op.6-1 少年少女闘技大会:初戦①
『工業都市』にして自治都市モデラ。
その自治を取り仕切っている筋肉軍団、『モデラ自衛団』の長にしてモデラの象徴──言葉まどか。
可憐、の一言に過ぎる佇まいだった。
ややウェーブがかった、肩まで伸びるベージュの髪。フリルが付いた薄ピンクのブラウスに、若干黄身がかった灰色のジャケット。高めの腰元でベルトを付けた、そのパンツスーツ姿が、彼女の華奢さをいっそう際立たせている。
少しだけ吊り上がった黒い瞳が、大広場の少年少女たちを凛とした声で鼓舞する。
「現時刻を以って、ここに少年少女闘技大会冬期の開催を宣言する。──一同、『剣』を持ち『義』を為し、ここに『全霊』を示せ!」
そう宣言するなり、こつ、こつ、と少し厚底の革靴を鳴らしては、軍団の波に呑まれ、消えていく。
一瞬の出来事、刹那の『花』に、ハルはしばらくその場で立ち尽くしていた。
しかし、
「うっし! じゃあ頑張るかあ」
右隣でダイヤが大きく伸びをしたことで、はっと我に帰る。
しかし、ハルだけではなく、どうやら左隣にいた皐月も、その女性を見て何か思うところがあったのだろう。薄い唇を開いたまま、ぼうっと、女性がいた前方を眺め続けている。
(…………綺麗な、人だったな)
皐月がいる手前、決して口にはしなかったが、ハルは女性の端麗な顔立ちをそう評した。
あんなに美しい女性は見たことがなかった。自分の母親よりも、ダイヤの母親やサントラにいる女性たちよりも、あるいはアレグロで出会った、マッキーナの母親よりも。
(まあ、そもそも、母さんやマスキードさんよりはずっと若そうだけど……)
むしろ、今の女性こそ『お姉さん』と読んで然るべきだと、ハルは勝手に吟味した。……いや、そんなことを口に出したら、絶対またマスキードに睨まれてしまうだろうけれど。
さらに付け加えるなら、ハルが一年ほど前に一度だけ会ったことがある、皐月の『姉』あたりとも近そうな年頃である。二十代前半とか、二十代前後とか、多分そんな感じだ。
そして、あんなにも綺麗な女性が、この筋肉軍団たちの頂点なのかと、ハルはひどく驚いたのだった。
「それじゃあ、また後でな、ハル」
ぽんと肩を叩いてきたダイヤが、
「決勝で会おうぜ? 俺とお前の二人で、このモデラの地を荒らすだけ荒らしてやろうじゃねえか!」
「……いや、決勝よりもお昼休憩のほうが先じゃない?」
二回戦目が終わったら昼休憩、というスケジュールなので。
あと、ダイヤ風に言うなら、「決勝で会おう」などという台詞はもれなく決勝では会えない展開となってしまうので、極力言わない方が賢明ではないだろうかと、ハルは内心でのみツッコミを返す。
ハルと皐月の元を離れ、さっさと自身の戦場へと向かっていく黒髪の少年を、ハルはしばらく見送ってから。
「ぼ、僕たちも行こうか」
そう言って、皐月とともに歩きだす。
こうして、ハルの『闘技大会』、そして一人の『剣士』としてのデビュー戦が幕開けとなったのだった。
⁂
『少年少女闘技大会』──トーナメント形式、五試合連続で勝てば優勝。
ルールも極めて単純だ。木製剣による一対一で、相手が降参するか、戦闘不能にするか、あるいは用意された『闘技場』の外側へと、相手を追い出すことが勝利条件となっている。
この大会への出場が決まって以降、ハルが丸一週間かけて取り組んだのが、メトリアによって放たれる剣撃──言い換えれば『星撃』を、いかに威力の調整ができるのかだった。
