ep.11-1 術士たちの世界①
寝台列車が、三人の前でゆっくりと停車する。
数段ばかりの階段を登れば、それはハルにとって電車の形をしたひとつの『楽園』さながらの光景であった。
「う……わ……!」
その電車には椅子の代わりに、寝台の付いた部屋が何室も立ち並んでいて、廊下を抜ければ食堂があった。トイレも、シャワー室も、なんと服や雑貨が置かれた店すら電車の中には備わっていたのである。
何だこれ、『魔法都市』より豪華じゃん!
ハルが空色の瞳を輝かせながら、しきりに辺りを見回していると。
「何やってんの? ご飯はさっき食べたばっかでしょ」
パーカーの裾を摘み、ハルを寝室へと引っ張っていこうとするマッキーナ。
「いろいろ見ていこうよ! そういえば、長老にもお土産頼まれてたんだよね」
「……もしかして、金と時間の浪費があんたの趣味?」
小さく息を吐いたなら、
「遊ぶ暇があるなら、天文台に着くまでに『羅針盤』と『星地図』の使い方を覚えなさい。どうせ何にも教えてないんでしょ、あの怠慢王子」
売店の方へ向かおうとするハルを、マッキーナは強引に廊下へと連れ戻していく。
そんな二人の様子を、ニヤニヤと、再び気持ち悪い笑顔を浮かべた中年の男が、マッキーナからハルを引き剥がして、
「一晩はこの電車は止まらないんだぞ、マッキーナお嬢。そう慌てず、のんびり冒険を楽しむがいいよ」
好奇心を解き放ったハルが、売店の方へと駆けていく。
呆れ顔のマッキーナに、ウィルは告げた。
「──君も初めてなんだろう?」
笑いかけられたマッキーナは、少しだけ息を止めてから。
「馬鹿なの? あいつ、さっさと次代の『マイスター』にしなきゃいけないんでしょう?」
「……誰がそんなことを言った?」
「はあ!?」
マッキーナはゆっくりと、売店へ駆けて行った少年の背中を視線で追う。
金色の髪をたなびかせながら、その少年は菓子が入った箱の棚を、それはもう楽しそうに手に取り、一人ではしゃぎ倒していて。
『魔法使い』の少女マッキーナは、なびいた金色の髪に──新聞で見た、かの『剣士』の面影を浮かべては。
「だって、あいつ。どう見ても……」
「──マッキーナ」
──名前を呼ばれ、マッキーナはくすんだ藍色の瞳を見上げる。
⁂
ウィルは微笑んで、マッキーナに問いかけた。
「『術士』とは何のために存在している職業だと思う?」
「大陸秩序の形成と保持のためよ」
王国秩序とも言うわ、と間髪入れず。
「精霊に与えられし『メトリア』を以って、大陸世界に人類の繁栄をもたらす。そのための協会、そのための術士よ」
「マイスターもか?」
「マイスターは王宮が勝手に付けた称号でしょうけど。でも、『星』は少なくとも、大陸世界の創造主そのものから賜ったものなんだから……」
「だから、メトリアは創造主のために行使するべきだと?」
つまり──『英雄』になることこそ、少年に定められた使命であると。
マッキーナは笑わなかった。
色褪せた『蒼』、くすんだ藍色、縹の男を見据えては。
「……先代の言っていた通りね」
揺れる前車の、車輪が線路で擦れる音に声を乗せて。
「あんたはそんなにも、この大陸秩序を破壊したいわけ?」
「まさか。ただ私は、何も世界を守るのが『英雄』一人の仕事であるとは考えていないだけだ」
だから──協力したまえ、と。
ひどく面倒くさそうに、廊下の車窓を眺めた少女に、ウィルは告げた。
「『星剣』は取りに行く。貰えるものは貰っておくというのは私自身の主義だ。ただし、その剣を以って彼が何を為すかは、彼自身が決めることだよ」
だから、そこまでの道のりに、協力したまえと。
「それに、ほら君たち、一応は契約関係にあるだろう?」
「…………あたしが決めたわけじゃないのに……」
親に面倒な仕事を押し付けられた、とマッキーナはため息を吐く。
その様子を見たウィルは、かつての英雄に厄介な遺言を押し付けられた、と十五年越しに恨み言を吐く。
そして何も知らないハルが、長老に頼まれた土産を嬉々としながら購入して、二人の元へと戻ってきたのであった。
⁂
──昼を越え、夕を越え、夜を迎える寝台列車ラルゴ行き。
人生二回目の電車旅でも、ハルはやっぱり大きな事件に遭遇していた。
いや、遭遇した、と言うか。カツアゲからは助けてくれた、あの怪しくてとても悪いおじさんに、今度はまんまと謀略られてしまったと言うか。
(なんで……なんで、同じ部屋なんだ!?)
用意された寝室でハルは頭を抱える。
夜を越える電車の客室は、三人一緒で一部屋を取った……わけではなかった。一人一部屋でもない。
なぜだかさっぱりわからないが、ウィルのみが違う部屋を取っていて、ハルとマッキーナの二人だけが同じ狭い空間に取り残されたのだった。
夜更けにつれて静かになっていく車輪の音。
心なしか、線路を進む速度も落ちていて、狭い部屋に、小さなベッドが二段積み上げられているだけという窮屈さが、その静寂によっていっそう際立ってしまっている。
(ま……まじで?)
