ep.12-2 英雄:マイスター伝説②
竜暦一〇四四年、十二月二三日。
暗転──暗天。
『空』が揺れる。
少年の心が、少しずつ、少しずつ、鈍く染まって。
「…………僕はね」
僕は口を開く。
「確かに、知らないことも、分かんないこともたくさんあるんだけど」
僕は明かす。
「知りたいことが、あるんだ」
この冒険の、目的を。
「多分ね、僕が知りたいことは、その天文台ってところにあると思うんだ」
この『物語』の果てに、目指しているものを。
「多分、それを知ることができたら、僕は僕の理由で、このメトリアを使えるようになるんだと思う……た、多分、なんだけど」
あの田舎を出て、都会で楽しく暮らしたい。
──それ『以外』の、理由で。
「……へーえ?」
マッキーナは意外と言った様子で、茜色の瞳を丸くしながら。
「で、何が知りたいのよ」
ウィルに聞けば良いじゃない、と言われてしまったから、僕は困ったように眉をひそめる。
僕がウィルさんに聞かないのは、聞けないのは、あのおじさんが信用できないからじゃない。
「多分――ウィルさんにも、分からないと思うよ」
それはもちろん、マッキーナにも。
⁂
だから、僕自身が確かめなくちゃいけない。
そして、もしも。
僕が知りたい物語の、本当の『結末』が、もしあの天文台にあったとしたら。
──決めなくちゃいけない。
このメトリアを、どう使うのか。
──この『星』の、明日を。
僕が決めなくちゃいけないんだ。
⁂
銀色の懐中時計が、朝の八時を知らせている。
ウィルが扉をノックすれば内側から開いた扉の中から、寝巻きのままだった少年少女が姿を現した。
「今日は起きたじゃないか、ハル」
空色の瞳を擦っているハルをからかって。
「マッキーナに叩き起こされたか?」
「ま、まあ」
……緊張して寝れなかったんデス、とは答えられなかった。
あれからマッキーナは、下の段のベッドへとちゃんと移動してくれたのだが、それでも、女の子と同じ寝室で夜を過ごしたのは生まれて初めてのことだった。
「無駄な早起きはしない主義なんじゃなかったの?」
「ここの朝食はとびきり美味いんだ。早めに行かないと売り切れてしまうよ?」
コーヒーも飲みたいからと紙コップを掲げるウィルに、今すぐ着替えてくるねと答えたハル。
⁂
〈──まもなく、ダンテ。ダンテに到着いたします。ダンテに続きまして、終点、ラルゴ。終点、ラルゴ──〉
三人で朝食を食べている間に、車内放送が流れたかと思えば、急に三人の周囲を乗客が覆い始める。
そして、電車が動きを止めたと見るや、一斉に荷物を持って駅へと降りていく。
アレグロからモデラ、モデラからダンテ、ダンテから──ラルゴ。
『七都市』を横断しながら走っていた寝台列車の、乗客の数が一番ピークに達していたのはこの時間だった。
「特にダンテやモデラは、町を跨いで労働する住民が多いからな」
いつものようにコーヒーを嗜んでは、
「逆に、ラルゴまで乗ってくる奴はほとんどいない。『精霊都市』は基本的に協会関係者しか立ち入らないからな。それに君たち、自家用車か馬車で移動することが多いだろう?」
「それはジークとクーラントの連中だけよ。サラバンドにはそんなお金ないから。そもそも行く用事もないし」
……これはハルが後ほど知った話だが、サントラの町長ノウドさんは『風霊』ジークの派閥に属する術士だったらしい。
だったらしい、というのは別に派閥を抜けたわけではないそうだが、サントラに移住して以降は、ジークの集落にも、協会が定期的に開いている『集会』と呼ばれる集まりにもまったく顔を出さなくなったということである。
なるほど、結構お金持ちなのか! どうりであの田んぼ畑に真っ黒の自家用車か。ワインもいっぱい飲んでるし。
「マッキーナ、食べないの?」
ふいにハルは、隣の椅子でもくもくとチョコレートの山を頬張っている少女に問いかける。
「は? 食べてるでしょ」
「チョコだけをご飯とは言わなくないデスカ!?」
しかもチョコの種類だけがやたらと豊富! 白とか黒とか赤とか。あ、緑も!
するとウィルが、
「お前のパーカーとお揃いだな」
「一緒にしないでよウィルさん!?」
「そうよ、何で昨日と同じ服着てるわけ? 着替え持ってきたんじゃなかったの」
「だーかーら、同じじゃないんだってばあ!?」
ウィルだけじゃなかった。マッキーナにまでRe:birthのデザインを否定されてしまった。
何がなんでもRe:birthの信仰を布教えてやると、むきになったハルが二人に声を張り上げて。
そんなハルに、ふん、と。
鼻を鳴らした少女の頬が、ほんの一瞬緩んだ気がした。
⁂
天文台まで、あと少し。
外の景色を見れば、車窓が白く凍っている。
「……雪だ」
「ああ。いよいよだぞ、ハル」
朝食を終えたウィルが席を立って。
「なあマッキーナ。こいつ、『羅針盤』と『星地図』は使えそうか?」
ウィルに確認されると、マッキーナは深いため息を吐く。
昨晩は確かに、天文台で使うとかいう二つの道具について、マッキーナ先生から講義を受けていた。
『羅針盤』は懐中時計と似たような形の、しかし針が一つしかない道具だった。
『星地図』は文字通り地図って感じの見た目だったが、その中身は点と線しか書かれていないような、子供の落書きと言われても疑わないような紙切れだった。
さまざまな神や精霊の世界と繋がっているからこそ、いろいろな聖地が入り混じっていて、どこになんの聖地があるのがが分からなくなってしまうとのことで。
『羅針盤』も『星地図』もそんな不特定多数の聖地から、聖地から発されているメトリアの位置を特定することによって、自分の目的地を炙り出すために使う道具なのだとマッキーナは話してくれたのだった。
「全然駄目ね。使い物にならない。才能ないわよ、こいつ」
「……才能ではなく知識の問題だと思うがね」
ウィルは眉を軽く下げて、
「彼、『東西南北』を知らないらしいぞ」
どうしてそれを先に言わないのか、とくちゃくちゃにしたマッキーナの顔に書いてあるのが分かる。
東西南北は地図を読むために使うんだと、説教じみた口調でマッキーナに詰め寄られているハルを、ウィルは愉快そうに眺めていたのだった。
⁂
〈──まもなく、終点、ラルゴ。終点、ラルゴ〉
車内放送が流れる。
ハルの人生二回目の電車旅、その最後の目的地はすぐそこに。
〈──魔獣警報、レベル五。魔獣警報、レベル五。シャラン鉄道にご乗車の皆様は、『結界』内に到達するまで、席をお立ちにならないようお願い申し上げます〉
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