「星撃さあ、技名とか付けようぜ! お前の必殺技みたいなもんだろ?」
などと茶化すダイヤを尻目に、ニールセンが『星撃』についてハルに説明する。
「星撃の利点は攻撃の威力と飛距離にある。特に飛距離は戦場ならともかく、一対一ではまず使う必要がない」
ちなみに、かの英雄・クラウス大先生が戦場で無双できたのは、この飛距離がほとんどの要因だったらしい。はるか遠方の戦車をぶっ飛ばしたり、一人で軍隊をぶっ潰したりしていたらしい。最強にも程がある。
『ADSR』で言うところの加減や持続とも関係ありそうな話だなあ、とハルが納得していると、
「無駄にメトリアを消費するのは、剣からメトリアを離してしまうからだ」
「離す?」
「剣にそのまま留めておけば、使うメトリア量は最低限で済む」
もちろん威力は若干落ちるが、と言い加えるニールセン。
要するに、軍隊をも相手取れる『星のメトリア』を、わざわざ人間一人に全力で行使する必要がないということだ。
そして、威力を落とすということは、裏を返せば『星剣』アストロを使わずとも、木製剣でも星撃の威力に耐えられるという話でもあるらしい。
「な、なるほど……」
「戦況で使い分けられるようになれ。やればできる」
大会まであと一週間を切っていようとも、とニールセンは自慢の大胸筋を張り上げ、ハルを鼓舞したのだった。
⁂
とは言っても。
(大会に出てる子、みぃんな『剣士』なんだもんなあ……)
決してメトリア合戦ではないのだ、これは。
素振りをしたり、広場の隅の方で静かに集中したり、明らかに『場慣れ』していそうな出場者たちを観察しながら、ハルが深く息を吐く。
デビュー戦にしてなんというアウェー感。ダイヤとは既に別れてしまったし、ニールセンとは言わずとも、長老か町長か、せめてウィル辺りが応援に来ていてくれたら良かったのに。
──いや待て。ウィルさんは駄目だ。だって絶対、剣を一振りしただけで馬鹿にしてきそうだもん!
あの中年オヤジの、ひょうきんでニヒルな悪い笑顔を思い出しては、勝手にいらいらするハルであった。
優勝とまでは言わずとも、せめて準決勝、せめてせめて準々決勝くらいまでは勝ち進んで。ウィルさんに今度会ったときには、「僕だってやればできるんだ!」と小ぶりな胸を張って主張してやりたい。
と、そんな『ちいせえ』野望を抱いていた矢先。
「──それ、『セーラー服』?」
ふいに。
明快でよく通った少女の声がする。
声を掛けられたのはハルではなく、ハルの隣にいた皐月の方だった。
「え、あ……」
「それセーラー服だよね? 君、『極東』から来たの?」
突然話しかけてきた少女は、皐月が日常的に纏っている服装から、もれなく皐月の出身地を言い当てる。ハルも以前から、皐月には故郷にあるという『学校』という場所では、皆が同じ服を着るルールがあるのだと教わったことがあった。
セーラー服は言わば、皐月にとっての『正装』だった。そして、そんなセーラー服の存在を知っているということは──
「もしかして……君も極東の子?」
聞き返したのはハルだった。皐月は急に話しかけられて戸惑っているのか、数歩後ずさりしてはハルの背中に身を隠し始めてしまう。
……そういえば皐月って、最初に会った時もこんな感じだった気がする。お姉さんの後ろに隠れて、なかなか顔を見せないで。皐月、ひょっとして『人見知り』ってやつ?
