウィルは指先に自身の『水』を浮かべながら、
「メトリアの形状を頭の中でイメージしてから放つ。放つ対象、放つ量、どんな方向にどのような形で放つのか、メトリアが自分の手元から離れてしまう前に決めておくのだよ」
そう答えるウィルの指先では、『水』が丸くなったり平たく潰れたり、さまざまな形状に変化を続けている。
『魔法都市』でさんざん馬鹿にされていた割には、ウィル先生もちゃんとメトリアの制御できているじゃないかと、それを見たハルが内心で不思議がっていると。
「これは基礎中の基礎だよ、感覚でできる範疇だ。私でもクラウスでも、ニールセンだってできる」
「そ、そうなんだ……」
「むしろ、メトリアが発現して二ヶ月も経っているのに、まだそんな段階に留まっていることを恥じるべきだよ、ハル少年?」
──だ、だから!
そういう基礎中の基礎みたいなことは、最初から教えておこうねウィル先生!?
するとウィルは、一呼吸置いてから。
「……まあ、クラウスはその基礎すら怪しかったがね」
思いがけない言葉に目を丸くする。
ウィルによれば、かの英雄・クラウスの場合、メトリアによって剣撃を放っているというよりは、剣撃にメトリアを乗せただけのことがほとんどだったということで。
「今思えば、少々もったいなかったな」
ウィルが呟く。
「剣士としての実力がすでにあるからと、なんとなく蔑ろにしてしまったんだ。あいつにももう少し、メトリアの研究をさせてやればよかったよ」
ただメトリアを放つだけじゃなく。
どう放つか──『星』を使うのかが大事だと、ウィルはハルに告げたのであった。
⁂
そして、今。
魔獣ジェミニにハルは『星撃』を放つ。
ただの直線、光の束ではなく、自ら創造した星の軌道を。
その軌道──『流星』が如く。
木々の間を縫った光の線が、遥か彼方から弧を描いてはジェミニに襲いかかる。
剣撃というよりもむしろ、弓で放たれた『矢』のように見える星撃に、ムンクは表情には出さないものの。
(……何だそれは。何のメトリアだ)
一度も見たことがない『金色』に戸惑いながらも、ムンクは自らの弓をジェミニへと向ける。
ハルが放つ光の矢と、ムンクが放つ──風の矢。
色とりどりのアーチを描きながら、魔境の番人を狩っていく。
ジェミミが悲鳴を上げながら、全身を逆立てて、轟音と共に全方位へと放射する漆黒の毛。
自分へと向かってくる無数の棘を目掛けて、
「ど──どうにでもなれえっ!」
やや情けない声を漏らしながらも、ハルは『星剣』アストロを一閃する。
──キィィィン!
弧を描いた流星群が、漆黒の棘を撃ち落としては一歩。
自らこじ開けた魔獣へ続く道を、一歩、ハルは力強く踏み出した。
星の軌道も、その一歩も、他でもない自分の意志で。
相手は全方位に毛を飛ばしてくるのだから、ムンクの言う『ヒットアンドアウェイ』では防戦一方になってしまう。
それなら──それならば!
(自分で行くしかないじゃんか……っ!)
ジェミニを目掛けて、ひたすらに駆ける。
この森林に指導者はいない、友人もいない。
ここにいるのは──魔獣を倒せるのは、ハルとムンクの二人だけ。
ブオォォ、とこだまする咆哮を全身に浴びながらも、ハルは足を決して止めることなく。
(頑張れ僕、やればできる!)
そして決めてやる──自ら編み出した『必殺技』を。
一直線上に飛ばすだけでは、今の剣の腕前では命中させられないというのなら。
空を舞う無数の流星のように、こうやって剣撃を広げてしまえば良いんだ。
距離五十、距離四十──ジェミニとの距離、およそ三十。
地面を蹴り上げ、標的の胴体へ目掛けて宙を跳ねては放つ。
ソルフェに来る前に名付けていた、初めてハルが自ら編み出した『必殺技』を一閃した。
「【僕の一番星】うううううっ!」
──少しばかり力みすぎた、その『小さな英雄』が初めて放った一番星は。
森林のあたり一帯を、魔獣ごと──
魔境ごと、粉塵にして。
⁂
おびただしい光が、まだ昼下がりの空をいっそう眩く照らした。
豪風に見舞われたムンクもハル自身も、地から足を浮かしてしまいそうになる。
ハルが初めて放った【僕の一番星】は、ムンクのいる距離から見ても壮絶な威力を持っていて。
(…………けれど)
それでも。
どれほど高い威力を持とうとも。
どれほど剣撃に広がりを持とうとも。
その一撃が魔獣を仕留めるに至ったかどうかは──実際に、その目で見なければ分からない。
「そこから離れろ!」
ムンクが叫ぶのと。
地面にふらふらと着地したハルの頭上に──『熊』の腕が振り下ろされるのは。
⁂
「……………………へ」
ほとんど、同時だったように思う。
フードが剥がれた金色の紙、そのわずか数ミリほどの掠めるような距離で。
三度姿を変えたジェミニの巨体は、ハルの目と鼻の先で制止した。
振り下ろされた腕に巻きついていたのは──おぞましき『影』の手。
──ざんっ!
