ep.12-1 英雄:マイスター伝説①
水、大地、風、炎──四つ合わせて、『エレメント・メトリア』。
「……ちなみに、その四つで一番強いのは……」
「『水』」
──確かに!
ハルは心底げんなりした表情で、それでもマッキーナの回答に納得するしかなかった。
だってあのおじさん。傷の診察したり、『水』の流れとか言いながら心を読んできたり、眠らせたり。なんか……色々とやりたい放題だもんね!? 便利そうに使ってるもんね!?
そうかあ、ウィルさんが最強だったのかあ、とハルがしきりに納得していれば。
「いや、一番強いのはあんたの『星』なんだけど……」
マッキーナがそう言って、はあ、と小さくため息を吐いてから。
「……いや、どうかしらね。ひょっとすると、『星』の性質が強いんじゃなくて、単にマイスター本人の貯蔵限界がよほど高かったか、物理的に『剣』でゴリ押ししてただけなのかもしれないわね……」
──ハルの能天気を見る限り。
そんな呆れた面持ちで、マッキーナがふらりと漏らした単語を、
「マイスターって、何?」
ハルは、聞き逃さなかった。
マッキーナが顔を上げると、ハルは真剣な顔をしていた。
知らないことや新しい言葉があるたびに、ウィルやマッキーナ、大人たちに質問してきたハルが。
「『マイスター』って、何?」
マイスター、というまるで聞き馴染みのない言葉を、絶対に聞き逃さなかった。
「……だから、あんたの『先代』よ」
マッキーナはごろんと、布団で気怠げに寝っ転がっては。
「あんたの他にも、『星のメトリア』を発現させたやつがいたの。一人だけね。けど、一人だけとはいえどちゃんと『前例』があったから、こうしてメトリアの使い方も判明しているし、天文台に行けば『星剣』があるってこともはっきりしてるわけ」
「一人だけ……その人、今はどこにいるの?」
「……あんた、『マイスター伝説』って知らないの?」
ハルが首を横に振ると、マッキーナはやはり呆れた顔をした。
それでも、博識なる術士の少女は、ハルが知りたいことを教えてくれるのだ。
──僕が、知りたかったことを。
⁂
星暦二〇六七年。
その夏、戦場に現れたのは『魔神』マーラだった。
長年にわたり続いてきた『大陸戦争』──人間の国家同士の争いは、大陸世界の創造主たる『星神』セーラと、セーラに敵対するマーラの、神同士の争いへと変貌したことによって突然の終末を迎える。
ただし、降臨したマーラと対峙したのはセーラ自身ではなかった。
流星を介してセーラの声を聞き続け、そのメトリアに与えられし使命を以って、戦場でただ一人、マーラに相対する一人の青年の姿があった。
剣を片手に、単身でマーラに立ち向かった青年剣士の勇姿は、のちに『マイスター伝説』として後世まで語り継がれていくこととなる。
王国の英雄だった青年は、ついにこの大陸世界の英雄として──永遠の『星』と、なったのである。
⁂
「今から十五年くらい前の話よ」
十五年──ということは。
それは、僕が生まれる少し前にこの世界のどこかで起きた『伝説』だ。
「そんなに……すごい『人』だったの?」
「メトリアを発現させる前から『剣士』としても十分に強い奴だったって聞いたことがあるわね。ちょうど大陸戦争の真っ只中なんだもの。そんなに強い剣士が、最強のメトリアまで引っ提げてきたら、そりゃあ『英雄』にもなるでしょうよ」
戦場で無双したんでしょうよ、とマッキーナが鼻を鳴らす。
ハルは、ベッドから下ろしてあった剣を見下ろした。
剣術の才能がないから不要と思っていたそれが、そして、これから取りに行くという『星剣』が、急に大きく、重いものに見えてきて。
「マイスターってのは、戦場での功績が讃えられて、国王に直接賜った称号のことなのよ。なんて言うのかしらね、英雄っていう『職業』を作ってもらったって感じ? まったく、メトリアの行使でシャラン国家の繁栄に貢献するのは、長年あたしたち術士の専売特許だったのに」
それをママが「営業妨害」だって言いたくなるのも、非常によく理解できる話だ、と。
ウィルは、ハルが宿した『星のメトリア』について案外軽い調子で説明することが多かった。
しかし、本当はハルにもわかっていたのだ。
自分の宿したメトリアが、決して軽い『意味』を有したものではないことに。
(だって、ウィルさん……全然話してくれなかったもの)
──隠された、と言った方が正しいか。
みかんの話とか。
『魔法都市』の話とか。
ハルのメトリア以外の話なら、あんなに楽しそうに話してくれたのに。
まして──まして。
僕よりも前に、このメトリアを宿していた『父親』の話なんて。
⁂
ふいに、マッキーナが問いかけた。
「あんたってさ。何で天文台に行こうと思ったの?」
ハルは口を閉ざす。
「今は戦争だって終わってるし、メトリアにも全然興味なさそうだし。しかも、あんたのその口振りじゃあ、あの男が『何者』なのかも知らなさそうね?」
自分のメトリアを知らず。
ウィルのことも知らず。
そして、何より──ちゃんと聞き出そうともせず。
「あんたはこれから、『星剣』アストロを取りに行く。そして、あんたにメトリアを与えた神様──『星神』セーラと契約を交わす」
『本契約』、ってやつだろう。
自分の意志で、契約するのだろうか。
天文台にあるという『星剣』を、手にするのだろうか。
それとも──
「あんたさ……そんなにいろいろ分かってないくせに、なんでここまで普通に付いてこれたわけ?」
わずかに寝室が揺れる。
時計のない部屋で、ハルとマッキーナは気が付かない。まもなく日付が変わろうとしていることに。