しかし、そんな皐月の態度は、目前で笑顔を浮かべている少女には大して気に触るようなことでもないらしい。
「僕は生まれも育ちも大陸だけどね。パパとママが、極東から大陸に渡って来た勢なんだよ」
ほら見て、と。
少女はハルにも、背後に隠れた皐月にも見えるように、羽織っている上着の前側を少し広げては。
「これね、ママが昔通ってた学校の制服! 僕の超お気に入り。パパに頼んでさ、極東の実家から頑張って取り寄せてもらってるんだよ」
そう見せてきた少女の『制服』は、白のブラウスに大きな赤いリボンが付いている。ミニスカートも赤いチェック柄で、いかにも女の子が愛用しそうな可愛いデザインだ。
皐月のセーラー服も白を基調にしているデザインだったけれど、襟元やスカートが水色だったり、胸元に付いているのがリボンではなくネクタイだったり、この少女と皐月はどうやら別の学校らしいことが伺える。
……ていうか、『学校』って同じ国にそんなにたくさんあるんだ? この王国は確か、『王都』に一つしかなかったはずなのに。
なんにせよ、服をわざわざ海を渡ってまで取り寄せるとは、素晴らしいこだわりをお持ちの少女だとハルは勝手に感心していた。王都からわざわざRe:birthの服を取り寄せている自分と、若干、いや、かなりの近親感を覚え始めている。
それに、笑顔ではきはきとしゃべるこの少女、結構話しやすくて──ただ。
(ただ……き……気になる……)
その少女、問題が二つある。いや三つか?
まず。
なぜそんな可愛らしい格好、皐月にも似合いそうなミニスカート……の『内』から、さらにジャージのスボンを重ねて履いているのだろうか?
その手に木製剣を提げているあたり、おそらくこの少女も大会の出場者なのだろう。身体を動かすのだから、ズボンを履くのは当然っちゃ当然か? いや、それならスカートまで履かなくていいはずだ。
(まさか……そういう趣味でイラッシャル?)
散々服のセンスを馬鹿にされて来たハルですら、仰天する次元の着こなし方だった。
加えて、次に。
白ブラウスの『外』に羽織っているのは、明らかにハルとか男の子が着るような、黒地のブルゾンである。それも、つるっつるのぎらっぎらな生地だ。ああっ、袖口に金色の刺繍、発見!
なんというか、気のせいだろうか? 黒ブルゾンといい、下半身の着こなし方といい、そのセンス、どこかで見たことあるような……。
(──ああ、分かった! ダイヤん家にある『ヤンキー漫画』だ!)
なんかごっつい図体とごっつい髪型のお兄ちゃんたちが、夜道でバイクを走らせてる、あれだ! 悪い子どもが愛用してるタイプの服だ!
だだだだだ駄目だよ、君みたいな子がそんなブルゾン着てちゃあ! カジュアル過ぎるよ! せっかくの『制服』が台無しだよ!?
そして、最後に。
もう一つハルが気になったのは──
(なんで……女の子なのに、自分のことを『僕』って呼ぶんだ……)
「僕、言葉いくみ。一月生まれの十五歳。君は?」
そんなハルの怒涛のツッコミなど、やはり少女にはお構いなしなのだろう。
いくみと名乗った少女は、進んで自己紹介するなりハルに握手を求めてくる。
「ぼ、僕はハル。来月の誕生日で十五歳……」
「へえ、じゃあ僕たち同年じゃん! よろしくね〜」
──『タメ』って言い方をする女の子に、僕は初めて会いマシタ。
「君は?」
いくみが問いかけたのは、今度は皐月の方だった。
皐月はいまだにハルに隠れたままだったが、少しの間が空いてから、
「……皐月」
「皐月ちゃん? 僕いくみ。同じ極東勢、仲良くしてね〜」
名前を聞いたら十分に満足したのか、いくみはふりふりと皐月に手を振って。
「じゃあ、ハルくん。お互い頑張ろうね! 僕負けないよ?」
などと笑いかけては、踵を返してすたすたと歩き去ってしまう。
──そして。
そんな、天真爛漫という表現そのものを全身に纏った少女・言葉いくみが。
ハルの『一試合目』の対戦相手であることを知ったのは、別れて間もなくのことだった。