op.14-2 ハンターたちの世界②
──風向きが変わった、ような気がした。
室内であるにもかかわらず。
ぐわりと空色の瞳を揺らすハルに対して、やはりダイヤはいつもと変わらぬ元気っぷりで。
「俺、狩りに付いていくのは初めてだぜ! 叔父さんは昔、趣味でやってたらしいけどな」
まあ魔獣じゃなくてただの動物だけどな、なんて言い加えながら、楽しそうに身体を揺らしている。
ムンクは黒いポーチを肩に提げると、部屋の端からとある『武器』を手に取った。その武器を見たウィルが、意外そうな顔をしながら問いかける。
「珍しいな。──『弓』なのか?」
ムンクが手に取ったのは、胴体ほどの長さを持ったしなやかそうな弓だった。
先日出会ったモデラ自衛団長・まどかの『木刀』並みに黒い姿をしているが、あちらの木刀はニスで光り輝いていたのに対してムンクの弓はまるで光沢を感じない。
その弓も、ムンク自身も。
夜になれば空に紛れてしまいそうな──『闇』が如き姿をしていて。
「俺は『銃』に持ち変えろと言っているんですがね」
そんなムンクを一瞥した会長が、
「こいつ、ちっとも言うこと聞かないもんで」
「まあ確かに、戦車も使うような今どきでは、戦場で弓矢は見かけないな。……まあ、弟は別だがね」
スーザって誰だ、とハルが聞き返す間もなく、
「……弓の方が軌道を変えられる」
そう言ってムンクが、弓と一緒に『標識』も手に取った。
標識は小さな箱に詰められた、指の長さほどある色とりどりの棒切れだ。
そんな棒切れの一本を、あたかも『矢』のような形で構えてみせたムンクが、
「標識に『風』で軌道を引く。弓で射るほうが銃火器よりちゃんと当たる」
「『風』!?」
風、という単語にハルはすかさず反応した。
「もしかして、君もメトリア持ち?」
やや前のめり気味の姿勢でたずねてくるハルに対して、やはりムンクは平然たる様子で。
「……ああ」
あっさりと肯定する。
そして、決して語弊を受けてはなるまいと会長が口を挟んできては、
「標識を『矢』の代わりに使う奴はこいつだけでい。地図が作れない魔境では、標識を来た道に挿していくことで、帰りの道標にするんです」
行って戻ってくるための、道標。
それが『標識』の本当の使い方だと、会長が説明した。
⁂
王宮指定魔境──仮称『SIGMA』。
車に乗せられたハルたちが、生まれて初めて『結界』の外側へ出る。
ソルフェの外れに出現したという、森奥の一帯地域のことをまとめて魔境『シグマ』と呼ぶらしい。
ちなみに、車を運転しているのはウィルだ。……不安だ。
「聖地は術士が『開錠』しないことには決して立ち入れないが、魔境にはそういった、世界と世界の『境界線』じみたものが存在しない」
「そ、それって……」
「気がついた時には魔境の領域内、ということだ」
くれぐれも注意したまえよ、とハンドル両手に笑うウィル。……まったく笑い事ではない話で笑うな!
支給されたポーチを握りしめ、腰に携えた『星剣』に触れたハルが、その小さな両肩をこわばらせていく。
助手席にダイヤ、後部座席にハルとムンク。
ムンクは隣でそれとなく、ハルの横顔を観察していた。
⁂
──協会本部を出る間際。
ムンクは突然、ウィルに声をかけられた。
「君にあらかじめ伝えておかなければならないことがある」
そう言ってきたウィルの背後では、ダイヤとハルが任務の支度をしながら談笑している。
そんな二人からは聞こえないような声量で、ウィルはムンクに耳打ちした。
「ハルの様子に少し気を配ってもらいたい」
ムンクはウィルを一瞥し、
「……俺が責任を取れるのは俺の命だけだ」
顔色も、声色も変えないまま。
「二人の責任は王子が取ってくれ」
「無論、責任を取るのは私の仕事だ。ただ、指導者たる私でも、教えられることと教えてやれないことがある」
それは、魔獣を倒す技術でも。
魔獣を見付ける技術でもないのである。
魔境に、そして魔獣に慣れた少年に。
ウィルは告げた──ムンクに求める本当の仕事を。
新たな部隊の最初の任務、その裏側に隠された真の目標を。
「ハルは、その昔──『母親』を魔獣で失っているんだ」
流星に選ばれた少年・ハルが。
この大陸世界で新たに生まれた『小さな英雄』が。
最初に目指すべきは『魔神』マーラの討伐などではない。
今、何より倒さなければならないのは。何よりも乗り越えなければいけない障害は。
魔神ではなく──『魔獣』なのだと。
ハンターの少年・ムンクにのみ、この指導者は伝えてきたのだった。
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