ep.15-2 ハルのメトリア②
「ハル」
かつ、と。
厚底のブーツが、少年の足元でこだました。
「男がいつまでも、女の子の前で泣き喚くものではないよ」
──私は。
「英雄の息子ともあろう男が情けない。間違っても、皐月の前でそんなみっともない顔を晒すんじゃないぞ。彼女に失望されてしまうよ?」
黒コートに両ポケットを突っ込んだまま、少しだけ馬鹿にしたような声色で、そう言ってやった。
くしゃくしゃの顔をした空色が、次第にこちらを見上げてきては。
「……なんだよそれ。他人事だと思って……」
「ああ他人事さ。当然だろう? 私は『お前』の父親ではないからな」
──『指導者』でこそあれど。
むう、と軽く膨れた少年の、散々泣き喚いてもなお小生意気で甘えた間抜け面が、私にはとても面白おかしく思えて。
「私に限った話ではない。父親も、星獣も、別にお前の願いを叶えるために行動しているわけではないのだよ?」
彼らは決して、私たちの願いを叶えてはくれない。
ハルの願いも、無論、私自身の願いも。
──だが。
「言っただろう? メトリアはもう、お前自身の力なんだ。お前が叶えたい願いは、叶えたい夢は、お前自身で叶えなければならないよ」
あの青年も、実はそうしていたように。
あたかもずっと、『流星』の導きに従っていたかのような振りをして。
最後の最後で、一番肝心な戦場で、星なる神のお告げに逆らいやがった──年頃の少年の反抗期がごとく。
「私には、お前の願いを直接叶えることはできないが、お前が願いを叶えるための些細な手助けくらいはしてやらんこともない」
むしろ、そのために私はここへやってきた。
あの青年に託されて──何より、私自身の目的のために。
「私は『指導者』──人間を導くために、ここにいるんだ」
そしていつかは、この王国も。
⁂
「メトリアの使い方など、お前が好きに決めてしまえば良い。神のことなんか気にするな」
「何馬鹿なこと言ってるのよ」
口を挟んだマッキーナが、
「また『魔神』が降りてくるって話なんでしょう? 十五年前みたいに。だったら……」
私はマッキーナと、そして、こちらを金色の奥からじっと見据えているアストロに視線を移して。
「その使命は、みんなでやれば良いだろう?」
笑ってやった。笑わない少女と、星獣に。
「なぜ『英雄』ひとりにやらせるんだ? 大陸世界が滅んだら、星神も我々も誰しもが困るんだろうが。そんなもの、初めからハルが一人でやるような使命じゃないのだよ」
ましてやこの未熟者じゃあ不可能だな、とまで言ってやった。
そうだ。初めから──たった一人で背負って良いものではなかったんだ。
かつての英雄は、その使命を最後まで、人知れず一人で背負ってしまったけれど。
私たちはもう彼らの使命を、運命を――『物語』を、知っているのだから。
「指導者がいる。術士がいる。サントラに帰れば、町長も店長も、皐月だっている。長老……は、私はよく知らないが」
きっと、彼らの他にもいるだろう。ハルを助けてくれる人や、ハルが望む明日を一緒に叶えてくれる人が。
一人で戦わなくて良い。一人で世界なんて救わなくて良い。
この『主人公』には──もう。
十分に同じ物語を歩いてくれる、『仲間』がたくさんいるのだから。
⁂
「──それで構わないだろう? アストロ」
問いかける。
「ハル。……いい加減、立ちたまえ」
背中を押す。
少年は、ごしごしと赤い目を擦っては。
「……どこにあるんだよ」
アストロに問いかけた。
「ここにあるんだろ、なんかすごいらしい『剣』が」
【――我ガ主ニ仇ナス『混沌』ヲ討タント――】
「魔神の話はもう良いから!」
ぶっきらぼうに、獣相手に口を尖らせて。
「くれるんだったら早くちょうだい。僕、二十四日までに帰らないと、皐月に怒られちゃうんだよ」
それこそ、ひとつの修羅場という名の終末が、あの家で待ち構えている。
この星に選ばれた新たな英雄には、国家の展望より、世界の終わりよりもずっと大事なことがあるらしい。
⁂
ハルは告げた。
夜空を照らす流星の獣に、そして、ともに冒険の旅路を送ってきた二人の仲間に。
「僕は……別に、そんなすごい英雄にはなれないだろうけど」
空色の瞳で、金色の髪をたなびかせて。
「でも、もらうよ。そのメトリア」
この大陸世界で、ただ一人。
一筋の流星に選ばれたハルが、自らの願いを──『星のメトリア』の使い方を、宣言して。
「今度は、僕が守るから」
神のためじゃない。世界のためじゃない。国のためじゃない。
「僕が、みんなを守るから」
他でもない自分自身が大切にしている『誰か』を、今度は自分の手で守りたいから。
こうしてハルは──『星神』セーラ、ではなかったが。
『星獣』アストロと、確かに『流星』の契りを交わしたのである。
次ページで「ハルのメトリア」編が完結です。




