ep.13-1 精霊都市ラルゴ①
『メトリア』が数多の神秘なる存在によって与えられた力ならば。
『聖地』はメトリアによって築かれた、人間の技術者たち──術士たちの、叡智という名の技術のひとかけらだ。
そして『精霊都市』ラルゴは、そんな欠片たちを集めて出来た結晶そのものなのである。
──結晶の世界に降り立った、三人の冒険者がそこにいた。
息の詰まる白さだった。
地面は雪で覆い隠され、空気は霧に包まれて、木々はなく、建物もない。
ただただ、真っ白な景色だけが、三人を迎え入れたのである。
⁂
銀色の懐中時計が、その針を狂わせている。
空は青くも赤くも黒くもなく、ただ真っ白な空間が、時間の感覚も方角の感覚も、人間が持ちうる感覚の全てを剥ぎ取っていく。
「はは、さすが『精霊都市』だな。メトリアの造詣が不足しているような、生身の人間が作った道具などまるで意味を為さない」
白い息を吐きながら悪態の言葉を並べるウィル。そして、時計の役割を失った鉄屑を仕方なく黒コートのポケットにしまいこんだ。
あらゆる感覚が取り払われていく空間で、冬の冷たさだけがやたらと三人に『生』の実感を与えてくる。
町の地図どころか役所すら無さそうだ、なんてハルが黄昏ていると。
「『精霊都市』は、言ってしまえば神様の住処なんだ。人間のための町ではない」
ウィルが『星地図』と呼ばれる紙切れを広げながら、
「これはあくまで逸話だが、はるか古代にこの地図を作ったのは、バイエルという名の、神と人間の混血だったらしい」
この王国の創立よりも昔の話だ、とウィルは言い加える。
「セーラがこの世界を築いたのちに、バイエルを大陸へ降ろし留めておくことで、バイエルを介して大陸秩序を維持してやろうと目論んだわけだ。この地図も『羅針盤』も、こうして我々後世へと秩序維持の材料を残すためだけに、せっせとバイエルに作らせたという話だよ」
「ふうん……」
それは本当の話なのか、とハルが怪訝そうにしていると、
「だから、逸話だと言っているだろう? あくまで作り話、フィクションだよ」
──そこら辺の『絵本』と変わらない。
「でも、作り話にしては、すごくよくできてるね?」
「マイスターが軍隊に吹聴して回ってたんですってよ」
マッキーナが口を挟んで、
「流れ星がマイスターに教えてくれるんですって。『星地図』のことだけじゃない、この大陸世界のことをいろいろとね。で、そいつに言わせれば、流星の話は全部妄想じゃなく実話なんですって」
未来に起こりうる『予言』──ではなく、過去に起きた『物語』を。
まさに、この『精霊都市』こそあらゆる物語の始まりの場所。
大陸世界という歴史において、初めて人間が、こことは違う世界の住人と繋がりを持った場所なのだ。
それはつまり──人間が初めて、『メトリア』を宿した場所ということでもある。
⁂
「……マッキーナ」
ウィルが、
「ハルに『マイスター』の話をしたのか?」
そう問いかけたウィルは、いつもと変わらず飄々とした笑みを浮かべている。
いや……違う。
ハルにはそれが、ウィルがあえて飄々さを装っているようにも見えた。
「むしろ、なんであんたがマイスターの話をしてやらなかったのかが不思議なくらいね」
マッキーナはため息を吐いて。
「精霊はともかく、セーラと契約したことがある奴なんて、あたしたちの知る限り一人しかいないんだから。『星』の後継たるハルに、それ以外に何を話すんだってレベルじゃないかしら?」
「さて、どうだろうな。同じメトリアを持とうが、同じ神と繋がろうが、人間が違えばまったくもって関係ないというのが私の持論だがね」
持論というよりも、それはウィルの『経験談』だった。
同じメトリアを宿し、同じ神と契約した人間が、まったく同じ人生を辿るなんてことはあり得ないと、他の誰でもないウィル自身の人生が物語っていたのだ。
そんなウィルの人生を知っていたマッキーナが、呆れ顔で肩をすくめていると。
「じゃあ、神様はさ」
ハルが、
「どうして僕たちに、メトリアをあげようと思ったんだろう?」
マッキーナは眉をひそめて、
「今の話聞いてた? ここはセーラが作った世界なんだから、自分が作った場所を守るために人間にメトリアを貸し与えてるんじゃない」
「……守るって、何から?」
ハルに問いかけられ、マッキーナが答えてやろうと口を開いた──その瞬間。
⁂
(……待、てよ)
ここでマッキーナは、ふいに茜色を揺らす。
(だとしたら、ハル──なんで『今』、宿した?)
マッキーナは気が付いた──気が付いてしまった。
かつて、『マイスター』と呼ばれた青年も、メトリアを宿すよりも以前から、王国では『剣士』として十分に活躍していた。
それが、『星のメトリア』を宿してからは、よりいっそう戦場で猛威を振るうようになった……というだけの話であって。
そして、今から十五年ほど前、最強の剣とメトリアを持った青年が。
──『魔神』マーラを、倒したはずなのだ。
だから青年は、この王国の、大陸世界の『英雄』に。
⁂
「……ハル」
名前を呼ばれ、ウィルさんを見上げると。
「なあ、ハル。実は私も、前から君に聞きたいことがあったんだ」
「へ?」
きょとんと、首を傾けた《《僕》》に。
「私はさ、他人に流れる『水』を読むのがとっても得意なんだよ」
「う、うん。そうみたいだね?」
「流星が落ちたという、その頭の状態を調べることができる。あるいは、昨日の朝みたいに、君の眠りを妨げないようにすることもできる」
「そ、そうだね?」
「そして、君の心の変化を読むこともできる」
「そうだね……って…………へっ?」
読む──こ、『心』を?
目を瞬かせる僕に、ウィルさんは笑いかけたまま、言った。
「ハル。私にひとつ『嘘』を吐いているだろう」
その言葉に、隣に立っていたマッキーナも驚いて僕を見上げた。
なんのことだ、と僕やマッキーナが聞き返すよりも早く。
「君──」
ウィルさんは、僕に問いかけた。
「私が『何者』なのか、本当は初めから知っていたんじゃないのかね?」




