op.14-1 ハンターたちの世界①
昔から、疑問に感じていることがある。
昔から出没し続けている『魔獣』という生物は、今から十五年くらい前に出現したらしい『魔神』マーラが遣わした災厄だ、という説だけれど。
仮に、その説が正しかったとして。
魔獣を『災厄』だと感じているのは、この大陸世界を自分たちの所有物だと勝手に勘違いしている、俺たち人間だけなんじゃないだろうか。
人間の集落を襲う災害の類だとよく呼ばれているが、そもそも勝手に集落を作っているのは俺たち人間の方なんじゃないだろうか。マーラの敵対者とかいう『星神』セーラはともかく、精霊や他の神秘たちは、実は魔神のことなど何とも思っていないんじゃないだろうか。
だいたい、魔神って本当にいたのか? 大陸戦争でも、結局みんな死んじまって、誰も現物を目撃していないんだろう?
もしかしたら『魔神』マーラというのは、王宮あたりが国民共通の敵を生み出したかったがための、伝説という名の物語に登場する仮想敵に過ぎないんじゃないだろうか。
(……『俺』だけなのか、そんな捻くれた思想を抱く奴は)
勝手なことを妄想する愚かな生き物だと、自分自身を嗤ってしまう。
俺たち人間は、自分にとって都合のいい存在を信仰しては、それを信仰しない人間を排除しては世界の片隅へと追いやっていく愚かな生物だ。
新聞でよく見かける『マイスター』とやらも、きっとそんな崇拝対象のひとつだったのだろう。
自分たちの代わりに魔獣という脅威を排除して、自分たちの代わりに敵国という別思想の住人を追い払ってくれる、王国最強の剣士の青年。
あれはきっと、王国で暮らす大多数の人間にとって都合の良い存在だったから、『英雄』と呼ばれ崇められていたのだろう。
俺たちのような──王国の片隅に追いやられた人間のことなど、決して知る由もないままに。
(……まあ、別に良いんだけどさ)
結局、俺はただ仕事をするだけだから。
自分が生きていくために魔獣を狩って、自分の都合で生きていくだけの身勝手気ままな人間のひとりなのだから。
俺だって別に何も変わらないさ。かつて英雄崇拝をしていた連中たちと、何も。
俺はどうせ、永遠に──『英雄』にはなれやしないのだから。
⁂
こうして、ウィルの発案により新たに発足されたサントラ部隊の最初の任務は始まった。
ハンター協会が日常的にこなす『魔獣討伐任務』の主な仕事内容は三つある。
一つ、魔獣の巣窟たる『魔境』を探索せよ。
二つ、遭遇した『魔獣』を討伐せよ。
そして三つ、魔獣の発生の根源──魔境の『目』を特定せよ。
魔境と呼ばれる地域は、大陸各地に点在している。
そこから永久的に出現してくる魔獣を、ただ倒すだけでは、根本的な人的災害の予防にはつながらないのだ。
ハンター協会の最も重要な仕事は、魔獣を『結界』から近づけないよう駆除すると同時に、魔獣が出現しているであろう魔境の中心部を見つけることにある。
そして、魔境の『目』の地点をエレメント協会に報告することで、現地に派遣された術士が『封印』術式によって発生源そのものを塞ぐのだ。
もっとも『目』に接近するということは、それほど魔獣との遭遇率も跳ね上がるということであり、仕事の本懐に踏み込めば踏み込むほどその危険度は図るまでもないのだが。
「それも『魔神』が降臨した後だからな、仕事の需要こそ高いんだがね。あまりに危険な仕事すぎて、なかなか従事者が増えないのがハンター業界の難点だな」
ウィルが肩をすくめながら語る言葉に、ハルは顔を引き攣らせる。
未だ呑気に笑っているダイヤと、一度たりとも笑わずに準備を進めるムンク。
ハルはそんな大部屋の光景を一瞥し、どうしても事実確認しなければ気が済まないのだ。
「……えっと、あの、ウィル先生?」
「何だね『英雄の子』? 部隊発足一発目の大事な大事な任務だぞ? 気張って仕事に励みたまえよ」
……いや、ちょっと待ってクダサイ先生。何をへらへら笑ってるんデスカ。
そんなに危険な魔獣討伐が、僕たちの最初の任務なんデスカ!?
