op.8 計測器(メトロノーム)
ウィルが宣言した──この『少年少女闘技大会』においては、ダイヤが優勝を勝ち取ると。
ぽかあ〜ん、とハルが口を開けている最中に。
「お? なんだそのおっちゃん?」
準々決勝を終えたダイヤが、木製剣を片手に三人の元へと歩み寄ってくる。
大粒の汗こそ額に垂らしているものの、つい先ほどまで試合をしていたばかりだというのに、白い息を吐くダイヤはまだまだ体力に余裕を残しているように見えた。
午前中に、自ら申告していた通り──本当に。
ダイヤは、『体力』には相当の自信があったらしい。
「ハル。そのおっちゃん知り合い?」
皐月からタオルと水の入ったボトルを受け取ったダイヤが、
「見たかよ、俺の『ダイヤモンド・スピア』! 我ながら完璧な一撃だったと思うんだよな〜あ」
「……『ダイヤモンド・スピア』?」
なんだそれは。初耳だけど?
「俺の『必殺技』だよ。さっき名前付けたばっか。かっけえだろ?」
「ださいよ???」
ださいよ???
ウィル先生に続いて、ダイヤまでドヤ顔決め込むんじゃないよ。
なにがださいって、なんの捻りもないのが陳腐い。
必殺技って言うんなら、もうちょっと他にあるだろ!? もっとこう、独創性に富んだ技名が。いや、いくらオリジナリティが無かったとしても、せめて、少なくとも「格好いい技名をつけよう」という努力くらいは見せてほしい。
名前がシンプルに『ダイヤ』だからって、技名までシンプルにしなくって良いんだよ!?
……などと、怒涛のツッコミを内心でのみ放っているハルに対して、ウィルはもう少しだけ冷静な様子で。
「『スピア』は『槍』という意味だぞ、わんぱく少年?」
木製の『剣』を携えているダイヤに、
「なるほど? 確かにさっきの攻撃は、『剣撃』というよりは槍の『突き』により近いものを感じたよ」
「おおっ、分かるのか? へへへ、話せるじゃねえか、おっちゃん!」
嬉しそうに胸を張っているダイヤに対し、ハルは唖然としてウィルを見上げる。
──え、何? もしかしてウィル先生、ちゃんとダイヤの試合見てたの? あんなに僕のこと、馬鹿にしながら?
するとウィルは、コートの裾をめくりがさごそと左胸の内ポケットを探り始める。
ポケットから新道具を出すという、ウィル先生お約束の展開をおよそ二ヶ月ぶりに眺めていれば、ポケットから出て来たのは──
⁂
「……あ。それ『計測器』?」
三角錐の物体、その名前をハルは言い当てた。
今回は見覚えがある道具だった。『天文台』に向かう道中、寝台列車にてマッキーナが説明しながら見せてくれた道具である。
「この三角錐が『計測器』。今朝にあんたのメトリアの貯蔵限界を測ったやつ。ここの針を外して、ここの『電線』を引っ張ってって、あんたの指と繋げたら──」
……とかなんとか言いながら、出会って間もない茜色の少女が、なんの躊躇いもなくハルの手を掴んできたのだった。それはもう、ハルにとっては鮮明に記憶している大事件だ。
もっとも、ハルには当時の事件こそ衝撃であれど、『計測器』の説明自体はかなりうろ覚えであって。
「そ、そういえば……ウィル先生」
そんな茜色の記憶を脳裏に浮かべながら、
「僕って結局、どのくらいの貯蔵限界だったんでスカネ……?」
「うん? なんだハル、自分で把握していなかったのか?」
──だ、誰も教えてくれなかったんデス!
ハルがたずねれば、ウィルは三角錐から『電線』と呼ばれる太い糸のようなものを引っ張って来て。
糸の先端についている輪っかのような部分に、ハルの片手の人差し指を嵌めたなら。
「……あ。針が動いた……?」
三角錐に飾られた針は、一直線上に数字が並ぶ板で、右へ、左へ、右へ、左へ。
振り子時計のように、しかし忙しなく揺れ動く針を見て、ウィルがこう告げた。
「ふむ。メトリア速度で『一〇〇』前後といったところか」
──メトリアの『速度』。
人間が有するメトリアの貯蔵限界を、『計測器』で計測した場合に使われる単位らしい。
血液と同じように、体内のメトリアがどれほどのスピードで流れているかを、この道具で測ることができるのだと、ウィルは少年少女に説明した。
「計測器で測れる値としては、下限が『三〇』、上限が『二四〇』だ」
そして、ハルのメトリア速度はテンポ『一〇〇』。
数字で言われても……とハルが首を捻っていると、『一〇〇』はメトリアを宿したばかりにしては高い方なのだとウィルに言い加えられた。
「とはいえ、メトリアの界隈ではまだまだ下っ端だよ。成長の見込みがあるとも言える。なにせ、マッキーナのような術士の家系は、成人するまでに『一五〇』へ到達するか否かが、優劣を図る点での目安とされているからな」
要するに、ハルの現在の貯蔵限界は、メトリア界隈でのおよそ『平均』かそれ以下ということらしい。
「へえ……で、先代はいくつだったの?」
「『二〇〇』だ」
──ち、最強じゃないか!?!!?
息子の倍あるじゃないか! メトリアの専門家たちをも超えているじゃないか!
