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ep.2-1 ハルとウィル、そして皐月①

【前話までの登場人物】


ハル:金髪碧眼の少年。王国の辺境サントラで暮らしている。メトリアは『星』。

ウィル:くすんだ藍色(縹色)の中年の男。自称『指導者』。メトリアは『水』。

 ここはシャラン王国領サントラ。

 人口二千あまりの、豊かな自然と生い茂った田んぼしか取り柄がない、山あいの町……もっともハルに言わせれば、冬になればその唯一の取り柄ですら単なる殺風景へと衣替えするのだけれど。


 とうに夜は更けている。

 日付が変わろうとしてもなお、明かりが消えない家が一軒のみ存在していた。

 田んぼだらけの町とも言えない町並みだからこそ、ひときわ目立つ木造の二階建てに──ひとり。


 やかんで湯を沸かしながら、鼻歌を刻む『少女』の姿があった。


 亜麻色の三つ編みを腰まで下げて、桜の瞳を宿した少女。

 パステルカラーのもこもことした、雲のような寝間着に身を包み、リビングのソファで華奢な身体をそわそわと揺らしている。

 履いているスリッパもやっぱりもこもこ。うさぎさんの耳が付いている。


 ──キイ。


 それは、決して大きな音ではなかった。

 しかし、わずかな音だけで少女は、それが玄関の扉が開く音だとすぐに聞き分けた。そして、少女の桜色が、ぱあっと。


「ハル、遅い!」


 うさぎさんのスリッパをパタパタとはためかせ、玄関へと駆けて行く。

 文句の言葉が三つ四つ浮かんできたが、それでも、少女の顔は晴れやかだった。


 そして──家に入ってきたのは『二人』だった。





「……………………誰」


 二人のうち、同居人の少年ではない方を見上げながら少女がきゅうと喉を締める。

 誰、と今度は少年の方を問いただしてみれば、


「このおじさん、泊めてほしいんだってさ」

「…………」


 ただいま、とすら言い忘れてしまった少年に、少女は数歩後退りする。

 そしてパタパタと、パタパタと通ってきた廊下を引き返し、少女が向かう先は台所だった。

 何やら鈍い音がしたかと思えば、二人の元に帰ってきた少女が、その両手に構えていたのは──包丁。


「え、ちょ、皐月(さつき)っ!?」

「ハルから離れて。離れなかったら刻みます」


 なんとも綺麗な包丁だった。

 かの金メッキのナイフよりもずっと切れ味良さげな、ぴかぴかに磨き上げられた業物だ。

 当然、包丁も少女の鋭い『(こと)()』も、その切っ先は名も知らぬ中年の男へと向けられている。


「どんな刻みかたが好きですか。キャベツの細切りですか。ニンジンのぶつ切りですか。失敗したキュウリみたいに、輪っかに繋げて刻みましょうか」


 躊躇いもなく包丁をウィルに向け、ふんわりした柔らかな声色とは裏腹に、初対面を相手にしているとは思えないほど残忍な台詞を淡々と吐き捨てていく。

 例えこそ可愛らしいが、その発言の残忍さ鋭さに相違なし。疑わしきは罰する少女の精神と行動力の塊に拍手を送りたい。


「ちょちょちょちょちょ、ちょっと待って!」


 ハルは慌てて、皐月とウィルの間に立ち塞がる。

 本当なら、「怪しいおじさんじゃないんだよ」とか言い返してやりたかった。しかし、ウィルのあまりに貧相な身なりが、ハルの乏しい言語力(ボキャブラリ)では説得力を半減させてしまうのだ。


「……なんだ、妹か?」


 ウィルはそうたずねつつも、少年少女を見比べて顔立ちも髪や目の色もまるで異なる二人だと勝手に分析する。ウィルの冷静さにも拍手を送りたい。

 ……まあ、女の子の包丁なんて、先ほどのナイフをいなした後では全然へっちゃらなんだろう。


「ハル。知らない人を連れてきたら駄目。おうちに入れるのはもっと駄目」

 皐月はウィルを睨みつけ、

「ハル、やっぱり騙された。悪い人も怖い人も、お外は危ないことがいっぱいって言ったのに」

「違うんだってば! この人、むしろ僕を助けてく、れて……」


 自ら犯した失言に、ハルは冷たい汗を流す。

 いっそう険しい表情を浮かべた皐月が、長く息を吐いたのち。


「……やっぱり、危ない目に逢ったんだ」


 桜色をうるうると潤ませる。

 その場で包丁を持ったまま泣き崩れそうになる皐月を、ハルが懸命になだめているのをウィルはなぜか面白がって見物している。

 何ヘラヘラしてんだおじさん。笑っている暇があるなら、自分の無罪と潔白を証明(フォロー)しろ!





 すると、ようやく自己紹介という名のフォローをする気になったのだろう。

 ウィルが黒コートの襟を捲り内側のポケットらしき狭い空間へと手を差し入れ、がさごそと音を立てながら自分の荷物を探る。今度は外からじゃなく、内から。

 ……ていうか、そのポケット。まさかそのポケットが、おじさんの旅の『(バッグ)』だったりする?


「ノウド君の紹介で来た者だ」


 ウィルは、今度は紙幣ではなくレター封筒を内ポケットから取り出してきた。何重にも折り畳まれた手紙の中身を広げ、折り目だらけの文章を二人の前に掲げる。

 その紙切れは『紹介状』とかいう、町長が外から人を呼び寄せる時にいつも使っている紙だった。手書きの筆記体と、町長の直筆らしきサインが黒インクで紙の裏側まで滲んでいる。


「……町長が?」


 しっかり押された深緑の印鑑は、その紹介状が本物だと皐月に認識させるためには非常に良い要素(ようそ)となっていた。

 ただ──


「もちろん『流星』の件だ。到着が遅れて悪かったな。詳しい話は明日しよう。とりあえず、今晩はここに泊めてもらえるとありがたいんだが?」

「……」


 ──怪しいおじさんに宿の提供まで求められたら、再び皐月が険しい表情に戻るのも無理はない。


「何、食事は要らんよ。横になる『床』さえ提供してもらえれば十分だ。あとは……そうだな、お湯を分けてもらえたら重畳だ」


 そう言ってウィルは再び内ポケットを探り始める。いやだから、何でポケットから全部出てくるんだ!

 いったいどこからサントラにやってきたのかは知らないが、ここまで手ぶらでさすらってきたこの中年は、お金も書類も、旅路に必要なものはすべて黒コートに完全収納しているらしい。どこか違う四次元(せかい)とでも繋がっているんだろうか。


 たった数駅『冒険』しただけでリュックサックがパンパンになっているハルとは、どうやら経験値が大きく違うようだ。





 そんなフッ(かる)おじさんが出してきたのは、何枚も重なった紙コップと、紙コップに入った小さな缶だった。


「コーヒーを淹れたいんだ。頼めるかね?」


 缶のラベルに描かれたコーヒー豆を頭上に掲げるウィルを、皐月はしばらく眺めた末に、しぶしぶ了承の意を示した。

 そして、包丁を下ろさないまま小さくお辞儀をする。


「……皐月と申します」

「サツキ? ……ふうん。ウィルだ。指導者という仕事をしている」


 名前を反芻して、どうして数秒の間が空いたのかはハルにも皐月にも分からない。

 互いの自己紹介を握手代わりとした二人に、ハルは小さく胸を撫で下ろす。


 しかし安堵も束の間、いつまで経ってもウィルに包丁を向けたまま絶対に手放そうとしない皐月をハルが説得しているうちに、リビングに掛けられた時計の針はシンデレラの時間切れを人知れず示していたのであった。

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