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ハルのメトリア 〜英雄の子、ふたたび英雄となる?  作者: 那珂乃
vol.2「サントラの春」編

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52/113

op.13 はじめての魔獣討伐任務

【前話までの登場人物】

ハル:金髪碧眼の少年。王国の辺境サントラで暮らす。メトリアは『星』。

ウィル:くすんだ藍色(縹色)の中年の男。自称『指導者』。メトリアは『水』。

皐月:亜麻色の髪と桜色の瞳の少女。ハルと同じ家で暮らす。メトリアは『花』。

ダイヤ:サントラで暮らすハルの友人。最近新たに宿したメトリアは『大地』。


ムンク:ソルフェで暮らす『ハンター』の少年。(※新登場)

 竜暦(りゅうれき)一〇四五年、二月二五日。


 ここはサントラの隣町・ソルフェ。

 人口五千人あまりの、豊かな自然に囲まれた山あいの町……とだけ説明すれば、サントラと大して変わり映えのしない田舎だと勘違いされがちだが、同じ田舎であれども住民の大半が農業従事者なサントラに対して、ソルフェはお世辞にものどかな町とは言い難い。

 なぜなら、ソルフェにおいて最も盛んな産業は──狩猟、なのだから。

 特に、ソルフェを拠点に活動する組織『ハンター協会』では、近年のシャラン王国でも非常に需要の高い、とある任務を専門としていた。


 ハンター協会とは、この王国の人間社会を脅かす災害のひとつ──『魔獣』を討伐する、プロのハンター集団だ。



 協会本部の屋上の鐘が、朝の九時を知らせている。

 玄関の扉を開き、壁に掛けられた出勤札をひっくり返しながら本部へ入っていく、一人の『少年』の姿があった。


 短く切り揃えられた黒のおかっぱ頭。首を覆うタートルネックが特徴的な、無地の灰色のニットセーター。黒のジーンズに黒のスニーカーと、その少年はとにかく素朴で質素な、何とも味気ない風貌をしている。

 そんなモノクロな少年に、出勤して早々声を掛けてきたのは一人の老人だった。


「遅刻だムンク。さっさとこっち来い」


 その老人は、歳不相応に筋肉張った腕を振りながら、部屋の奥へと少年を誘導する。

 すんません会長、とぼんやりな返事をしつつ、少年はまったく慌てる素振りを見せない足取りで老人の背後を付いていく。


 大部屋の奥で少年を待っていたのは──『三人』だった。





 その三人を交互に眺めて、少年がぼんやりと内心に浮かべた感想はこうだ。

(…………面倒くさ)

 何が面倒くさいって、三人それぞれの奇抜な格好からして、いかにも面倒くさそうな連中だ、と少年はすぐに判断する。


 一人は自分とはまるで対照的な、派手な色をしたパーカーを着込んだ少年だった。自分と歳の近い少年なのだろうが、パーカーのフードを頭にかぶっていて、顔立ちが今ひとつ見えてこないあたりが、服の奇抜さをいっそう際立たせている。


 もう一人もやはり同年代の少年だったが、冬場にもかかわらず袖なしタンクトップにハーフパンツという、奇抜というよりは頭の悪そうな少年だ。


 そして、最後の一人は中年の男だ。あたりを囲う森林にでも色を合わせたつもりなのか、中年の男は『浅葱(あさぎ)色』のロングコートを羽織っていて、とてもではないが狩猟には向かなさそうな厚底のブーツを履いている。

 おまけに、その中年の男。髪の色が──


(……『(あお)』い…………)


 この時点で少年は、顔には出さずとも今日の仕事にひどく鬱屈したものだった。


「今日は彼らと仕事してもらう」

 そんな少年の内情など露知らず、『会長』と呼ばれた老人が言葉を続ける。

魔獣(ヤツ)の相手は初めてらしい。お前が先導して『魔境』に入っていけ」



 魔境──大陸世界と繋がっているという、魔獣が頻繁に出没する地域一帯のことを人々はこう呼んでいる。



『聖地』とは対照的なスポットとされるそこは、人間の集落からは離れていて、町の管理を務める術士(ライター)たちが日頃から張っている、『結界(エリア)術式(コード)の適用範囲からも外れている。

 つまり魔境は、《《人間にとって最も危険な場所》》だった。


魔境(そんなとこ)に『初見』が三人同時かよ……)


