ep.10-2 臨時契約(アクシデント)②
天文台があるという『精霊都市』ラルゴは、これまでの目的地とは違い、日帰りで済むほど容易に行ける場所ではないらしい。
寝台列車、という単語を聞いたハルは胸を昂らせると同時に、
「二人とも、服の着替えは持ってこなくて良かったの?」
そうたずねては、身軽なウィルとマッキーナを交互に見返した。リュックサックに剣と、大荷物なハルとはあまりに違いがある。
ウィルは例にもよって手ぶらなまま、黒コートのポケットに両手を突っ込んで、
「服なんて三日は持つだろう?」
などと、皐月だったら確実にウィルという存在そのものを拒絶しそうな発言を平然とかましていく……いや、隣に立っていたマッキーナですら、発言を聞くなり心なしかウィルと物理的に距離を置き始めた。
──そ、そりゃそうだよ! 誰でもそうなるよ!
そんなマッキーナだが、彼女も肩に提げたポーチのみが旅の荷物であり、かなり身軽そうだ。
どう見ても替えの服など入らない容量だ、とハルがポーチを吟味していたら、
「『術書』に収納してあるのよ」
「『術書』?」
聞き返したハルに、マッキーナはポーチから、見るからに古そうな分厚い本を引き出してくる。
表紙には、あの集落や、ビブリオ家が契約しているらしい精霊と同じ名前、『SARABANDE』と記されてあった。
「『術書』サラバンド──これは原本じゃなくて複製だけどね。『炎霊』が生息している世界と繋がってるのよ。あっちの世界に置いてもらってるの」
夜になったら後で『召喚』を見せてあげる、とマッキーナは答えた。
精霊を呼び出すのではなく、自分の荷物を呼び出そうという発想がちょっと面白い。いや、もちろん精霊を呼び出すのがその本の用途なんだろうけど。
……でも、あれ? そんなに便利な本があるんなら、ウィルさんも彼女にならえば良いのでは?
「だから、私は神秘の類とはもう契約していないんだって」
「……前は契約してたでしょう……」
小声で呟いたマッキーナの言葉は、ハルの耳には届かなかった。
「じゃあ僕は、今から天文台で神様と契約するってこと?」
ハルの問いかけに、ウィルは少しだけ間を空けてから答える。
「契約はすでに完了しているんだよ、あの『流星』によってね。『臨時契約』と言ったところか? 彼女が『術書』を介してメトリアを行使しているように、あくまで行使するための『剣』を取りに行くだけの話だ」
──やっぱり。
『契約』というものは、自分の意志で決めるものではないらしい。
⁂
ハルが不思議そうな顔をしているところで、マッキーナもまた二人のやり取りに疑問を浮かべては、
「……あんた、もしかして。まだメトリアを使ったことがないの?」
ハルが頷くと、マッキーナはハルではなくウィルに驚いた顔を見せつけながら、
「……ねえ」
「何だね」
「こいつ、本当に『星剣』使えるの?」
「使えるとも」
不安げに、あるいは不満げな表情を浮かべたマッキーナに。
ウィルは笑って、こう答えたのである。
「『星剣』の使い方を決めるのは──ハル自身だがね」
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