op.12-1 英雄譚のはじまり①
言葉まどかとのメトリア合戦で力付き果ててしまったハルは、再び皐月に『MP回復』されたことで、なんとか自力で歩ける状態でサントラへの帰路に着いたのだった。
夕暮れの車窓、電車の中で。
「うぃ、ウィル先生……」
ハルはようやく事実確認をする。
「この王国の『王子』って……マジデスカ?」
ウィルは眉を軽くひそめたまま、両肩をすくめる仕草のみで肯定した。
疲労困憊の今、ハルはとても大声を出せる状態ではなかったが、
──そそそ、そそそそそそれを先に言おうよ!?!!? という心の叫びを、心が読めるらしいウィルに『水』の流れでのみ示したのだった。
なぜ今の今まで黙ってた! 隠すようなことなのか?
そりゃあ、何も言わなかったらただの怪しいおじさんだよ!? あちこちで偉い人に喧嘩ふっかけられたり、無料で家に泊めてもらったり、何の説明もなかったら怪しさ満点の行動ばかりだったよ!?
そういえば、とハルはおぼつかない思考で記憶を辿る。
このおじさん、違う人に会うたびに『ウィル』とは別の名前で呼ばれることがあった気がする。
なんだったっけ? ウィンリィ・ドーラ? そ、そうか! ウィルって、さては『偽名』だったのか!
「偽名って言うなよ。『愛称』と言いたまえ」
やっぱり心を読んでくるウィルが、
「あんな長ったらしい本名は不要だよ。まるで私の性に合わない。親しき仲間にはただの『ウィル』と、簡単に呼び捨ててもらいたい主義なんだ」
そう言っておどけるウィルに、今度はダイヤが問いかける。
「おっちゃん、王子ってことはすげえ偉い人なんだろ? 偉い人なのに、なんかすげえ、あの姉ちゃんに嫌われてたな?」
「逆だよ、ダイヤ。偉い人だから嫌われるんだ。もっとも、私は王子の中では大して偉くもないんだがね」
『王子』と呼ばれる人間は、このシャラン王国には何人も居るものだ。
大して珍しい存在ではない──大陸世界でただ一人しかいない『英雄』と比べたら。
「ふーん。で? おっちゃん、サントラみたいなド田舎に用事があるのか?」
「ああ、あるとも。むしろ、私も当分はサントラで暮らすつもりだ」
紙製のメダルを首に飾ったままのダイヤを見下ろして。
「サントラに帰ったら、酒場あたりで詳しく話そうか。だからそれまでは、ゆっくり休みを取るといい」
……そんなに休めるほど、移動時間は長くないはずだけど?
そんなツッコミは些細なくらいに、ハルもダイヤも疲れていて。
電車に揺られながら、ハルはひとりでに思いを馳せる。
モデラで見せたダイヤの勇姿に、新たに出会った剣士の一族。
そして、今日の今日まで知らなかった──『ウィル』という男の本当の姿。
(あのお姉さん……すごく怒ってた)
ウィルに対して、だけではない。
衝動から放った『星撃』と、それを放ったハル自身にも。
その星が、メトリアが、あたかも彼女にとっての──『災厄』かのように。
(『マイスター』は……父さんは、この王国の『英雄』だったんじゃなかったの……?)
そういえば、まどかだけではなかった。
ビブリオ図書館で出会ったマッキーナの母親、マスキードも、かの『マイスター』についてこう評していたのだ。
「あなたの先代――『マイスタ』ーこそ、量に物を言わせたアタック一点張りで、このエレメント協会ごと我々術士の面子を潰してくれた、営業妨害甚だしい害悪だったわけです……まあ、その害悪で世界を救ったのでしょうけれど」
あの痛烈な言葉を思い返し、ハルはひとりでに──決して声には出さないで。
(『英雄』って、嫌われることもあるんだ……)
そう、呟いた夜だった。
⁂
サントラの酒場に引き返した頃には、夜の八時を過ぎていた。
閉店作業をしていたニールセンが、戦いを終えた勇者たちを出迎えた……というほどの丁寧な対応ではなかったけれど。
「食え」
どんっ!
