op.12-2 英雄譚のはじまり②
「シャラン王宮所属、ウィンリィ・ドーラが権限を以って──サントラに、新たな『部隊』の結成を宣言する!」
ウィルは声高らかに、そう宣言した。
飲んだくれのハモンドが、のっそりした調子で手を叩く。
いっそう不安めいたノウドが、丸眼鏡の磨き速度を早めていく。
台所にいるニールセンが、だん! だん! と包丁を鳴らす。
そして、ハルと皐月とダイヤ、サントラで暮らす少年少女たちが──一斉に。
「ええええぇええぇえええぇっ!?!!?」
「わっはっは、読み通りの反応をどうもありがとう! 新事業はやはり、大衆を驚かせてこそ意味がある!」
──いやっ、僕たちは大衆じゃなくて、ばりばり当事者なんだって!
「王都じゃ仕事ができないのなら、ここで仕事をすれば良いだろう?」
誇らしげに、少しだけ胸を張り上げて。
「むしろ、王都とか『七都市』とか、わざわざ激戦区へ赴くという発想自体がナンセンスだよ。何もない田舎だと言うことは、仕事だろうと部隊だろうと、サントラではこれから何でも作り放題ということなのだからな」
人脈も、技術も、経験も。
そして──『英雄』としての名声も。
「全部サントラで作ろうじゃないか! 王都に行くのは、ここで一旗上げた後でも遅くない!」
言うなりウィルは、自身が持ち出したキャリーケースを床でいそいそと広げ始める。
その笑顔も、声色も。これまでハルが会話してきた今までで、一番。明らかに! 間違いなく!
(この先生が一番楽しそうだあぁっ!?)
だって声が弾んでるもん! るんるんってしてるもん! 何だこのおっさん王子、気持ち悪い!
それに、何より、そもそもだ。どうして既にウィルの中では、『部隊』結成とやらが完全に決定してしまっているんだろうか?
(僕、まだ『やる』って言ってなくない!?)
しかも、ウィルのこの様子。ハルただ一人を巻き込もうとしているわけでは、とてもじゃないが無さそうで──
⁂
「ニールセン、例の倉庫は貸し出してもらえるんだろうな?」
ウィルの問いかけに、ああ、と台所からニールセンの返事がくる。
「長老殿、私の住居はもう決まっているのかね? もし可能であれば、私のぶんだけでなくあと何軒か、あるいは何部屋か追加で貸し出してもらえるとありがたいんだが」
ハモンドもビールジョッキ片手に、もう片手で『オッケー』のサインを作っている。……この酔っ払い、本当に話聞いてる?
「ノウド君、近日のうちに『ハンター協会』のところへ行くから、諸々の手続きを頼めるかね」
丸眼鏡を顔に戻したノウドが、はあ、とため息混じりに了承しては、
「僕らをぶん回して過労死させるのは結構ですが、子どもたちまであなたの速度で走らせるのは自重していただけると助かります。ほら、ハルくんなんて『魔神』が降臨する間でもなく、世界の終わりみたいな顔しちゃってますよ」
──いや、まず何で大人たちはそんなにも冷静なんだ! 誰も『ノー』って言わないじゃん!? 王子の『権限』とやら、怖っ!?
ハルがぱくぱくと大魚のように口を開閉させている内に、今度はウィルはダイヤに声をかけて。
「ダイヤ。君もどうだい? その身体能力と新たに宿した『大地』を以って、この私やハルと一緒に荒稼ぎしないかね」
「おお、荒稼ぎ! しかも新チーム結成って、めっちゃ漫画っぽくて王道で良いな!」
「これでも王子だからな、王道をゆくのは当然だろう?」
やはりというか案の定と言うか、ダイヤはその場で元気に飛び跳ねている。二つ返事するやつ多すぎ……ていうか、ダイヤ! お前は実家の農業を手伝わなきゃ駄目だろ!?
「野菜は親父でもお袋でも作れるけど、部隊には誰にでもは入れないぜ?」
王都への移住や王国軍への入隊が誰にでもはできないのと同じように、などとダイヤがそれはもうド正論で切り返してくる。
──なんだこの漫画脳、馬鹿なくせに正論しか言わない!?
