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ep.1-1 終点と始点①

 シャラン王国は、大陸西部に広大な領土を持つ君主国家である。


 今から十五年ほど前、魔神(まじん)マーラの降臨によって大陸戦争の終戦を迎えると、国王は新たな王国の管理体制として『七都市(ななとし)』の成立を宣言した。


 『王都』ドラグニア。

 『商業都市』ヴァーチェ。

 『管理都市』プレスト。

 『魔法都市』アレグロ。

 『文化都市』ダンテ。

 『工業都市』モデラ。

 そして──『精霊都市』ラルゴ。


 これらの『七都市』を中心に、現在のシャラン王国は、メトリア産業と鉄道の発達によって繁栄を極めているのだった。





 ──竜歴(りゅうれき)一〇四四年、十二月十九日。


 ハルはこの冬、はじめて一人で『電車』に乗った。


 この世界でただ一人の友人には「キョーミねーな」と同行を拒まれ、同居人に至っては「まだじっとしてなきゃ駄目」などと、自身の旅路をも邪魔してかかる始末である。

 何がじっとしてなきゃ駄目なんだ。大人しく寝てなんていられるか。僕が今日という日を、どれだけ楽しみにしていたかもしれないで。


 ちょっと『流れ星』が頭に落ちたくらいで、このライブを諦めてなるものか。



「はあ〜〜〜……た〜のしかったあ…………」


 卸したてのスニーカーを眺めては、一人でライブの余韻に浸る。


 最終列車サントラ行き──時刻はとうに夜の十時を回っていて、ハルの他に乗客はいなかった。


 ハルの両手に握られていたのは、ライブチケットの半券が入ったファイル型のパンフレットだ。白い文字で『Re:birth(リバース)』と綴られたパンフレットの表紙と、ハルが今まさに着ているパーカーは、非常によく似た派手な色合いをしている。

 それはもう、派手派手だ。派手でかっこいいデザインだ。赤と青と黄色と緑が同じ世界で共存している、前衛的で超かっこいいデザインなんだ。


 Re:birthはアパレルブランドでありながら、少数精鋭の社員によって音楽活動も展開している、若者の反骨精神を揺さぶってくるようなアヴァンギャルド・グループだった。普段はカタログ販売しかしておらず、めったに客前に姿を見せず、王都に事務所があると噂の奴ら。

 そんな奴らが地方のライブハウスにやってくるなんて、ごくごく稀のことだった。


 電車で数駅、日帰りでRe:birthに会える? 行くっしょ、もちろん。

 もしもこの一大イベントを逃してしまえば、きっとハルに明るい未来などやってこない。


「皐月も町長も、みんな心配しすぎなんだよ……」


 額に手を当てれば、いらないいらないと連呼したにも関わらず、およそ二名の世話焼きによってぐるぐるまきにされた包帯があった。

 あの田舎には医者がいないので、町長が今、親切にもよその町から専門家を呼び寄せているらしい。医者ではなく、専門家らしい。なんで医者じゃないの?


 ──とにかく。

 ハルは今、その専門家が来訪するまでは家で安静にしていなさい、と町長から自宅謹慎を言い渡されている身分だった。





 しかし、流星が直撃してからかれこれ三日は経っている。頭も全然痛くないし、何もおかしいところはない。

 もうへっちゃらだよ! とたかを括っていたら、


「……もうすぐ『クリスマス』なのに」


 家を出る間際、皐月(さつき)が小さな声で呟いたのを思い出す。


「くりすま……何それ?」

「家族と一緒に過ごす日」


 そう答えるなり、皐月は上目遣いで桜色の瞳を潤ませる。


 皐月によると、十二月二十五日は彼女の故郷ではそういうイベントがあるらしい。チキンや美味しいご飯を食べて、クリスマスにしか出てこない非常に豪華なケーキを食卓に出すのだとか。

 ふうん、確かに良いイベントだ──あの町にはケーキを置いてる店も存在しない、という問題点を除いたら。


「その頭、クリスマスまでに治してくれなきゃ嫌」

 ──だから、治すも何も最初から大丈夫なんだって。

「それにね……クリスマスイブもあるんだよ」


 なんだそれはと聞き返せば、どうやらクリスマスには『前夜祭』のようなものがあるらしい。なるほど、今日よりもっと大きなライブだったら、確かにあるかもしれないよね、前夜祭。

 ハルは皐月に、そのクリスマスイブは何をする日なのかとたずねてみた。すると皐月は、もじもじと三つ編みをいじりながらその場で俯いてしまう。皐月はいつもそうだ。怒ったり笑ったり泣いたり、何かと感情表現に忙しい毎日を過ごしている。


 そして、しばらく黙ってから。


「……大事な人と過ごす日」


 それだけ呟いて、パタパタとスリッパの音を鳴らしながら、台所の方へと消えていってしまったのだった。

 ハルは町を出る間際、その背中を見送ることしかできなかった──むしろ、見送りが必要なのは僕の方なのに。





 ──それにしても、と電車の窓を見る。


 車窓が凍っている。乾いた空気と濡れた地面。ライブハウスも雪が少し積もっていたっけ。サントラも少しは降ったのかな、とハルはひとりごちる。

 ライブハウスはない。医者はいない。ケーキ屋どころか、ご飯屋さんすら一軒しかない。わざわざ電車に乗らずとも、あるいは大人たちに車で運んでもらわずとも、もっとオシャレな服やレコードが簡単に買えるようになったら良いのに。

