ep.11-2 術士たちの世界②
「メトリアは……自分では選べないのよ」
マッキーナは呟いた。
その瞳は、母親同様に冷めている。
ハルは一度も、マスキードが、そしてこの少女が──笑う顔を、見ていない。
「あんただって同じでしょう?」
茜色でハルを見据えては、
「『流星』が落ちてきたんですってね。協会の調査書にあった、あんたの『先代』のデータと完全に一致しているわ」
「先代……」
「あんたも選ばれたのよ。前例がまだ少ないから『星』が遺伝で継承されるメトリアなのか、直接『星神』と契約してるのかははっきりしてないけれど」
自分で決めたわけじゃなく、『流星』によって一方的に押し付けられたメトリア。
マッキーナの寂しい茜色の感情は、自分自身はもちろん──ハルに対しても、向けられていた。
⁂
車窓から、永遠に続く『黒』を眺めながら、マッキーナは話し始めた。
「メトリアの貯蔵限界はさ、人によって違うわけ。性別とか年齢とか……まあ、才能とか? そういった要因から、貯蔵限界にはそれぞれ個人差が付くわけよ」
性別の違い、年齢の違い、才能の違い。
それは、まあ、メトリアに詳しくないハルでも理解できる話だった。ほら、僕だってサントラでは、散々『剣』の才能がないって馬鹿にされてきたし。
──しかし。
「メトリアの『量』が変動することはあっても、『性質』が変動することは絶対にない」
「え……?」
「ママから『ADSR』の話は聞いたんでしょう? あたしたち術士の優劣は、いかに『ADSR』を駆使してメトリアを運用できるかが全てなの」
どれだけメトリアを使いこなせるか──使い方を変えられるか。
マッキーナは言った。
「『炎』はね……一番弱いメトリアなの」
個人の、『人間』の能力が劣っているのではなく──『メトリア』が劣っている。
「『炎』は、精霊と契約することで行使できる、四つのエレメント・メトリアの中で、一番『ADSR』の研究が進んでいない、応用が効きにくいメトリアなの」
──水、大地、風、炎。
大陸世界で最も主流とされているのが、この『エレメント・メトリア』と呼ばれる四種類らしい。
ハルは、マスキードの講義を思い出していた。
「メトリアの用途を追求し続ける行いが術士の本懐にして、存在意義に相当する部分なのです」
そんな、追求するべきメトリアそのものが弱いということは。
(ビブリオ家が……あの辺に住んでいるみんなが、術士のお家だってことは……)
──ハルは、ようやく。
あの町で、ビブリオ図書館を取り巻く空気だけが寂しい理由を理解した。
同じメトリアを持つ者同士で集落を形成していると言うことは。集落を形成することで、協会の中での派閥が存在し続けていると言うことは。
当然──それら四つの派閥には『格差』が生じるのだ。
あの『魔法都市』において、彼女たちビブリオ家や『炎霊』サラバンドの契約者たちは、実は、最も立場が弱い術士だったのだ。
「メトリアの用途が少なければ少ないほど、仕事の内容も限られてくるってわけ」
貧しい人々だったのだ。
ビブリオは図書館経営という仕事があるからまだマシだけど、とマッキーナが言い加える。
「それに、代々術士に従事する家系なら、『本契約』は基本、同じメトリアを持つ者同士で交わすものなのよ。何せ、違うメトリア同士で結婚すれば、子孫の『精霊契約者』としての血は弱くなるからね」
だから、彼女たちは永遠に弱いままなのだ。
何も──変えられないままなのだ、と。
⁂
車輪の音が、うるさくなっていく。
ハル──この無垢な『少年』には、まだまだ分からないことがいっぱいだ。
なぜマッキーナの両親が、自身の娘を町から出したがっていたのか。
なぜマッキーナを、強引にでも自分と『契約』させたがっていたのか。
そもそも、どうしてウィルが渋っていた、協会本部への報告や記帳を、怒りながら呆れながらも、それでも彼らが黙認したのか。
ハルには、まだ。
自身の宿した『星のメトリア』が、どれほど大きな価値を有しているものなのか。
かつて自身と同じ『星のメトリア』を宿していた人間が──どれほど大きな価値を有していた『青年』だったのか。
──僕は。
何も、知らないままなんだ。
小説を「ブックマーク・評価」などで応援していただけると執筆の励みになります。