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ハルのメトリア 〜英雄の子、ふたたび英雄となる?  作者: 那珂乃
vol.1「ハルのメトリア」編

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ep.1-2 終点と始点②

 ──その、時だった。

 絶望するハルを、幸運という名の星はまだ見放していなかったらしい。


「何をしているのかね」


 ハルの背後から、正義の声が降ってくる。

 車両へ新たに踏み入ってきたのは、中年の男だった。


 長身で、細身。ちゃんとご飯を食べているのか、勝手に心配してしまうくらいに痩せこけた肌。古びた黒のロングコートを襟立てては、朽ち果てたようにくすんだ藍色の長髪を後ろで雑多ばらんに束ねている。

 何だったら、金メッキの男よりもみすぼらしい男だった。何一つ手荷物も持たず、ハルよりあの男よりも金銭に困っていそうな容貌である。

 だが、なぜか厚底のブーツだけはそこそこ新しそうで、きちんと磨いた形跡が残されていたのが、ハルにはいっそう風変わりに見えた。


 ……都会って、いろんな人がいるんだなあ。いやまあ、ここもそんなに都会じゃないんだろうけど。

 ていうか、サントラ行きに乗ってる時点で、おじさんもお兄さんも実は結構『おのぼりさん』なんじゃない?



「通してくれないか」


 コートの両ポケットに手を入れ、かつかつと二人のところへ歩み寄りながら。


「そっちの車両に給湯器があるんだよ」

「……はあ?」

「コーヒーを淹れにきたんだ。そっちに用があるから、通してくれないか?」


 それは、身なりとよく似合う掠れ声だった。

 まじまじと中年の男を観察してみれば、コートの襟の奥に隠れた首元、右顎から喉を通る一帯の肌が、いっそう焼け焦げているのを発見する。


 ――痩せこけているんじゃない。本当に焼けている。

 そんなにひどい火傷跡なんて残るものなんだろうかと、ハルは勝手にいたたまれなくなった。





(十時過ぎにコーヒーなんて、大人はなんて自由なんだ……)


 ハルがそんな場違いな感想を内心でのみ述べていると。


「通行料をもらおうか」


 ナイフをハルに掲げたまま、金メッキは余裕の笑みをこぼす。

 ……おいおい、なんで僕に向けたままなんだ。おーい、青い髪のおじさん、舐められてるよ!


「通行料?」

「このガキの分も併せてな。どっちも大人料金だ」


『ぼったくり』をしているのはお前じゃないか、とハルは金メッキを睨んだが。


「……つまらない商売だな」


 中年の男はそうぼやきながら、コートの胸ポケットを探る。

 ──ポケットからおもむろに引き抜かれたのは、なんと数枚の紙幣だった。


 まさかと大口を開けていると、尻をついたままのハルの脇を通り過ぎ、中年の男が金メッキに紙幣を差し出して。


「これで足りるかね?」

「……は、話が早いじゃねえか」


 これはさすがに、ハルだけじゃなく金メッキに取っても想定外の展開だったのだろう。言い出しっぺがわずかに戸惑いの色を見せながらも、受け取った紙幣を数えては、いそいそとジャケットの裏側に隠す。

