op.3-1 メトリアの貯蔵限界(ストレージ)①
ニールセンが経営する酒場は、だいたい午前十一時から夜八時までの営業だった。
だから、ハルとダイヤに剣や武術の稽古をつけてくれるのは、営業が終わった後か客足が少ない昼下がりの、小一時間程度といったところだ。
店の裏にある倉庫前の庭を稽古場にすることもあれば、広場にまで出て行って稽古することもある。
……いずれにしても。
ニールセンの『稽古』というものは、それが剣術であれ武術であれ。
ニールセンは必ず、その『拳』ひとつで少年二人の相手をするのがお約束だった。
⁂
酒場の営業が終わるなり、今日はニールセンは広場へ二人を連れ出した。
台所で付けていたエプロンはそのままに、ずしり、ずしりと巨体を揺らしながら、広場の中心で足を止めるなり──ずん、と。
「出ろ」
簡潔に、顎と視線だけでハルを指名するニールセン。
するとニールセンは、自身の前方へと歩いてきたハルに、やはり簡潔に告げるのだ。
「抜け」
このときのハルもダイヤも、普段の稽古通り、その手には『木製』の剣を握っていた。
しかし、ニールセンの視線の先にあったのは、その木製ではなく、ハルがやや後方の地面に何気なくほったらかしていた『星剣』アストロの方で。
「……え、こっち?」
「振れ。メトリアを使え」
その言葉にハルは仰天する。
ニールセンとの普段の稽古では、基本的にメトリアは使わず、純粋な剣術として一対一の形式で稽古をつけてもらっていた。使う剣も当然木製の方だ。だってアストロ、本当に刃ついてるもん。『真剣』なんだもん。
いくら全身筋肉男が相手だろうと、武器なし素手のみ、生身の人間に向かって直接剣を振り下ろす度胸は、さすがにハルにはなかったのだ。
もっとも、昨年の例の残念エピソードでは、ハルがニールセン相手に使用したのは『星剣』の方だった。
なぜ『星剣』込みでも惨敗したかって、あのときのニールセンには最後まで、まともにメトリアを使う『暇』すら与えてもらえなかったのだ。
あの時の一対一について、漫画脳ダイヤ先生の解説によれば──
「ラスボスの最強魔法の『攻略法』はな、『必殺技』を相手が繰り出す前に行動することなんだよ。先手必勝ってやつだよ。これ、漫画の世界じゃ主人公の鉄則だから!」
──ご、ごもっとも!
でも僕は一応、ラスボスじゃなくて主人公デス!
確かに『星のメトリア』は、剣で空から星の光を『集める』時間が必要だ。瞬間で光のビームを放つわけではない。よって、前にビブリオ図書館で教わった『ADSR』で言うところのメトリアの『放出』には、実はそれなりに準備時間が掛かるのだった。
す、すげえや! 店長師匠もダイヤ先生も、僕なんかより遥かにメトリアの使い方をご理解してイラッシャル!
──とまあ、そんなわけで。
ハルはニールセンに対して、実質的に一度たりともメトリアを行使したことがない。
しかし、今日のニールセンは。
「メトリアを使え」
「え…………い、良いんデスカ?」
そう指示するニールセンは、相変わらず丸腰のままだった。
生身の人間に、このメトリアを直撃させてしまって大丈夫なんだろうかと、ハルは勝手に心配する。……ていうか、駄目だよねどう考えても?
そういえば、ハルはそもそも、この『星』を空に放っては他人に見せているばかりで、地面やその地に立っている人間に向けて『星』を放ったことなど一度もなかった。
そして、前に同じメトリアを使っていたという例の英雄は、あくまでも『戦場』でメトリアを使って無双した、という話なのである。命の奪い合いだ。戦場で無双するようなメトリアを、こんな平穏なド田舎で無双させたら……え、駄目だよね?
しかも、この「やればできる」おじさん。
一度もメトリアとか使ってるところ見たことないし──
「早くしろ」
いつもの強面で急かされてしまい、ハルは渋々、木製剣から地面に転がっていた『星剣』へと持ち替える。
遥か背後の方で「うおお! 出たあ主人公特権『光折剣』!」などと勝手に盛り上がっている誰かさんを無視して、ハルはその剣鞘から銀色の刀身を披露した。
そして、
「い……行きます!」
わざわざ『必殺技』を出す宣言をしながら、ハルはその剣先を空に掲げては。
──キンッ!
剣に集結した光の束を、そのままニールセンがいる前方へと放出した。
そして、ニールセンは。
「ふんっ!」
自身に放たれた光の束を──その『筋肉』で、星屑も残さず受け止めたのである。
⁂
──いや。
どうやらそれは、ニールセンの『筋肉』だけではなかったらしい。
芸術的なまでの胸筋、腹筋、腕筋、腿筋。
それらすべての筋肉から放たれたのは──
「……………………う」
ダイヤが絶叫、いや、絶喜した。
「うおおおおおぉおおぉおっ!! 『メトリア』だあああぁあぁあああぁあっ!! すげええええぇええぇえええぇええっ!!」
ばらばらと、全身の筋肉から鱗のように剥がれていく、それは。
当然、生身の肉ではない。鉄のように、いや、『岩』のように硬そうな──
「『大地』だ」
その場で一歩たりとも動かないまま、仁王立ちしているニールセンが言った。
「これがメトリアの『使い方』だ」
「…………へ」
「いつ使うか。どこで使うか。どのくらい使うか」
簡潔に、しかし的確に。
「お前はまだ、メトリアの『使い方』を理解っていないのだ」
「……………………」
「理解ったか」
初めて目撃した『大地のメトリア』に呆然と佇んだままのハルを、ニールセンはものの見事に『星』ごと説教してみせたのだった。
──そして。
「…………あ、れ…………?」
ぐらり、と。
剣を持ったままのハルが、その場で全身を傾倒させていく。
「は、ハル!?」
ばたん、と地面に突っ伏したハルの元へ、ダイヤが慌てて駆け寄っては。
「ど、どうしたハル!? もしかしてあれか!? 魔法バトルのお約束、『MP切れ』ってやつなのか!?」
「…………え、むぴー」
──だから、何で僕よりダイヤの方が詳しいんだ。
そんなツッコミの言葉も発せないまま、ハルはその場で意識を遠のかせてしまったのであった。