op.2 ダイヤの英雄学
──遡ること、昨年の十二月某日。
ハルが『天文台』から帰ってきて、皐月やハモンドの次に、その冒険の成果をお披露目したのがダイヤだった。
服については「キョーミねーな」と一蹴され、剣については「やべえ! だせえ! 下っ手くそ!」などと、散々馬鹿にされ続けた少年時代。
そんなハルにとっては、偶然手に入れたなんかすごいらしい『星のメトリア』を、そして『星剣』アストロを、いったいこの漫画脳以外の誰に見せつけてやれってんだ、という話なのである。
剣そのもののデザインこそ陳腐だが、この閃光を見れば、この漫画脳ならばさぞかし驚き喜び、そして悔しがるだろう。ぎぎぎぎぎ、ってなるだろうと。
なんなら『流星』の導きどうのこうのよりも、そんな浅はかな打算も込みでウィルの怪しい誘いに乗ったという部分もあるほどに。
──そして、ついに。
昼間にダイヤを広場へと呼び出し、空に向けてその剣を一閃してやれば。
「…………う、うおおおおおぉおおぉおっ!!」
ダイヤは、瞬く間に輝いた、昼の空の『星々』を仰いでは。
「すげえ! やべえ! かっけえ! 主人公かよお前!」
大きな黒目を、空でばちばちと瞬かせて。
「それ、もしかして『メトリア』ってやつか! 町長もよく使ってるやつ! かっけえじゃねえかよお前! しかも超強そう!」
「……」
「すっげえ、まじなやつじゃん! 本物じゃん! 魔王倒す勇者じゃん! お前今勇者だよ、勇者!」
「…………」
「おい勇者! そんな強いメトリアあるならさ。ハルお前、倒せるんじゃねえの?」
「……………………え」
え、何? 誰を倒すって? あ、もしかして、例の『魔神』の話?
「酒場の店長だよ! サントラ最強の男! 絶対『堅気』じゃないあのおっさん! 今のお前なら絶対倒せるって!」
ほら行こうぜ──と。
ぷらんと剣を片腕でぶら下げては、なんの屈託もひねりもない満面の笑顔を向けてくるダイヤを、ハルは呆然と見返して。
とてもじゃないが断れる空気ではなく、その日のうちにダイヤに酒場へと連行され。
だん! だん! だだん! といつもの強面で肉切り包丁を鳴らしている、全身コブだらけ筋肉男のニールセンに、なし崩し的に一対一を申し込んでしまった結果。
──その夜、再び戻ってきた広場にて。
「…………ハル。だっっっっっせえなお前……………………」
静かに。
未だかつてない正論を吐き捨てられながら、それはもう、無様な醜態を王国の辺境で晒してしまったのであった。
⁂
──と、そんな残念エピソードはさておき。
「ていうかさ……」
全ての荷物を運び終え、スクーターを引きながらダイヤと同じあぜ道を歩く。
「ダイヤ、お前、なんでそんな反応だったんだ……」
「はあ?」
「なんていうか、こう、もっと羨ましがるかと思ってたのに……」
ぎぎぎぎぎ、ってなるかと思ってたのに。この漫画脳を見返してやれると思ってたのに。しかもなんか、喜ぶにしても例えや語彙力が悲惨だったし。
そんな不満の声を垂れながら、冬の殺風景を進んでいる金色の少年。
……そろそろ、お気づきだろうか?
この主人公、実は結構『小者』男である。
剣の実力はともかくとして、せめてこの主人公には、かの偉大な『マイスター伝説』の主人公から、戦場でもへらへらできる程度の、多少の『大物感』は見習い受け継いでもらいたかったものである。ただし、絶妙な『悪餓鬼感』までは無駄に遺伝しなくて結構だ。
すると。
「おう、そりゃあ羨ましいぜ! だってかっけえもん!」
両手を頭の後ろで組みながら、ダイヤはこんなことを口にするのだ。
「俺にはな。俺なりの『英雄学』ってもんがあるわけよ」
……ヒーロー学? 何が『学』なんだこの漫画脳は?
時々町長から勉強を教わっては、僕より他の子より、自分よりも年下の子どもたちよりも、ずっとずっと悪い成績を叩き出す馬鹿が?