 自分でピアノを弾かずとも、皐月に歌ってもらわずとも、音楽がすぐ近くで聞こえてくるような、そんな楽しい毎日があったら良いのに。


 無秩序に揺れる電車が、ハルを再び退屈の日常へと運んでいく。


「……節約しようかな」


 パンフレットを手持ちのリュックサックに詰め込み、ハルはぽつりと呟いた。

 もう少しだけお仕事頑張って、重めの荷物もちょっとだけたくさん運んだりして。

 サントラよりもずっと賑やかな、都会暮らしをしてみたい。

 王都とまではいかずとも、せめて『七都市』くらいには。


「やっぱり家賃って高いのかな……」


 長老の好意に甘え続けた人生だった。

 皐月も、町を出たいと言えばすかさず駄目だと、都会は怖い人危ない人、悪い大人がいっぱいだからと。


 そうして、ハルは。


「──良い色の服を着てるな、少年」


 そんな皐月の妄想を、現実世界に持ってきたような『悪い大人』に、ものの見事に絡まれることとなった。





 誰もいなかった車両に、一人の若い男が乱暴な足音を立てて押し入ってくる。


 皮のジャケットを羽織った、穴あきジーンズの男だった。

 中途半端な形の前髪にべたべたと塗りたくられたメッキのような金色は、おしゃれでそうしたのか、どこかで髪をうっかり焦がしてしまったのを無理矢理に誤魔化した結果なのか。

 金メッキの前髪をちょいちょいと指先でいじりながら、片足に重心を乗っけては揺れる車内で器用に立っている。


 したり顔で口角の右側だけを上げ、男がジャケットのポケットから抜き出したのは──ナイフ。


「ママに教わらなかったか? 夜道を一人で出歩くなって」


 鈍い光を帯びたナイフが、数秒前まで抱いていたハルの夢をあっさりと打ち砕く。

 ……ここ、夜道っていうか室内なんだけど。あと、誰にでもママがいると思ったら大間違いだ。ママみたいな台詞ばっかり言う子ならいるけど。


 そんな文句を直接男に垂れる余裕はなく、ナイフに驚いて立ち上がったハルは、ふいに揺れた電車のはずみでその場に尻もちしてしまう。

 ……これ、友だちん家で読んだ漫画とちょっと似ている展開だ。

 なんていうんだっけ。カツアゲだっけ?


 誰か助けを呼ぼうにも、ほとんど無人列車のくせに、車両がいくつも連なっているせいで車掌室からは程遠い。


「お、お金なんてないよ、おじさん」


 振り絞った声で、ハルは言葉の抵抗を試みる。

 パーカーのポケットに突っ込んであった、なけなしの銭が入った財布の存在を思い出しながら。


「帰りの電車代しか残ってないんだ。これに乗るまでに全部使っちゃったよ」

「金があるかどうかはお兄さんが決めることだよ、少年」


 しかし、この男はどうやら現金だけを当てにしてハルに接触してきたわけではないらしい。

 ナイフごとハルを指し示したかと思えば、


「それ、Re:birth(リバース)だろ?」

「……え」

「カタログ販売しかしてないっつうスカしたブランドだろ。おまけに、ぼったくりも甚だしいって巷じゃ評判だ」


 ――さすが都会。Re:birthを知ってるのか!


 相手が悪い大人でなかったら、そのまま家に連れ帰って、ライブの感想会か新作レコードの鑑賞会でも開催したいくらいだ。

 せせら笑う男にハルはむっとする。男がブランドを知っていたほのかな喜びよりも、この鮮やかで高尚なデザインを『ぼったくり』扱いした、男への怒りの感情がずっとはるかに勝っている。


「君みたいな『おのぼりさん』が一番稼げるんだよなあ」

「なんだって──」

「コーラルでライブなんて珍しかっただろ? こんなド田舎で、そんなに目立つ色を着て。荷物もパンパンにしちゃってまあ」


 ハルのリュックサックには、ライブで仕入れた戦利品の数々が詰まっている。

 お金よりも大事な大事な宝物が詰まった、この大袋が、おそらくこの男にとってはまったく別の意味で宝箱なのだ。





(だ……駄目だ駄目だ駄目だ!)


 内心で叫んだところで、体感二倍ほどの背丈があるこの男に、それもナイフに、非力で丸腰の少年が太刀打ちできるはずはない。

 本当に高かったんだぞ、これ。サイン入りのレコードも、非売品の限定デザインのTシャツだって入ってる。


「社会勉強の時間だよ、少年」


 着々と少年に歩み寄る男。


「今晩のライブの感想も併せて、君の『コレクション』をお兄さんに紹介してもらおうじゃねえか」


 鈍色をちらつかせる男に、ハルは歯軋りをする。

 遠足はお家に帰るまでが遠足よ、と玄関で受けた皐月の忠告を今更思い出したところで何になるんだ。


 こうなることが分かっていれば、使い物にならずとも、やっぱり酒場の店長から『剣』の一本や二本借りてくればよかった。

 ……まあ、借りても僕じゃあ本当にただのハリボテなんだけど。

 かつて店長が強行したお稽古で、剣を空中で一回転させてやれば「お前……、才能(サイノー)、ないよ」とかスカしながら大爆笑しやがったあいつも、やっぱり旅のお供に必要だったんじゃないだろうか。

 ちくしょう、無理矢理にでも連れてこれば良かったあ!


 ……絶対駄目だ、許されない。せめて、持っていくのは財布だけにしろ!

 非力で哀れな少年は、がらがらと崩れ落ちる希望の音を聞いては後悔する。この電車に乗ったことではない。同居人や町長の言うことを無下にしたことでもない。



 せめて──せめて。

 町長が言っていた『専門家』とやらの話について、もう少し真面目に詳細を聞いておけばよかった。


 殺風景な空を閃いた、一筋の『流れ星』。

 あれを直撃したことで、なぜか僕の身体に新しく宿ったとかいうなんかすごいらしい『メトリア』の力が、今より必要とされている瞬間なんて僕にはなかったはずなのに。

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