⁂
初めての『魔獣討伐』に挑むハルとダイヤに、会長から手渡されたのは黒い小さなポーチだった。
ポーチに入っていたのはソルフェ周辺の地図と、任務に必要な道具一式。
「魔境へ行くのに必要な道具は三つあるんでい」
武器とは別の、ハンターたちにとって決して欠かせない仕事道具だ。
すなわち──『羅針盤』『探知器』、そして『標識』の三つ。
羅針盤は自分の位置を把握するための、方角を調べるために使う道具だ。
ハルはすでに知っている道具だったが、
(使えないんだよなあ、これが……)
天文台では完全に『流星』任せにしてしまった自分を呪う。だって地図読めないんだもん。結局何だったんだよ、東西南北って。
あれからマッキーナに続いて、サントラではノウドも地図の読み方を何度か講義してくれたのだが、結局東西南北をマスターしきらないまま今日という日を迎えてしまった次第である。
「羅針盤はムンクとはぐれなきゃあ別に使えなくても良い。あんたらに大事なのは探知器の方だ」
会長が厚みがある長方形の道具を掲げ、
「探知器は魔獣との距離を測る道具でい。空気中のメトリア濃度から計算して、魔獣が近くにいることを知らせてくれる」
知らせるとは言っても、あくまで目盛上での話らしい。
音で知らせてくれるわけではないし、そもそも音なんか出したら人間の方が魔獣に位置を知られてしまう。
つまり、魔獣の接近に気が付くためには、探知器という道具で確認するか、自力で接近に気が付くかの二択でしかない。
ハルは何となく、本当に何となくだが、会長の説明を聞いて直感した。
魔獣を見付ける、あるいは魔獣の気配を『読む』……。これさあ。
「ウィル先生、こういうのすっごく得意そう」
「ご明察だ!」
──か、間髪入れずに肯定しやがった!
得意分野を言い当てられて、あからさまに顔を綻ばせたウィルが、
「昔はクラウスともよく遊びに行ったとも! 魔獣を倒すという話ならばともかく、魔獣を見付けるという話であれば、私はあいつにだって負けやしないさ」
懐かしいな、とかどうでも良い昔話まで付属させてくる、『水』の流れは読めても空気が読めない中年であった。
……いや、なんとなく分かってたよ? さっきもウィル先生、魔境へ『遊び』に行ったとかなんとかムンク先輩に言ってたもんね?
(遊び仲間って、やっぱり英雄のことか!)
魔境で遊ぶな、仕事しろ! と内心で叫んでしまうハルであった。
──この変人王子、さては頭が『暴君』のでは?
前まではただの怪しいおじさんだったけれど、素性が割れた今となってはおかしいというか、かなり危ないおじさんだ。なぜ危険なはずの魔獣や魔境の話を、そんなにも嬉々として語れるんだ。もう一度言うけど、魔境で遊ぶな!
もっとも、部隊発足一発目の任務に『魔獣』を選ぶ時点で、十二分におかしい人だとは思っていたが。
⁂
ようやくウィルの異常気質に気がつき始めたハルだったが、ふいにムンクが横から口を挟んできて。
「魔獣を倒すのは俺の仕事だ」
顔色ひとつ変えずに、ハルとダイヤを見やっては。
「あんたらは俺に付いてくるだけで良い」
「ほう?」
「……行って戻ってくるのがあんたらの仕事だ」
その言葉の真意を、ハルはすぐには図れなかった。
しかし、じいとムンクに見つめられ、無機質な瞳の奥底に眠る真意が次第に浮き彫りとなっていく。
行って戻ってくるのがハルたちの仕事──「だから俺の仕事の邪魔をするな」。
最初は、そんな任務への同行を迷惑がるような言葉に見えていたけれど。
(ううん……違う)
もちろん迷惑でもあるのかもしれないが──それ以上に、だ。
ムンクのつとめて淡白な態度が、この任務がいかに危険なものかを暗示しているようで。
そして、ムンクがいかにハルたちの身を案じているのかが、淡白な態度の奥底に眠っているような気がして。
魔境を探索し、魔獣を倒し、魔境の中心である『目』を見つけることがハンターの仕事──しかし。
仕事の難易度や成果の如何に関わらず、きっとムンクやハンターたちの間では、この仕事の大前提として挙げられている、暗黙にして絶対のルールが存在しているのだろう。
本当に──行って戻ってくる仕事なのだ。
ハンターたちにとって、それがきっと何よりも一番大切な仕事だったんだ。