ひとつのテーブルを取り囲んだハルたちの目前に、大皿いっぱいの串肉とリゾットが放り投げられ。
「うんめえ〜〜〜〜〜っ!」
串肉にがぶりつき、それはもう嬉しそうに出された料理を平らげていくダイヤ。
ハルも当然お腹は空いていたのだが、空腹よりも疲労が勝ってしまい、椅子に座ったまま、うとうとと。
そんなハルの様子を眺めていたウィルが、「私の話は明日に回した方が良さそうだ」などと呟いている声を最後に聞いて。
闘技大会を終えたハルの夜は、意識がない内に過ぎ去って行ったのだった。
そして──竜暦一〇四五年、二月二二日。
酒場で寝こけた翌朝に、ハルは早速、ウィルに大事な大事な質問をするのだ。
「ウィル先生。本当に、サントラに住むつもり?」
例によって紙コップでコーヒー嗜んでいるウィルが、ああ、と笑って肯定する。
そんな二人の周囲には、朝の九時にもかかわらず、皐月にダイヤ、そしてノウドにハモンドまで揃っていた。だん! だん! とニールセンの肉切り包丁も響き渡っている。
ウィルのおよそ二ヶ月ぶりのサントラ訪問にして──再び、サントラの主要人物が揃い踏みだ。
「だ、だって……王子なんでしょう?」
嘘じゃないよね? などと念のために周囲の大人に確認すれば、ノウドはいつもの癖で丸眼鏡を懸命に磨いている。ハモンドはやっぱりビールを飲んでいて、まともに返事してくれそうもない。
ただ、誰も否定しないあたり、王子自体は偽りのない事実だとハルが確認した上で。
「サントラに住んで……えっと、何をするの? ここ、本当に何もないんだよ?」
ライブハウスもねえ、医者もいねえ、ケーキ屋どころか飯屋もねえ……酒場しか。僕はこんな町いやだ、王都へ出マス。
電車が通っているだけ幸いだ、とかハルが口をへの字に曲げていると。
「私に言わせれば、むしろサントラほど全てが揃っている町もないと思っているがね」
「へえ???」
「ほとんど無償で住宅を提供してくれる『長老』ハモンド。『結界』で町を守る上に、近隣から欲しい服を取り寄せてくれる『町長』ノウド。食事を提供するかたわら武術の稽古までつけてくれる『店長』ニールセン。おまけに、お前の生活を健気にサポートしてくれる皐月や、共に研鑽を積んでくれる友人まで居るときた」
ウィルは逆に問いかける。
「ハル。これ以上、お前にいったい何が不足していると言うのかね?」
王都や『七都市』のように、決して賑わった町ではないけれど。
「大陸世界の歴史と同じだよ、ハル。お前にはすでに、その十五年余りで積み上げてきたものが、サントラにて十二分に揃っているのだよ?」
──ハルという『小さな英雄』を支えてくれる『仲間』なら、ここにある。
お前自身の実力は全然ちっとも揃ってないがね、とウィルは鼻で笑いながら。
「本当に王都へ行きたいのなら、今のお前に不足しているのは資金だよ。仕事といった方がより正確か」
「仕事って……だから、仕事がこんなド田舎じゃあんまりないって結論なんじゃ……」
ましてや、人脈も技術も経験もないハルには。
二ヶ月前の別れ際で、ウィルに散々馬鹿にされたのを思い出しては再びむかむかし始めるハルに対して。
ウィルは、こう言葉を続けた。
「仕事がないなら──作ればいいだろう?」
手に持っていた紙コップを、机に置いて。
「つ、作る?」
「私は王都では『軍隊』で務めていたと、そう言っただろう? うん、よし分かった、良いだろう。作ってやるよ、新しい仕事を」
机を細い指で、トン、と軽く鳴らしては。
ウィルは声高らかに宣言した。
「シャラン王宮所属、ウィンリィ・ドーラが権限を以って──サントラに、新たな『部隊』の結成を宣言する!」