影が巻きついたジェミニの腕、その中心に、深々とムンクの放った『標識』が刺さる。
不自然に動きを止めたジェミニが、その場で大きく身体を逸らしては吠える。
その間に現場まで駆け寄ってきたムンクが、右手に自らの『風』をまとった標識を握りしめて。
「──ふんっ!」
反り上がった胴体、ジェミニの中心──『心臓』に突き刺す。
その場で崩れ落ちそうになっていたハルを腕に抱え、ムンクは凄まじい轟音を発し始めたジェミニの元から素早く退避した。
とどめを刺された変形する獣が、熊から山羊、山羊から牛へと、あらゆる魔獣を模しながら。
──最後の姿となったのは、ハルがよく見知った『馬』の顔。
漆黒の毛を逆立てて、かつて自身の母親を呑み込んでいった魔獣の姿が、黒い光に包まれながら消えていく。
その最期をムンクに抱えられながら、ハルは空色の瞳で見届けた。
(……こいつが、母さんの仇かどうかは分からない)
たまたま同じ姿になっただけかもしれない。そもそも、あれは五年も前の話だ。
当時サントラ付近で開いた魔境は、この魔境シグマとはまったくの別物なのかもしれないけれど。
──何にせよ。
魔境シグマの番人・ジェミニは、光と闇の少年によって、見事討ち果たされたのであった。
⁂
静寂を取り戻した森林で、ジェミニが消えた後をハルは呆然と眺めていた。
ムンクと共にいくつかの木々を渡ってから、ようやく地面へと降ろされるなり。
「……最後まで気を抜いてはいけない」
歴戦のハンターに、戒められる。
「狩りは狩られる側も真剣だ。少しでも油断すれば、立場が逆転するのはあっという間だ」
初めて体験する命のやり取り。
ばくばくと、ばくばくと急に鼓動が早まっていく。
ある日、突然流星が降ってくるように。
ある日、突然唯一の家族を失うように。
何かを得る瞬間も、何かを失う瞬間も、すべては何の前触れもなく訪れる。
流星も、神様も。
──未来の『予言』など、決してしてはくれない。
からん、と『星剣』アストロが足元に転がっては。
「……は?」
突然、ハルがムンクの胴体にがばあとしがみついてくる。
たとえ『マイスター』の息子であろうとも、たとえ同じメトリアを宿していようとも、一度深く刻まれた心の傷はそう簡単に乗り越えられるものではない。
そんな傷を癒すのも、傷の元となった『魔獣』を乗り越えるのも。
ハルを救えるのは、ハル自身の──『勇気』という名前の意志だけとは限らなかったのだ。
「あ、りがとう」
ぽろぽろと。
「ありがとう、ムンクさん……!」
ぽろぽろと、空色の雫が落ちていく。
剣を放ったまま自分の身体にしがみついていく金色の少年を、ムンクは呆然と見下ろしていた。
取り乱した様子にも困惑したが、それ以上に。
フードが取り払われた、その金色。空色の瞳。顔立ちが──新聞でよく見知った『マイスター』と、瓜二つだったことに愕然として。
泣きじゃくるハルをしばらくは眺めていたが、
「……すぐに魔境を出るぞ」
ムンクは呟き、半ばハルを引きずるように歩き出す。
ハルはえんえんと泣き続けていたが、無愛想なムンクの態度で落ち着きを取り戻していき、やがては自分の足で進み始める。
地面に刺さった標識を辿り、羅針盤と共に帰路を辿る。
魔獣は二度と姿を表すことなく、瞬き一回で編成が分断されたように。
ほんの瞬き一回で──ウィルとダイヤ、二人の顔をハルは再び視界に収めることができたのだった。