「それに、俺さ! 前から王国軍にはキョーミあったんだよな!」
ダイヤの言葉に、ほう、とウィルが口角を上げて。
「どうりでわんぱく少年だと思ったよ。良いじゃないか、君やニールセンみたいに単純な奴は『軍隊』には向いてるよ。ハルみたくヒネた悪餓鬼よりも遥かにな」
ウィルが問いかける。誰が悪餓鬼だ、とハルが抗議する間もない内に。
⁂
「なぜ軍隊に興味があるんだ?」
「やっぱ運動すんのが得意だからかな! どうせ仕事するなら得意なことで仕事したいし、人の役に立つ仕事ならもっと良いじゃん?」
かっけえじゃん、とか付け足すダイヤ先生だった。「人の役に立つ仕事」とか、まさかお前の口から出てくるとは思わなかったよ!
唖然として見つめてくるハルにも構わず、ダイヤは言葉を続けては。
「ちなみにおっちゃん、『王国軍』って結構稼げるの?」
「軍隊は公務職のひとつだからな、固定給だよ。ただ、そこらの町の仕事よりは幾分か給料は高いはずだ」
ウィルが言った。
「そんなに軍隊に興味があるのなら、良い機会だ、私と一緒にこのサントラで技術と経験を積んでいこうじゃないか」
「うおおお! やったぜ! これで俺も親父とお袋を楽にさせてやれるな!」
「……楽にする? ご両親を?」
「だって、仕事ってそういうもんだろ? ここまで餓鬼を育ててくれた、親のぶんまでいっぱい稼いで、親孝行するための仕事だろ?」
「…………」
「おっちゃんだって、みんなだってそうだろ?」
「……………………」
──沈黙。
ダイヤのその、屈託のない笑顔から発された思いがけない言動に、ウィルは決して『イエス』と頷くことはなかった。
それまでの楽しそうな笑顔が、途端に作り笑いのそれへと形態変化しているのが、ハルにもびしばしと伝わってくる。
そして、ウィルだけではない。これまで終始沈黙していた皐月も、少し俯きつつ、よりいっそう黙りこくってしまった。
(まあ僕も、母さんならともかく、あの父さんに返すような孝行なんて受けた覚えすらないんだけどさ……)
──どうやら、この空間には。
『仕事』の意義や『親』という存在については、いろいろと思うところのありそうな奴が多いようだ。
⁂
気を取り直して。
「では早速、新たな『部隊』としての最初の任務を言い渡そうか」
ウィルの言葉にハルは驚愕する。
最初の任務って……え!? すでに『任務』が決まっているの!?
「あと! 僕まだ『やる』って言ってないんだけど!?」
「これからは私がお前の先生だと言っただろう? ウィル先生の『指導』は絶対なのだよ」
何のためのサントラ移住だ、などと勝手なことをほざくウィル先生である。ハルが呼んだわけでもないのに。
──なんだそれは!? ぼぼぼぼぼ、暴君か!?
そうだ、暴君だ。そういえばこのおじさん、町長やまどか団長に『暴君』って言われてたじゃん!
ウィルを指差しながら、ハルは懸命に己が救世主にして町の管理者たるノウドに訴えかける。しかし、ノウドは残念そうに首を横へと振った。
「諦めなよハルくん。この暴君本当に暴君だから。君の父親が生まれついての『英雄』だったみたいに、この人も生まれながらに『暴君』だから。『神童』時代から『大陸開拓』時代から『大陸戦争』時代から現在に至るまで、ずっとずうっと暴君だから」
評判通り、いや評判以上だとノウドがため息を吐いている。何回『暴君』って言うんだこの町長。
……あと、なんか今。しれっと言ってマシタけど、このおじさんの『経歴』がじゃらじゃら出てこなかったかな、今。大丈夫、それ? 要約しないで、ちゃんと全部で説明してあげて!?
そんなハルの心情に気が付いていないのか、あるいは気が付いていても無視しているのか、その暴君、指導者、ウィル先生は言葉を続けるのだ。
新しい部隊の──『司令官』として。
「お前たちが今度向かうのは、ソルフェにある『ハンター協会』だ」
ソルフェ──電車で一駅、サントラの隣町だ。
「お前たちには、ハンター協会の仕事を手伝いに行ってもらう」
──すなわち。
「お前たちの最初の任務は──ずばり『魔獣』の討伐だよ」
瞬間、ハルとダイヤ、そして皐月の脳内で流れた音楽はおそらくこれだ。
…………とぅ、とぅーびいこんてぃにゅうどおっ!?
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