 しかも、三人ともハンター業界とはまるで無縁と来たものだ。

 会長の話を聞きながら、少年がやはり内心でのみ怪訝にしていると。


「私は『魔境』は初めてじゃないよ」


 ふいに、中年の男が口を開いた。

 あたかも少年の心の声を聞いていたかのように、脇の机に置いてあった紙コップを持ち上げながら。


「しばらくは入っていないがね。もう少し若い頃だったなら、仲間とよく『遊び』に行ったものだ」

「……そうっスか」

「君もずいぶん若そうだな。何歳(いくつ)だ?」


 ──あんたの脇にいる餓鬼(こども)二人と同じくらいだ、と答える間もなく会長が横から口を挟んできて。


「こいつ、『ムンク』って言うんです。協会(うち)で一番の若輩者(したっぱ)でい。愛想は悪いが腕は悪くない」


 そう言って会長が、部屋の棚から引き出してきた資料を中年の男に見せる。

 その資料は、ハンター協会に所属している『魔獣ハンター』の名簿(リスト)成績表(スコア)だった。



『ムンク』──二月生まれの十六歳。

 身長一七〇センチ、体重五五キロ。

 ハンター歴一年、ハンター協会所属歴半年。

 これまでの魔獣討伐数、集団任務にておよそ八五体、単身任務にておよそ十七体。



 中年の男は成績表(スコア)を見るなり、ほう、と感嘆の声を上げて。

「経歴が浅い割にはずいぶんな仕事量だな」

「腕だけは悪くないんです。ただ愛想は悪いわ人付き合いは悪いわで、同業(こっち)はたいへん困っているもんで」


 先ほどと同じようなセリフを繰り返しては、会長がぼりぼりと腕のイボを掻きむしっている。

 少年──ムンクは、部屋の入り口付近に佇んだまま、


(……仕事(それ)さえ出来れば十分だろ)


 やはり顔にも声にも出さず、内心でのみ会長に不平を垂らした。


 そんなムンクを、部屋に入ってきた時からまじまじと見つめ続けていた、派手色パーカーの少年が。

「よ、よろしくお願いシマス……」

 まだ変声期を迎えていないのか、やや上擦った声色で挨拶してくる。


「僕はハル、三月生まれの十四歳……えっと、もうすぐ誕生日で十五歳……」

 社交辞令な固定文と共に、ハルと名乗った少年が握手を求めながら、

「えっと、僕、魔獣と戦うの初めてで……め、めっちゃくちゃ頼りにしてマス。まじでお願いシマス助けてクダサイ」


 ぎこちない笑顔と明らかに使い慣れていない敬語を用い、自己申告するまでもなく仕事の経験が浅そうなハルを、ムンクは無表情で一瞥してから、


「……ムンク。二月生まれの十六歳。ハンター歴一年」


 ──ちなみに、誕生日はつい先日過ぎている。

 ハルと同じような固定文を並べて、ムンクは小さな手を握り返した。


 ハルの脇にいた季節違い(バグ)ファッションの少年も、自ら『ダイヤ』と名乗っては笑顔で握手を求めてくる。

 その手を握り返しながら、

(……ダイヤ(こっち)は少しは動けそうだな)

 などと、ムンクは無言でもう一人の少年を吟味した。





 そんな少年三人組のやりとりをしばらく眺めていた中年の男が。


「初めましてムンク、私はウィル。つい最近、この少年二人の『指導者(せんせい)』になった男だ」


 ウィルは、少年たちと違い握手は特に求めてこなかった。

 そんなウィルを見据えたムンクは、内心でのみこう思った──あんたの素性(なまえ)は知ってるよ、と。

 ただ、素性こそ知っているものの、いかにも狩り(ハンティング)の素人そうな、この二人の『指導者』だという話が少しだけ気になった。ましてや、こんな王国の辺境で、王都の住人である『王子(ウィル)』が、いったい何を指導しようというのだろうか。


「実は、サントラで新たな『部隊(チーム)』を編成することになってね」


 ──そんな、ムンクの疑問を汲んだかのように。


「見ての通り二人とも新米でね。経験を積ませるために、協会(ここ)の仕事にも少し混ぜてもらおうと、前もって会長殿に掛け合っていたんだ」

「……そうっスか」

「いや、驚いたよ。前評判では、ソルフェのハンターは年配者が多いと聞いていたからな。君みたいな少年もいたとはね」


 紙コップでコーヒーらしき液体を啜りながら、


「せっかくだから、君にこの二人の先輩(メンター)役を依頼するよ。協会から出される通常報酬に、私から後進指導のぶんも上乗せ(ボーナス)させてもらうよ」


 そう言って笑いかけてくるウィルに、ムンクはまったく笑顔を返そうとはしなかった。


 初めての魔獣討伐任務に落ち着かない様子のハルと、魔境に入るというのに平然としすぎていて、おそらく何も考えていなさそうなダイヤ。

 そして、巷でさまざまな評判を耳にする──王子の中でもとりわけ『有名』なウィル。


(……まじで面倒な仕事を押し付けられたな)


 会長を横目に、ムンクは無音で鬱屈する。

 そして、ぼんやりした足取りで大部屋を進んでは、仕事の荷物を取りに行く。


(……ソルフェ(ここ)なら面倒ごとには巻き込まれないと思ったんだけどな)


 黙々と狩りの準備をしながら、ムンクはひとりごちていた。

 会長から仕事の説明を受けている三人を尻目に、ムンクは一人、決意する。



 ……とりあえず、ハンターとしての『仕事』はこなす。

 少年二人の『指導』とやらは、魔境に付いてくるであろう、あの王子(ウィル)に任せてしまえばいい。

 ようやく親元を離れ、故郷を離れ、一人で生活できるようになったのだ。

(俺はただ、仕事だけをすればいい──ただ)


 ただ──自分の『素性(なまえ)』さえ知られなければ、それで良い。

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