op.5-1 工業都市モデラ①
ハルとダイヤの『少年少女闘技大会』出場が決まって、一週間。
竜暦一〇四五年、二月二一日──
その大会当日は、あっという間に訪れたのだった。
よくよく、ニールセンから大会の詳細を聞き出してみれば。
大会に出場するのは、主催者である『モデラ自衛団』が経営しているという、剣の道場に通っている地元の子どもたちが大半らしい。
何なら、他所の町からの出場者は、ハルとダイヤの二人しかいないとのことで。
「そ、そんな地方なイベントに、どうして僕たちが……?」
いや、そもそも。
どうしてそんな地方な大会を、サントラの酒場の店主たるニールセンが知っていたのだろうか。そういえば、二人の出場については、ニールセンが直接「主催者に話を付けて」くれたのだったか。
そんなハルの疑問に応えたのは、ニールセンではなくダイヤの方だった。
「モデラって、俺ん家の野菜も結構買ってくれるぜ? 店長もその、『モデラ自衛団』っつうところが取引先なんじゃねえの?」
サントラの住民の大半は、農業に従事している。ダイヤの実家も同様だ。
サントラ駅にて、なるほどなあ、とハルが首を傾げているうちに、遥か彼方から汽笛の音が聞こえてくる。
――今の時刻は朝七時。
ハルにとっては、いつもよりもずっとずっと早起きな時間だ。大会がちょうど、昼よりも前からの開催とのことで、他方から出場するハルたちは止むを得ず早朝から出発しなければならなかったのだ。
ニールセンは、大会当日は見送りすらしてくれなかった。
あっちから誘いをかけておいて、相変わらず冷たい店長だなあ、なんて生意気なことをあの強面の面前で口にできるほど、ハルは命知らずではない。
「……で、ハル。お前さあ」
相変わらずのタンクトップと短パン姿のダイヤが、
「今日はいつものRe:birthじゃないんだな?」
ダイヤが注目したのは、ハルが着ているパーカーだった。お気に入りのアパレルブランドであるRe:birthの、派手でよく目立つ色合いという特徴からはかけ離れた、無地で薄白な黄色のパーカーを、今朝のハルは身に纏っている。
ダイヤは趣味の良し悪し以前に、そもそも服のブランドにはまるで関心を示さない少年だったが、日頃からハルのあの『派手派手しさ』に慣れ親しんでいるものだから、流石のダイヤでもハルのファッションの変化には気が付いたらしい。
そして、ダイヤから受けた指摘にハルは口を尖らせて。
「Re:birthさ、すっごく格好いいし僕は好きなんだけど。なんか『七都市』だとやたら目立つんだよね」
──『魔法都市』アレグロでの、住民たちからの痛い視線を思い出す。
おかしな話だ。
都会暮らしに憧れるハルが、せめて服装だけでも『都会育ち』っぽさを演出しようと着ていったはずなのに。実際、Re:birthは王都に事務所があるとかで、都会の象徴そのものであるはずなのに。
それが今度は、都会の町並みに馴染むために、むしろ都会の象徴たるRe:birthを『着ない』という判断を下さなければならないなんて。
て、いうか。『王都』在住のウィルからも、『七都市』育ちのマッキーナからも馬鹿にされるし! 格好いいだろうが、Re:birth!
そして、服装だけの問題ではなく。
(そうか……『顔』もあんまり出さないほうが良いんだっけ……)
なんでも、ハルの持つ金髪碧眼と顔立ちが、かの『英雄』と瓜二つだという話で。
ウィルからの助言や、ビブリオ図書館での夫婦の反応を思い出し、ハルはそそくさとパーカーのフードを頭に被ったのだった。
不思議そうな顔をしているダイヤに対し、皐月はむしろ、少しだけ頬を緩ませた。
この主人公は少しずつだが、どうやら着実に──冒険者としての『経験値』を積み重ねているらしい。
ハルはいつものリュックサックを背負い、日頃の稽古で使っている木製剣とかつての冒険で手に入れた『星剣』アストロを腰に下げた。
「なんだ、ハル? 光折剣も持っていくのか?」
──だから、『光折剣』って名前じゃないんだってば! それ『伝説』違いだから!