「上限『二四〇』というのは、あくまでも計測可能な限りでは、という意味だからな。魔獣や神秘の類であったならば、『三〇〇』だってくだらないよ。ただ、人間としては実際のところ、『二〇〇』の大台に乗るような英雄は確かに珍しい」
ハルは完全に理解した。どうして自分だけが、『星撃』で簡単にメトリア切れを起こしてしまうのか。そして、どうして自分の父親が、この消耗激しいメトリアで戦場をそんなにも無双できたのか。
⁂
まあ──それにしても、だ。
(やっぱり、そういう大事な話は、もっと早くにして欲しかった……)
クリスマスの空を『星』で装飾したり、友人に見せびらかしている場合ではなかったのである。
ウィルは『電線』をハルから外すと、今度は皐月に視線を向けて。
「皐月も測ってみるか?」
その問いかけに、皐月はすかさず、首をぶんぶんと横へ振った。
結構です、と小声で返した皐月を、ハルは不思議そうに見つめていると。
「おっちゃん、俺は?」
針を覗き込んだダイヤが。
「俺もそれ、測って良い?」
そんなダイヤを横目で見て、ハルは内心でのみ──苦悩、した。
なぜなら、メトリアの『量』の優劣が、数字で明確に出てしまうということは。
その値が『〇』であるという事実──メトリアが『無い』という現実を、この漫画脳に突きつけてしまうから。
⁂
そんなハルの心配をよそに。
ダイヤの屈託のない笑顔に対して、ウィルはにやりと口角を吊り上げて。
「そうだなあ。君の計測は……この大会が終わってからにしよう」
その代わり、とウィルは言葉を続けて。
「君はまず、先ほど新しく作ったという……何だっけ?」
「『ダイヤモンド・スピア』だぜ!」
「そうそれ、『ダイヤモンド・スピア』。その『必殺技』──あと二試合で、完成させようか」
…………へ?
脳裏に疑問を浮かべ倒しているハルと、やはり驚きの表情を見せる皐月。
そんな二人の反応などお構いなしのウィルは、一体どこからもらって来たのか、今度は三角錐と入れ替えるように、コート内ポケットから大会のトーナメント表を広げ始める。
「ふむ。『言葉一族』の少女とは決勝までは当たらないか。なかなか運が良いじゃないか、少年」
「完成? 完成って何だよおっちゃん! 俺の新技、まだまだ『進化』するってか!?」
「ああそうだよ。……おっと、ハルは不遇だな主人公のくせに。初戦で言葉一族と当たってしまったのかね?」
再び軽薄な笑みを向けられて、ハルはむうと頬を膨らませる。
でも、なんだ『言葉一族』って? もしかしてウィル先生、あの激強少女や『モデラ自衛団』のことにも詳しいのか?
ウィルはトーナメント表をコートにしまうなり、ダイヤに微笑みかけて。
「君、ダイヤと言ったか?」
「おう!」
「はは、分かりやすくて良い名前だな。私はウィル、ハルの新しい先生だ」
そしてウィルは、ダイヤに告げた。
「良い機会だ、ダイヤ。今日は君の先生にもなってやる。この大会で優勝できるよう、その『ダイヤモンド・スピア』を一緒に完成させようじゃないか」
その言葉にダイヤは、これでもかと喜んではその場で飛び跳ねている。
ハルは怪訝な顔で、そんな勝手に盛り上がっている二人を眺めた。……初めて会ったおじさん相手に、何の疑問も疑いも持たないのか、この馬鹿は?
しかも、ウィルはウィルで、ダイヤのシンプルすぎる『ダイヤモンド・スピア』を、早々に受け入れてしまったらしく。
(『ダイヤモンド・スピア』を完成? しかも、あとニ試合で!?)
ダイヤの準々決勝が終わってから、今の流れまで数分程度といったところか。
何だか二人で楽しそうだなあと、ウィルとダイヤを交互に見比べては、ハルは静かに、深い長いため息を吐いたのだった。
──そういえば。
ハルは完全に、ウィルに聞き忘れてしまったことがある。
皐月はなぜだか、メトリアの計測を拒んだけれど。
(ウィル先生……あの人は、いったい幾つくらいなんだ……?)
ダイヤと違って、ウィルは確かに『水のメトリア』を宿しているはずだ。
解説がてら、勝手に他人のメトリアを測っておきながら、どうして自分のメトリアに限っては一切の言及もしないのか。
やっぱり怪しいおじさんじゃないかと、ハルは内心でのみ、ウィルという『指導者』を査定したのだった。
そして、ハルが疑問を抱いたのはダイヤの必殺技やウィル自身のことだけではなかった。
「ウィル先生。あの言葉って子のこと知ってるの?」
もっと言えば、自衛団長のまどかも含めた──『言葉一族』について。
ウィルは笑いかけては肯定し、
「ハル。……いや、皐月でも構わないよ」
問いかける。
「『言霊のメトリア』──というものを、知っているかね?」
⁂
準決勝が始まるまで、あとわずか。
モデラで開催された『少年少女闘技大会』では、金髪少年・ハルのあっけない敗北と引き換えに。
サントラから襲来したもう一人の少年にして、黒髪の挑戦者──ダイヤによって、新たな物語が巻き起ころうとしていたのだった。




