op.7 ハルとウィルの再会
正味一分、といったところか。
ハルの『剣士』としてのデビュー戦は、それはもう、あっけなかったもので。
「…………は? 負けた!?」
お昼休憩を迎え、ハルがダイヤと再び合流したのは午後一時を過ぎてのことだった。
ここまでのスケジュールとしては、十一時ごろに一回戦目、十二時ごろに二回戦目、といったところか。
そしてどうやら、ダイヤはその二試合をいずれも見事に勝利して、ハルのところへと悠々と帰って来たらしい。そしてまさか、数時間前にハルと交わした、「決勝で会おう」などという誓いという名のフラグを、完璧なまでに回収されるとは、発言者たる漫画脳ですら流石に予想できなかったようで。
「うっそ、まじで!? お前、初戦落ち!?」
大広場の外側、空いたベンチの端っこで膝を抱えてうずくまっているハルに。
「何やってんだよ主人公!? そんな最強のメトリア引っ提げておいてよお!? あれはどうした? 『星撃』、通じなかったのか!?」
ハルはうずくまったまま説明した……対戦相手もまた、その『必殺技』とやらを有していたことを。
そして何より、『メトリア』を宿しているだろうことを。
(でも……あれって、何のメトリアだったんだ……?)
素早くて重い斬撃だった。おまけに、『星』ほどではなくとも、飛距離もそれなりに伸びていたように思う。知らなかったよ店長……威力と飛距離って、別に『星』でなくとも両立できる要素だったのか。
そんな簡単に勝てるとは思っていなかったが、まさか初っ端から負けるとは。
明らかに落ち込んでいるハルに、ダイヤがへらへらと、しかし多少の憐れみを向けた笑いを浮かべている。
対して、皐月は。
「……ハル。あの子、『言葉』って言ってた」
言葉──少女の名字。
ハルは顔を上げて、少女との会話の記憶を辿る。そして、その名字にひとつ、心当たりがあったのは──
「……ああっ! モデラ自衛団長と同じ名字だ!?」
言葉まどか──大会の開催を大衆の面前で宣言した、例の美人さん。
いくみとか言うあの激強少女、もしやあの美人の親族だったのか!? 言われてみれば確かに、髪の色や顔立ちが、かの自衛団長と似ていた気がする。
「なるほどな〜、主催者の身内かあ」
ふむふむと、ダイヤも納得するように顎を引いては。
「そういうのって、あれだよな! いわゆる『優勝候補』って奴だよな! はははっ、ついてねえな〜、ハルお前!」
いやむしろ、主人公ならではの『引き』の強さが、完全に裏目に出てしまったといったところか。
どうりで強いわけである。ハルが特段弱かったわけではなかったらしい。いや、ハルも大概弱かったのかもしれないが。
「まあ、負けちまったもんはしょうがねえよな! 切り替え切り替え! それにほら、俺はまだ負けてねえし!」
親指をおっ立てて、
「主役交代のお知らせだぜ、ハル。こっからは、俺の怒涛の快進撃を、最後まで応援してもらおうじゃねえの!」
ぎぎぎ、と機械のような音を立てながら、ハルはベンチからダイヤのしたり顔を見上げる。
確かにハルはまだまだ未熟で、たまたま対戦した少女は、逆に相当の鍛錬を積んだ優秀な剣士だったのかもしれないが。それにしても、だ。
目前にいるこの友人──ダイヤは。
なんと、メトリアのひとつも持たずして、少なくとも二回は勝利を収めたというわけで。
(な…………なんでだ…………?)
確かに、ダイヤの戦闘は応援も兼ねて、一度はお目にかからなければなるまいと。
ダイヤを見上げたまま静かに決意したハルに、皐月が弁当の用意を知らせてくる。
こうして、大会開始早々敗北者となったハルは、ダイヤ、皐月とともに慰めのお昼ご飯にありついたのであった。
⁂
大時計と大太鼓が、午後の二時にして大会の再開を知らせてくる。
早速『準々決勝』の合図を受けたダイヤが、
「じゃ、行ってくるぜ。応援よろしくな!」
などと叫びながら、拳を目前に突き出して来たので。
「……まあ。頑張れ」
まだ少しふてくされたままのハルが、それでも拳を合わせることで応援の意を示す。
そうして離れていった黒髪の背中を、ハルが静かに見据えていると。
「──おやあ?」
どこからか。
ひどく聞き馴染みのあるような、そして、どこか懐かしくもあるような。
その声にはっとして、ハルが振り返った──先には。
⁂
「見知った極東娘がいるかと思えば。そこで黄昏ているのは、もしや──『英雄の子』か?」
──いや、なんだ『ミニスター』って。完全に初耳なんだけど。
じゃ、なくて!