食堂での結構豪勢だったディナーも終わり、さっさと自分の部屋へ引き返していったウィルの背中が恨めしい。
普段同じ家で暮らす少女とすら、寝室だけは別々だと言うのに。
(なんで? ねえなんでウィルさん? 二部屋に分けるなら、ウィルさんと僕を同室にすれば良いじゃん!?)
せめて三人一緒で、と主張したならば、ウィルは「二人用の部屋しかなかったんだよ」なんてあっけからんと答える。
そして、
「若い子はおじさんの加齢臭を毛嫌いすると聞いたものでね。うん? 一部屋ずつで良い? おいおい少年。君はまさか、知り合いも土地勘もないこの地、この車内、この夜を、女の子一人で明かさせようと、そう言いたいのかね?」
それこそ、カツアゲに遭遇でもしたらどうするのかと。
二段ベッドの上の方で、布団に潜ったまま頭を抱えていると。
「──ちょっと、まさかもう寝たわけじゃないわよね?」
併設されていたシャワー室から、マッキーナが寝間着姿で戻ってくる。
その寝間着は昼の予告通り、術書サラバンドによって『召喚』された服だった。ハルの部屋のタンスにも入っていそうな、無地の灰色のジャージ、といったところである。
……ちなみに、『白』の下着も一緒に召喚されてきたのを、ハルはしかとその空色に焼き付けていた。
濡れた髪で若干癖っ毛が抑えられ、まだ少し頬を熱で染めた真顔の少女が──ポーチ片手に、はしごを登ってきて。
二段ベッドの、ハルがいる二段目にまでやってきて。
「…………へ?」
「ああ、良かった起きてるわね。十時まで寝てたんだから、まだ脳の活動限界は迎えていないはずでしょう?」
いきなり布団をめくりあげたかと思えば、その少女は真顔のまま、ハルの脇でうつ伏せに寝転がってきた。
シャンプーの香りがハルの鼻を伝って脳に直撃してくる。
「へ……? へえぇ!?」
「『羅針盤』と『星地図』。教えるって言ったじゃない。あとついでに『計測器』も」
ポーチからいそいそと道具を取り出していく、シャワー上がりの少女をぽかんと見つめることしかできない。
シャワー上がりにも関わらず、マッキーナの前髪には律儀にも、ハルから受け取った赤色のヘアピンが付け直されていた。
「この三角錐が『計測器』。今朝にあんたのメトリアの貯蔵限界を測ったやつ。ここの針を外して、ここの『電線』を引っ張ってって、あんたの指と繋げたら──」
「ちょ、ちょちょ、ちょちょちょちょちょちょっと!」
淡々と説明しながら、平然とハルの手を掴もうとするマッキーナに。
「……何?」
「いや僕の台詞!? マッキーナが何!? な、なんでそんなにヘーキな顔してるんデスカ!?」
「うるさいわね、他の乗客の迷惑よ。ここの壁薄そうだし」
──壁の薄そうな部屋で、何をしようとしているんだこの十代半ばの女の子!?
顔面蒼白で、両手を挙げて万歳をし始めるハルをマッキーナは意味不明とばかり
に見返して、
「はあ? 何してんの」
「ちょ、町長に昔言われたんだよ! 知らない女の子の身体に触っちゃいけませんって」
「……」
「あ、朝だってそうだよ! 女の子に裸を見せちゃいけませんって、女の子の裸とか……し……下着、とか……」
皐月に喰らった平手打ちの痛みを、一年越しに思い出していると。
「……まあ、一度『本契約』でも交わしたんなら、契約相手以外との過度な接触は契約違反になるかもしれないけどね」
「け、ケーヤクとかいう問題では……」
「契約以外の問題なんてあるわけ?」
マッキーナは真顔で言った。
「肉体接触の有無とか、裸見たとか見てないとか、どうせ最後に契約相手を決めるのは自分じゃないんだから。そんな些細なことにこだわる理由があたしには分からないわね」
「え、ええ〜……」
「それとも、何? 一方的に裸見られたんが嫌って話?」
──じゃ、あたしの裸も見る?
茜色の瞳を持っておきながら、マッキーナは非常に冷めた顔で、悪びれも恥じらいもせずに軽々と提案してくるのを、ハルは全力で否定した。
ああそう、と真顔で提案を取り下げたマッキーナに、
「あ、あと。契約とか……け、結婚とか……そういう大事なことは、自分で、決めた方が良いと思うんだけど……」
ハルのしどろもどろな言葉で、初めてマッキーナは眉をひそめる。
「術士に自分で結婚相手を選んでる奴なんていないわよ」
「え……?」
「契約だってそう。あたしたちは生まれた時から、契約する精霊も──メトリアも決まってる」
目を伏せて、
「メトリアは……自分では選べないのよ」
呟く。
その瞳は、母親同様に冷めている。
ハルは一度も、マスキードが、そしてこの少女が──笑う顔を、見ていない。




