ep.15-1 ハルのメトリア①
「なんで――『魔獣』を、倒してくれなかったんだ」
僕は、父さんに救ってほしかった。
流星に導かれ、与えられたその力──『星のメトリア』で。
王国でも、人類でも、世界などと大それたものではなく。
そんな──誰にでも救えそうなものじゃなく。
「なんで──『母さん』を、助けてくれなかったんだ」
⁂
(魔獣? ……母親、だと?)
聞き間違いかと疑うほどに。
ウィルは、ふいにハルが漏らした言葉の意味をすぐには理解できなかった。
しかし、ひとつ思い当たったことが。
(…………そうか! ニールセンか!)
サントラの酒場の『店長』──ニールセン。
実は、ニールセンはかつてウィルが指揮を執っていた軍隊、その部隊に属する兵士の一人だった。
そして辺境の田舎であるが故に、長年もの間兵士が駐屯していなかったあの町に、ニールセンは突然その軍隊から派遣されたことによって移住した。
ニールセンが派遣された五年前とは、すでにウィルが、軍隊の『司令』という職を辞めていた時期だったけれど。
それまで居なかった駐屯兵が、突然新たに配属される事態……というのは。
ウィルが考えられるのはただひとつ。
──『魔獣』の襲撃、くらいだろう。
(もしや……ノウド君も、同様の理由だったのか?)
五年前に、軍人のニールセンが『店長』としてやってきて。
そして三年前に、術士のノウドが『町長』としてハモンドに雇われサントラへとやってきた。
メトリアの専門家たるノウドが町中に配り歩いた『鈴』、そして日頃から張られていた『結界』の効果は、それはさぞかし絶大だったことだろう。
ノウドによって町の平和は保たれ続け……それでも、万が一。
それでも魔獣が集落に姿を現したならば。
(ニールセンなら、魔獣程度なら一撃だろう)
顔が怖いだけではない。
あの「やればできる」兵士、その全身の筋肉は伊達ではないのである。
今やあのサントラは、人口二千あまりの田舎でありながら、町の政治的な管理体制も『魔獣』という人的災害に対する備えも万全だった。
しかし──五年、よりも前だったならば。
⁂
「家族……だったんだ」
ぽろぽろと。
「母さん、だけだったんだよ」
ぽろぽろと。
「母さんだけが、僕の……家族、だったんだ」
言葉が、『水』が、こぼれ落ちていく。
「なんで……どうして、助けてくれなかったんだ」
国だとか、世界だとか。
そんな、大きすぎて、広すぎて、深すぎて、なんだかよく分からないものよりも。
十歳にも満たない男の子だった。
なんのメトリアも持たない──力を持たない男の子だった。
戦えるはずもなかった。
守れるはずもなかった。
そして──守ってくれる『人』すらも。
顔も名前も知らない『父親』が。
ただ一人の人間、家族──『母親』すらも守らずに。
そんな一人の明日を引き換えに──それでも。
『星』の明日を守る戦い──でさえも。
「お前の…………お前のどこが『英雄』なんだ」
母親も救えずに。
世界も救えずに。
しかも、今度は使命を、僕に押し付けようっていうのか。
「やってたまるか……そんなもの!」
僕はただ、美味しいご飯をたくさん食べて。
Re:birthとか、もっとオシャレな服やレコードを買って。
ピアノ弾いたり、友だちと遊んだり、そんな楽しい毎日が過ごせたら。
この『星のメトリア』が、そんなにすごい力だというのなら。
叶えてほしい──僕の願いを。
とても綺麗な星天だった。
長老と、町長と、店長と、友だちや皐月、町のみんなと──一緒に、見た流れ星。
僕はただ──このどこまでも綺麗な『空』が、いつまでも続いてくれたなら。
ただそれだけで、十分だったのに。
──『英雄』になんて、なりたくなかったのに。
⁂
【──契約セヨ】
アストロの咆哮だけが、虚空にこだまして。
【我ガ主ノ導キニ応エヨ】
無音で泣きじゃくる少年を、茜色の少女は遠くで見ていることしかできない。
【其ガ父、我ニ通達シタ】
父親の願いを託された少年が。
【星ナル剣ヲ、其ノ腕二】
その願いを、受け止めきれずに泣いている。
──そのとき。
「ハル」
かつ、と。
厚底のブーツが、少年の足元でこだました。




