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ハルのメトリア 〜英雄の子、ふたたび英雄となる?  作者: 那珂乃
vol.2「サントラの春」編

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op.15-2 並行する魔境②

『魔境』という名の世界については、いまだに不明なことが多い。

 だから、実際に入ってみなければ分からない。

 その領域内に魔獣が何体いるのか。どれほどのサイズで、どんなメトリアや能力を持っている魔獣がいるのか。


 だから、当然起こり得ることなのだ。

 魔境という、大陸世界と異なる『領域(せかい)』に足を踏み入れた瞬間──そこに訪れた人間の編成(パーティ)が、分裂してしまうことだって。





「…………へ……え…………?」


 瞬間。

 ムンクが駆け寄って、その場で呆然としているハルの腕をがしと掴んでくる。

 その握力の強さ、わずかな痛みで我に帰ったハルが、


「え……あれ、ウィル先生……ダイヤ……?」

「絶対に俺から離れるな」


 無表情のムンクから発されたその声は、ハルが耳にした今まででは一番緊張感を孕んでいた。

 辺りを見渡せば、その森林の景色は数刻前までとなんの変化もないように見える。しかし現実には、さっきまでそこにいたはずのウィルとダイヤがいない。

 離れていた──なんて言うほどではなかった。人と人が向かい合って他愛ない会話ができるくらいの、せいぜい数十センチほどの距離しか離れていなかったはずなのだ。


 しかし、その数十センチですらも、今となっては不安要素だった。

 ムンクはハルの腕を掴んだまま、自身のポーチから『羅針盤(コンパス)』を取り出す。


「え、なに……? なんで──」

「騒ぐな。現況の整理が遅れる」


 動揺するハルをぴしゃりと制止して、ムンクが自分たちのいる方角を確認する。

 そして、針の向きを見るなり呟くのだ。


「……『逆』だ」


 何が、とハルが聞き返すまでもなく。


「さっきまでと俺たちのいる方角が逆だ。入り口から『西』側に立っていたはずが、『東』側に立っていたことになっている」

「へえ……?」

「多分、俺たちと他の二人とでは立っている世界が違う。たった今、同じ領域内で二つの違う世界が展開されたんだ」


 全然意味がわからない、とハルの顔に書いてあるのが、フードで隠れていてもよく伝わってくる。

 しかし、実はムンクにとっても初めて体験した現象だ。


(前例は聞いたことがあるけど……まさか今日に限って……)


 青ざめていそうなハルに対して、内心でのみムンクはため息を吐く。



 つまり。

 ハルとムンク、ウィルとダイヤ。

 全く同じ領域内で繋がっている──二つの『並行』した魔境に、それぞれが分かれて喚ばれてしまったということで。



「ぱ……並行世界(パラレルワールド)ぉ!?」

「ここは初めから、『対』になっている魔境だったということだ」


 ──それ、いったいどうやって出るんデスカ!?

 明らかに狼狽するハルに、ムンクはつとめて淡々とした様子で。

「多分、ふたつの魔境は同期している。同じ魔獣(ヤツ)が出てくるから、両方の魔境で魔獣(ヤツ)を倒せば大陸世界に戻ってこれる」


 裏を返せば。

 ここにいる魔獣をムンクとハルで倒さない限り──元の世界には帰れない。





 ひゅ、と乾いた空気を喉から漏らしたハルが、懸命に携えている剣の柄を両手で握った。


(大丈夫だ……だ、大丈夫だ!)


 自分自身に言い聞かせるように。


(とりあえず、あっちは大丈夫、大丈夫だ、多分! ダイヤは強いし、ウィル先生もちゃっかり強そうだし!)


 俺が『羅針盤(コンパス)』を見ているから君は『探知器(チューナー)』を見ろ、というムンクの指示の声もはるか遠く。


(こっちも大丈夫だ、ムンクさん居るし! 僕だって、僕だって今は、メトリアも『星剣(これ)』も持ってるから……)


 ──今なら、きっと大丈夫なはずだ。

 もう僕は、十歳足らずの子どもじゃないと。

 あと数週間も経てば、十五歳になる立派な男だと。


 ハルが思い出すのは、初めて出会った『魔獣』の影──





「『ハル』」


 ──名前を、呼ばれた。

 初めて目前の少年に名前を呼ばれ、ハルがはっとして黒い瞳を見返す。

 モノクロな姿をした少年・ムンクは、


「……行くぞ」


 何ひとつ変わらない表情、何ひとつ変わらない声。

 何の装いも偽りもなく、無駄な感情のない平淡な様子でハルに声を掛けた。

 ウィルのようなどこか裏のありそうな笑顔でも、逆にダイヤのような元気ありあまる笑顔でもない。あるいは、皐月やマッキーナのように、あからさまに不安や不満を見せるようなこともなく。

 ただ淡々と──自分の仕事をこなすだけかのように。


 そんなムンクの態度が、むしろ、今のハルにわずかばかりの安堵をもたらした。


「…………うん……」

「本部での打ち合わせ通り、標識(マーカー)を挿しながら予定していた進路を行く。君は『探知器(チューナー)』を見て魔獣(ヤツ)の接近を俺に知らせる。魔獣(ヤツ)と遭遇したら俺が倒す」


 淡々と今為すべき行動を紡いでいくムンクに、ハルは懸命に頷いて見せた。

 しかし、ひとつだけ、口を開いては。


「魔獣は、僕も一緒に倒すから……!」


 ──そんなに震えている(ハル)では無理だ。

 内心ではそう思ったムンクだったが、懸命な表情を見れば本心をそのまま口に出すのは憚られた。



 王宮指定魔境、仮称『シグマ』を進んでいく二人の少年。

 二つの魔境が対となって存在していたように。

 そこに存在していたのは、まるで異なる姿や性格をした──光と影、一対となった少年たち。


 指導者(ウィル)はいない。頼れる友人(ダイヤ)もいない。

 今日、つい先ほど出会ったばかりのハルとムンクが、これから挑むは『魔獣討伐任務』。

 ハルが手にしていた『探知器(チューナー)』が、その針を途端に激しく揺らし始める。


 ──風向きが、ぐわんと変わっていく。

 木々に揺られ、風に吹かれ、日差しにあまり照らされない仄暗い世界で。

 ブオォォォォ、と決して風ではない轟きが響いて。


 剣を抜いたハルと、弓を構えたムンクの遥か前方。

 その魔獣は、対となった世界の片割れの番人として確かに君臨していたのだった。

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