怪訝な顔を浮かべてはハルが黒目を見やっているのにも構わずに、ダイヤははきはきとした口調で自身の趣味嗜好を語り始める。
「最強の魔法持ってたらさ。そりゃあかっけえし強えし、すげえじゃん? 最強じゃん? 無敵じゃん? チートじゃん?」
……まあ、その最強を以ってしても、僕は店長には惨敗してるんだけど。
ていうか、あの店長強くね? メトリア使ってないよね、あの「やればできる」おじさん? あんなに強かったら、僕どころか『英雄』にだって勝てるんじゃない? やればできるんじゃなくて、あの店長が「やれる」だけなんだって、絶対!
「でも俺は! そんなに強い魔法がなくっても、つーかむしろ、最弱の魔法だったり何も魔法を持ってないような奴が、超頑張って修行して、色々頭使って頭脳戦を繰り広げ! 魔王的なラスボスを倒したり、最強系のライバルをぶっ倒す! 的な展開の方が、ずっとずっと『熱い』って思うんだよな!」
そっちの方がずっと『英雄』っぽいのだと、ダイヤが熱く語っている。
……いや、修行はともかく、お前に『頭脳戦』は多分無理だよ?
ハルは節々でツッコミを入れながらも、どこまでも元気で真っ直ぐで情熱と希望に満ち溢れたダイヤの黒目を隣で眺める。
ダイヤを見ていると、何だか本当に、「やればできる」んじゃないかって気がしてくるものだった。不可能も可能にしてしまうほどに。
今に始まったことではなかった。いつどこで出会ったかは忘れたが、同じ故郷で生まれ育ち、同じ環境で同じ時間を過ごしたはずの、同い年の友人が、ハルにはひどく眩しく、時折少しだけ遠い存在に見えてしまうものである。
「ダイヤはいつか、『炎のメトリア』あたりが宿るといいよね……」
それこそ、どこぞの冷め切った毒舌術士少女などではなく。
いや、そういえばマッキーナに言わせれば、『炎』はメトリア界で最弱なんだっけ?
⁂
──いや。そもそも。
(『星のメトリア』だって、本当はダイヤみたいな奴が持ってた方が、ずっとずっと価値があるんだろうな……)
王国最強の剣士どころか、人口二千人の田舎町ですら一番になれない僕よりも。
『天文台』では、その場の空気感やウィルに背中を押された勢いで、ついつい『星剣』を受け取ってしまったけれど。
『魔神』を倒すとまでは言わずとも、自分がこのメトリアで、自分にとって大事な人を守れるようになれたらいいと宣言してしまったけれど。
(メトリアって、誰かに譲ることってできないのかな……)
それこそ、かつてハルの父親がそうしたように。
もし、このメトリアを、自分ではない他の誰かに託すことができたなら。
僕は間違いなく──この『友人』を選ぶだろう。
ちょっとだけうざいところもあるけれど、それでもすごく頼りになって、いつでも前向きで運動も僕よりはるかに得意な、このサントラの『英雄』を。
⁂
「あのさ、ダイヤ」
ハルはたずねてみた。
「もしもさ、例えばなんだけど」
「おう」
「僕のこの『星』……あげるって言ったら、どうする?」
貰って、くれるだろうか。
このメトリアも──『魔神』を倒すという使命ごと、全部。
ダイヤはハルを一瞥して、答えた。
「要らね」
即答だった。あっけらかんと、一瞬の迷いもなく。
「そ、そうだよね。だってこれ──」
「だってさあ」
ダイヤは言った。
やはり、その瞳に何の迷いも揺れもなく。
「今はハルも一緒にいるんだから、どっちがメトリア持ってても別に変わんなくね?」
「…………へ」
「ハル。漫画ってのはな」
たとえ最強のメトリアがあろうとも。
「魔神はパーティ『全員』で攻略するのが、一番王道で最強なんだぜ?」
⁂
──あの地での、ウィルの言葉を思い出す。
どうやらダイヤの『英雄学』とやらも、あながち馬鹿にできたものではなかったらしい。
次第に太陽が沈んでいく中で。
「でもな〜あ、『メトリア』は別に要らねえんだけどさ」
二人の少年が、麦畑に囲まれた道を進んでいく。
「『ヒロイン』は欲しいんだよなあ〜、俺!」
「……ああ、そう……まあ、がんばれ……」
「うわ、うっぜ! 彼女がいる奴の余裕だな!?」
「だだ、だから皐月は別に彼女では……」
「はあ!? んなわけねえだろふざけんな! このアホ! イケメン! リア充! 幸運値限界突破野郎!」
「だから罵倒の種類もうちょっと増やせって!?」
太陽に照らされた少年たちの後ろ姿は、まさしく──『黄金』に光り輝いていたのだった。