「うぃ、ウィルさん!?」
「久しいな、ハル。こんなところで何をしている? 皐月が居なければ見逃すところだったよ。いつもの派手なパーカーはどうした?」
長身で、細身。痩せこけた肌に首の火傷痕。ロングコートを襟立てては、朽ち果てたようにくすんだ藍色の長髪を、後ろで雑多ばらんに束ねている──その中年。
相も変わらず飄々とした佇まいからは、風変わりな容貌から為す怪しい空気が、これでもかと辺りを漂わせている。
……ただ。
前に会った時と違う点があるとすれば、羽織っているコートは黒ではなく『黄土色』だった。
おまけに、その傍らには自身の荷物と思わしき大きなキャリーケースが置かれている。別れ際にサントラへ移住すると発言した手前、どうやら今回は、流石に手ぶらというわけにはいかなかったらしい。
「ああそうだ、ハル」
突然の再会に慌てふためくハルに対して、ウィルはやはり余裕の面持ちで。
「これからは、私のことはウィル『先生』と呼びたまえ。言っただろう? なにせ私は、君の『指導者』になる男だからな」
そう笑いかけたウィルが、今度は少しだけ首を傾げる。
そして、案の定と言うか、当然と言うか。ウィルはハルにたずねたのだ。
「それで? ハル。戦果は?」
「へ?」
「闘技大会だよ。出ているんだろう? お前を大会に出場させるよう、ニールセンに指示したのは私だからな」
──そ、そうだったのか!?
驚きの事実とともに、ぎくりと肩を震わせるハル。
そんなハルの態度と、口元に手を当てたまま黙りこくっている皐月の反応から、ウィルは何となく、大会の結果を悟ったらしい。
にやにやと、にやにやと。それはもう、ハルがおおむね予想していた通りの、いかにも人を馬鹿にした笑みを浮かべながら。
「今、何戦目だ?」
「……じ、準々決勝、デス」
「そうか。で、お前が進出したのは?」
「…………」
初戦敗退です、と小声で答えたのは、ハルではなく皐月の方だった。
ウィルは、両手を腰に当てては、ははははっ! と突然胸を反らして。
「私の『読み』をも遥かに超えてくるな、ハル! さすがは『ミニスター』、父親よりも遥かに指導え甲斐がある!」
──わ、悪かったな! 先代より出来の悪い『英雄』で!
すると、ハルはふいに、ウィルが何気なく口にした言葉を反芻する。
父親よりも……教え甲斐?
「ウィルさん──」
「『先生』だろう?」
「せ、先生……は、父さんに剣術、教えたことがあるの?」
ハルがたずねると、ウィルが片眉だけを上げて。
「少しだけな。基礎だけだよ。あいつはすぐ『軍隊』に入ったから、基本的な剣の振り方だけ教えたらあとは専門機関にお任せだ」
「へえ……ぇ?」
いやいや、基礎だけとかそういう問題じゃなくて。
王国の英雄、王国最強の剣士に『剣』を教えた──だって?
どういうことだ、同業者って話じゃなかったのか? 僕どころか父さんの『先生』でもあったのか? ていうか、あれ? ウィル先生、メトリアの『専門家』っていう最初の設定はどこへ行った?
ぱちくりと、目を丸くしながらハルがウィルを見上げていると。
「ハル、ダイヤくんが!」
皐月にパーカーの袖を引っ張られ、慌ててハルが前方へ視線を戻したときには。
「え…………ダイヤ、また勝ってる…………」
前方で繰り広げられていた準々決勝では、早くも決着が付いていて。
その場で突っ伏している対戦相手の少年と、袖なしタンクトップ姿のダイヤが、剣ごと腕を天に掲げ、勝利のポーズを決め込んでいる光景がハルたちの視界に映ったのだった。
ハルはまた、友人の大事な勝利の瞬間をみすみす見逃してしまったのである。
⁂
しかし──
「なあ、ハル」
そんな準々決勝を、実はハルを茶化しながらもしっかり観戦していたウィルが。
「ダイヤはお前の知り合いか?」
季節外れな格好をした黒髪を指さして。
「う、うん……」
ハルは、本当ならば、あんな寒そうな恥ずかしい男は僕の知り合いなんかじゃないとか、その場限りの嘘を吐きたいものだったが。
「サントラの幼なじみで……こ、この大会に出てるの、僕とあいつの二人だけなんだよ!?」
「ほう。同郷か」
「完全にアウェーだよ。みんな強過ぎる! 特に、僕が最初に戦った子なんて、メトリア使うわ剣も強いわで、散々だったんだ!」
情けないにも限度がある言い訳を撒き散らしながら、大会への出場を強いたらしい元凶のウィルに抗議していると。
ウィルは顎に手を当てて、
「──ハル。お前、まだ私のことをあまり信用していないだろう」
空色の瞳を見据えては。
「急に現れては町を連れ出して、『天文台』まで剣を取りに行かせて。挙げ句の果てに『先生』面されて、怪しいおじさんだと思っているんだろう?」
体内の『水』が揺れているぞ、などと言い加えるウィル。
……あ、当たり前だろ! 何をドヤ顔してるんだこのおじさんは!? 信用できないどころか、むしろ日に日に怪しさ増してるって! ていうか、自分がいかにも怪しいおじさんだって、ちゃんと自覚があったことに僕は驚きだ!
そんな内心の叫びが聞こえたのか否か、ウィルは口角を歪めては。
「良いだろう。ならば証明しようじゃないか」
「へえ?」
「実力行使という奴だよ。私の『指導者』としての実力を、お前にとくとご覧に入れてやろうじゃないか」
そして、ウィルは。
前方で佇む少年──ダイヤを指さして、ハルにこう告げたのだ。
予言、予告──いや。
ウィルは、一人の指導者として『宣言』したのである。
「あの少年。──この大会、優勝するよ?」