念のために持っていくのだとハルが説明すれば、ダイヤはあっさりと納得する。
そんなダイヤは木製剣こそ携えていたが、日帰りを見越しているからか、財布もろもろ程度しか入らなそうな小さめのショルダーバッグを旅のお供にしていた。そして、皐月もまた、昼食のために自らこしらえた弁当箱の入った、ほどよい容量のカバンを肩から提げていた。
──大会の開催まで、残り数時間。
三人の新たな冒険者を乗せた電車は、彼らの目的地にしてシャラン王国が主要都市のひとつ、『工業都市』モデラへと、ゆっくり、ゆっくりと線路を進んでいくのだった。
⁂
『工業都市』モデラについて、ハルが知っていることは三つある。
まず、地図を見た感じでは、サントラから一番近いところにある『七都市』だということ。
次に、モデラには皐月と同じ『極東』からの流れ者が多く住んでいるらしいということ。
そして──
「モデラは『七都市』では唯一、住民による自治が王宮で認められている町でね」
これは先週、偶然にも酒場で会った町長が教えてくれた話だ。
「普通はどの町も、僕のような『管理者』が専門機関から呼ばれるか、エレメント協会みたいな組織によって管理されているんだよ。特に『七都市』はね。でも、モデラではそういった町の管理を、全て住民だけでこなしているんだ」
王宮からも、そして協会からも完全に独立した自治都市ということだ。
そして、今回の闘技大会を主催しているという──『モデラ自衛団』。
彼らもまた、住民たちによって自発的に結成された組織らしい。
「その名の通りだよ。『モデラ』に住んでいる『自分』たちで都市を『防衛』るための『団』さ」
そんなノウドの話を聞いたとき、ハルが漠然と抱いた感想はこうだ。
……へ〜え。なんか、格好いいなあ。
しかも、そんな『自衛団』の人たちによって経営されている、子どものための道場があるとなれば。
(なんか……モデラ。結構良い町なんじゃない?)
サントラから近い町に、そんな格好いい『七都市』があったとは。
──いいじゃん。決めた。モデラに移住しよう!
剣術をもう少し習うにしたって、あんなに怖い店長から教わるよりも、その道場のほうがずっとずっとマシなはずだ。むしろ、何で今まで気がつかなかったんだ!
おまけに、皐月の故郷とも縁のある住民が多いとなれば、尚更好都合というものである。
あの『魔法都市』とかいう町は、都会といえども色々と面倒ごとが多い印象を受けたけれど。
(どんな町なんだろう……『天文台』の帰りは、電車の乗り継ぎで寄っただけだからなあ……)
しかも、日中だからなのか、ハルが今まで乗った電車の中では一番乗客が多かった。ウィルが以前言っていた、他の町から移動してきた『労働者』たちなんだろうか。うん、モデラはちゃんと賑やかだ。いかにも都会っぽい!
町の全容をまだ見ぬハルが、夢の都会暮らしに新たな希望を寄せ始めた頃。
〈──まもなく、モデラ。まもなく、モデラ〉
車内放送が流れる。
〈──魔獣警報、レベル一。魔獣警報、レベル一。シャラン鉄道にご乗車のお客様は、『結界』内に到達するまで、席をお立ちにならないようお願い申し上げます〉
汽笛を鳴らした電車が、その体を揺らしながら、少しずつ、少しずつ駅へと歩みを止めていく。
そして、ついに停車した電車の扉が開き、ハルたち三人は駅へと降りて。
「うおおぉお…………!」
町を眺めるなり歓声を上げた、隣のダイヤ──に、対して。
ハルは、その顔を、まもなく『青』一色へと染めていく。
──その都市は、一言で表せば。
住民全員が『店長』だったのである。
2022年2月25日:
シャラン王国および『七都市』についての【設定資料集】が、既に公開されております。
興味がありましたら、目次より<資料集Ⅰ:シャラン王国について>をご覧ください。




