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ハルのメトリア 〜英雄の子、ふたたび英雄となる?  作者: 那珂乃
vol.2「サントラの春」編

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interlude 蒼の王宮

 シャラン王国──『王都』ドラグニア。


 冬の寒空に包まれた夜は、いかに国家の中心であれど、その町並みは静寂の波に身を預けている。

 しかし、国家の中心の、さらなる中枢たる建物──『王宮』。

 王宮の一角にある、とある一室では、夜の十時を回ってもなお、忙しない波がいまだ立ち続けているようだった。


「ご苦労様です。『トロイメライ』に関する報告書は上がっていますか?」


 執務室にて、一人の男が部屋奥の書斎の前に座している。

 縁のない眼鏡を顔に掛け、質素な薄青のスーツを着こなす壮年の男。

 清廉に揃えられた本や書類に囲まれた、その机の端には、『竜』のシルエットが彫られた銀色の懐中時計が置かれていた。


「ありがとうございます。…………なるほど、王都での被害数は先月と大差なく。ただ、やはり『商業都市(ヴァーチェ)』でも同様の被害が数件確認されているようですね」


 男は、書斎の前で凛として佇んだ兵士から、椅子に掛けたままで新たな書類を受け取っては、


「では、引き続き調査を進めてください。それから、『商業都市(ヴァーチェ)』の駐屯兵の増員と、すでに滞在している兵には、いっそう『橋』の監視を徹底するよう指示をお願いします」


 了解、と。

 男に凛として敬礼した兵士が、間髪入れずに返事をしては、片足でくるりと向きを変えるなり男に背中を向けた。

 そして、毅然とした足取りで前進しては、執務室から足早に姿を消していく。


 兵士の背中を見送った男が、てきぱきと書類を引き出しにしまっては、

「……『トロイメライ』は必ず王都に潜んでいる」

 ひとりでに呟いて、

「王国秩序の名の下に、『トロイメライ』は、我々ドーラが必ず粛清する」

 席を立つ。


 その男は、まさに──『(あお)』を全身に纏っていた。





 執務室を出た男が、かつ、かつ、と革靴を廊下に響かせる。

 そして、自身が出てきた部屋の、何室か先の部屋を遠目で眺め──


「…………まさか」


 ──やはりひとりでに呟いた男が、少しだけ足早にその部屋──閉じられた扉の隙間から、わずかに灯りが漏れ出ていた、その部屋へと歩いて行く。

 丁寧に、しかし若干の乱暴さを込めて扉を開いた先に。


「……ようやく、王宮(こちら)へお戻りになったかと思えば……」



 部屋にいたのは──『(はなだ)』の男だった。



 部屋奥で車輪付きのキャリーバッグを広げては、床に座り込み、のんびりとした動作で自身の荷物をケースに詰めている。

 脇に置かれた書斎の、無造作に散らばった書類たちには目も暮れず、である。

 その書斎の端の方には、黒い液体が入っていたであろう紙コップが、やはり無造作に放置されていた。


「何をしていらっしゃるのですか、兄上?」

「やあ、スーザ」


 声を掛けられてもなお、縹の男は動きも視線も変えることなく。


「また国王(あいつ)に仕事を押し付けられているのか? 相変わらず夜分までお勤めご苦労なことだな」

「職務を押し付けているのは父上ではありません。他ならぬ貴方なのですよ、兄上」


 そんな縹色の男に、スーザと呼ばれた男が浅い息を吐いて。


「お戻りになったなら、せめて父上に現況報告くらいなさってはいかがでしょう」

「必要ないね。どうせすぐに王宮(ここ)を出る」

 バタン、とケースを閉じた男が、ようやくスーザを見上げては。

「そんなに気を揉むようなら、スーザ。当分王都には帰らないと、お前から国王(あいつ)に伝えておいてくれ」


 その言葉に、スーザは今度は、とても長く深い息を吐いた。

 隙間から漏れていた灯りも、室内に入れば実は非常に中途半端な光の量であって、こちらを見据えてはへらへらと笑う男の、その瞳がいっそう暗く、朽ちた花のような藍色に染まっている。


「…………まったく。兄上といい、カイーザといい……」

 その瞳を見下げたスーザが、

「今の王宮には、ドーラでありながら王国秩序を乱す不届き者があまりに多すぎる」

「悪いね。せいぜい子育てと王国(くに)の平和への従属に励みたまえよ、ドーラ序列第一位」


 嗤われようが構うことなし、と。

 その場に立ち上がって、男はスーザへと告げた。


「なにせ、私はこれから『国』よりもまず──『町』ひとつの秩序(へいわ)を導かなくてはならないのでね」





 スーザが怪訝そうな顔を浮かべているのにも構わず、男は脇のハンガーラックに掛かっていた、『黄土色』のコートをその肩に羽織る。

 そして、ケースの引き手を持っては、かつ、かつ、と厚底のブーツを鳴らして。


「では達者でな、スーザ。王国秩序を整えるのも結構なことだが、たまには自分の中にある『水』の秩序(ながれ)にも気を配った方が良いぞ」

「だから、『(それ)』の乱れはだいたい貴方の怠慢が原因で……あ、兄上!」


 自身の脇を通り過ぎ、颯爽と廊下を歩き去ろうとする男を引き留めたスーザが。


「町とは……いったい、どこへ行こうと?」

 それはもう、胃に穴が空きそうと言わんばかりの不安げな面持ちで。

 自身が持つ『蒼』とは一切関係ない、青ざめた顔を見せながら問いただす。

「父上にも王宮にも、誰のお伺いも立てず……今度はいったい、何をやらかそうと言うんだ!」


 ──ウィンリィ・ドーラ。


 そう、名前を呼ばれた男が。

 曇りなき『蒼』を、そのくすんだ藍色で見返しては。


「……私のことは、『ウィル』と呼びたまえ」


 呟くなり、再び歩き出す。



 スーザが立ち尽くす廊下では、かつ、かつ、と。

 次第に遠のいていく『黄土色』が、次なる物語(ドラマ)の舞台へと、ただ前を向き、ひたすらに進み続けていたのだった。

次話より新編「サントラの春」が開幕です。

これからもハルと愉快な仲間たちの活躍を、どうぞ末長く見守ってください。

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