 中年の男は、紙幣が自分の手から離れると見るや、そのまま金メッキの脇へ外れては、すたすたと。





「──『二人分』だ」


 歩き去る間際、中年の男は声を低める。

 死んだ魚の色をした瞳が、いまだ鈍く輝いたままのナイフを視界に捉え。


「二人分払ってやった。ちゃんと店じまいはするんだろうな?」


 ──それは、静かな威圧だった。

 武器も持たず、大声も出さずに凄んで見せる中年の男。二人の大人たちの隙間を、寒空の風が吹き抜けていく。金メッキの緊張がハルのところまで届くようだ。


 怯んだのかと思った。しかし、中年の男の『強者感』を目撃しても、金メッキはまだ稼ぎ足りていないらしく。


「おっさんには関係ない──だろっ!」


 振り上げる。

 ナイフを持った右手を、振り向きざまに中年の男へと飛ばす。



 ──幻覚、だろうか。

 そのナイフから、『火花』が散ったのは。



 がごん、と大きな揺れが、金メッキと中年の男を引き剥がす。

 壁に張り付く長椅子に、金メッキは行儀悪く両足をつける。さっきまでいぶし銀だったナイフが、熱を帯びていくのをハルは見逃さなかった。


「……ほおう」

 その熱を中年の男も眺めては、

「『炎』か。……使い方は悪くない」

 感心していた。


 まったく怖くないらしい。ナイフですら、ハルにとっては十分脅威だったけれど。

 金メッキが精一杯に演出したその現象も、自分にとってはまるで脅威ではないと主張するように。


「ただ──使う相手は、少々選んだ方が良いんじゃないのかね?」



 ──纏う。

 全身に纏う。

 綺麗なブーツから、無造作に髪が散らばる頭の先まで。

 昇竜した『水』が、中年の男を包み込んだ。



「……み、ず」

「ああ、水だよ。私のメトリアは『水』だ」


 中年の男は、車両に現れてから、ただの一度も笑みをこぼさない。

 それが正しく力を持つ者の礼節(マナー)だと、無言の圧力で押し潰すかのごとく。


「いくら稼いだ?」

「は……?」

「荷物はどうした。手ぶらか? まさかとは思うが、こんな夜更けに乗りこんで、メトリアを行使してまで『収穫』したのが少年一人、なんてことは無いだろう?」


 一歩。

 たったの一歩、水を纏ったまま足を進めただけで。


「さあ──君の『コレクション』を紹介してもらおうか」





 ──決着した。


 ガンッ!

 それは、電車の揺れによる衝撃ではなかった。

 金メッキは椅子から勢いよく飛び降りて、ナイフをめちゃくちゃに振り回しながら、あれじゃあさすがにおじさんには当たりそうもないな、なんて素人なりに分析するうちに。


「あれ……?」


 一目散、という表現がばっちりだった。

 どうやら金メッキは、突如目前に現れた大きな障害を相手取る気概など、とうに失せてしまっていたらしい。前方の扉を乱暴に開け、別の車両へと逃げ込んでいく。

 まだ停車していない箱庭のいったいどこに逃げ場があるのかとも思ったが、中年の男もまた、金メッキを深追いするつもりはないようだ。


 ──つまり。

 ハルの脅威はあっさりと、この中年の男によって取り払われてしまったのだった。





〈──まもなく、ソルフェ。まもなく、ソルフェ〉


 車内放送が流れる。

 ハルの人生初の一人旅、その終点まで、あと一駅。


〈──魔獣警報、レベル一。魔獣警報、レベル一。シャラン鉄道にご乗車の皆様は、『結界(エリア)』内に到達するまで、席をお立ちにならないようお願い申し上げます〉


 誰一人として座っていない空間に、残された少年と中年の男。


〈──まもなく、ソルフェ。ソルフェに到着いたします。ソルフェに続きまして、終点、サントラ。終点、サントラ──〉


 全身を纏っていた水が消えると同時に、


「……君」

 中年の男は。

「ハルか?」

 呆然と立ち尽くす、ハルの名を呼んだ。



 ──そう。

『名前』を呼んだのである。


挿絵(By みてみん)


 藍色の瞳に見つめられ、ハルは数回まばたきをして。


「……()()()()()?」


 ハルは怪訝そうに、中年の男を見つめ返した。





 ──それは、先ほどの金メッキ男みたく人為的に塗られたものではない、採りたての小麦のような金色の髪。

 そして、暗闇の中でも澄んでいると表現して差し支えないほど、ひどく綺麗で大粒な空色の瞳。


 派手なデザインのパーカーやぴかぴかの白スニーカー、中身がぎっしり詰まっていそうなリュックサックには、中年の男はまったく目もくれなかった。

 代わりに中年の男が目を付けたのは、ハル自身によって見繕われた格好ではなく、生まれながらに備えた──その『顔立ち』。


「何をしているんだ?」


 金メッキのときよりも明らかに驚いた様子で、


「仕事帰りか?」

「え……? いや、ええっと……」

「安静にしたまま町で待機させるよう、ノウド君に伝えてあったはずだが」


 ノウド、という見知った町長の名前が出てきたことから、ハルはようやく、この中年の素性に思い当たる。

 中年の男もまた、まじまじとハルの全身を見渡したところで、


「おじさん……もしかして『専門家』の人?」


 ハルがたずねれば、中年の男は少しの沈黙を経て、答えた。

 ようやく、わずかに微笑んで。



 ──()()()()()()()()()()、とは決して口には出さないで。



「私は、ウィル──君の『指導者』になる男だよ」





 駅に停まった電車が、再び動き出す。

 最終列車サントラ行きは、二人の運命の出会いを乗せたまま、がたんごとんと駅の『終点』へ向かって進んでいく。


 この出会いが、すべての物語の『始点(プロローグ)』でもあるのだと、まだこの『主人公』は知る由もなく。

2022年2月14日:「挿絵」を追加(作:那珂乃)

2022年3月15日:「ep.1」を分割、改行調整しました。


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