op.3-2 メトリアの貯蔵限界(ストレージ)②
……ハルがひとつ、完全に失念していたことがある。
ビブリオ図書館で教わった、メトリアの『貯蔵限界』だ。
ダイヤに言わせるところの『MP』でもある貯蔵限界は、上限値が個人によって必ず差が出るものだ。メトリアの種類うんぬんの問題ではない。
一度に溜め込めるメトリアの量が決まっているのなら、使えば使うほど貯蔵量は必ず減るのであって。
そして、さらにダイヤの解説を付け加えるならば。
「最強系って、だいたいさ。強ければ強いだけMP消費が激しいんだよな」
「……そういうことは先に教えておいて欲しい…………」
ダイヤでもニールセンでも、あるいはウィルでもマッキーナでも。
今まではダイヤへの自慢程度にしか、まともにメトリアを使ってこなかったものだから、人間相手への加減もできず、当然自身の限界など図れもせずに、といったところか。
そうして、初めてメトリアでの限界突破を経験してしまい指先ひとつ動かせなくなったハルが、ニールセンに連れられ、ダイヤにおんぶされながら自身の家へと引き返してきたのは夜の九時を回った頃だった。
⁂
いつものように玄関先で待ち構えていた皐月が、その無様な姿を見て。
「ど、どうしたのハル!?」
案の定その頬を真っ青に染めるなり、ハルの元へと駆け寄っていく。
皐月はしばらく慌てふためいていたが、ダイヤに事の経緯を説明されれば次第に落ち着いていっった。
「……それで? 店長」
リビングのソファに寝かされたハルを眺めながら、ダイヤがニールセンに問いかける。
「ハルって、いつまでこのまんま?」
「今晩は駄目だな。朝には戻る」
簡潔に答えたニールセンが、ぐったりしているハルに対して、
「一度に全部使うからそうなる。使い『方法』も理解ってなければ、使う『量』も理解っていない」
──要するに。
どれほど優れたメトリアを持っていようが、あるいはどれほど優れた能力を持った人間だろうが、そのメトリアを常に全力で使い続ける、なんてことは、人間である限り絶対に不可能だと言うことである。
ビブリオ図書館では、ウィルやクラウスは『アタック』一辺倒の人間だと、妙に酷評されていたけれど。
(そうか……僕はまだ、『アタック』ですらまともに出来ていない状態だったのか)
──反省シマス。ごめんなさい。
でも、それならそうだと早いとこ教えて欲しかったデス。
すると、そんな情けないハルを見ていた皐月が。
「……ハル」
パタパタと、うさぎさんのスリッパをはためかせながらハルに近寄って。
──ぎゅう、と。
「……………………へ」
ハルの思考が止まったのは、決してメトリア切れだけが原因ではない。
いつだかの寝室での夜みたく、その首にぎゅうと、華奢な両腕でしがみついてくる皐月に。
「……へえ!?!!?」
──ちなみに。そのリビングにはちゃんと、ダイヤもニールセンも存在していることを忘れてはならない。
仏頂面をぴくりとも動かさないニールセンと、
「うおお……さすがヒロイン……」
などと声を漏らしながら、リア充現場を真顔で堪能しているダイヤ。
顔を真っ赤に染めていくハルが、その可愛らしい拘束からようやく解放されたときには。
「ななななな、何して──って、あ、れ……?」
皐月に抗議をしようと、勢いよくソファから起き上がったハル。
ハル自身も、ダイヤも、そして今度はニールセンも、「今晩は駄目だ」と宣告されていた少年が、あっさり自ら体を動かしたことに対して驚きの表情を見せる。
数秒前までの恥ずかしさから一転、今度は困惑の色を隠せないハルが、
「え、あれ……? な、なんで?」
皐月を見やると、皐月はもじもじと三つ編みをいじりながら黙っている。不可解な現象に対して、皐月の代わりに解説したのはやはりダイヤだった。
「もしかして、皐月ちゃん。『MP回復』した……?」
それも、リア充パワーとか愛の力とか、そういう抽象的なものじゃなく。
ここでハルは、以前ウィルから聞かされた、皐月が持っているらしい『花のメトリア』について、その性質を思い出していた。
「『花』が有する主な性質は、簡単に言えば『成長』だ。肉体機能、環境変化、大陸世界が本来有している時の流れ。特定の生命にのみ干渉することによって、それらの『成長』を自発的に早めることができる」
──つまり。
本来はハルが一晩かけて、再貯蔵しなければならないメトリアを。
皐月は今、その『花』を以ってハルの時間を『成長』させることで──
⁂
「……………………え? 最強?」
──ハルとダイヤの心情が、初めてシンクロした瞬間だった。
「何回も、は無理だよ。私もメトリアを消費ってるから……」
「いやそれでも最強じゃね? 皐月ちゃんも最強じゃん! 最強! ボス戦チーム戦に必須の『回復』キャラじゃん!」
──だからダイヤは、いちいち『漫画』で例えるな! ときどき僕も付き合って遊んでやってる、『RPG』の要素もちょいちょい混ざってるし!
口をあんぐりと開ける二人の少年に、皐月はやはりもじもじしたまま、
「で、でも今日はじっとしてなきゃ駄目。少し時間を成長めただけだから。完全に回復ったわけじゃないから……」
とりあえず、身動きくらいはできるようにしただけだ、と控えめな態度で言い加える皐月。
ハルは、そんな桜色の少女をまじまじと見つめて、
「……さ、皐月先生…………」
おそるおそる問いかけた。
「なんで……そんなすごいメトリア、ずっと隠してたんデスカ…………?」
⁂
皐月は、ハルの問いには答えなかった。
昨年は『花』の存在そのものを初めて知って、今回は『花』の彼女なりの使い方を知って。
一年ほど同じ家で過ごしてきた少女には、どうやら、ハルがまだ知らないこと、ハルにすら話していないような秘密がまだまだたくさんあるらしい。
小説を「ブックマーク・評価」などで応援していただけると執筆の励みになります。