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ep.6-2 魔法都市アレグロ②

 汽笛が到着の合図を鳴らす。


 ウィルはおもむろに黒コートの胸ポケットを探ると、いつからそこ入っていたのか、銀色の懐中時計を取り出した。

 しばらく長椅子に横になり、昼寝をしていたハルが、のっそりと起き上がって時計の針を覗き込む。長い針は『五』の数字を指していた。

 ハルは懐中時計の動物らしき彫り物を眺める。なんの動物だろうか。ドラゴン?


 ──しかし、このおじさん。

 服にはまるで無頓着なのに、ブーツだけは綺麗だったり、時計もなんだか高級そうだったり、本当に変なおじさんだ。お金もなんやかんや持ってるみたいだし。


 列車を降りる直前、ウィルは急にパーカーのフードをつまみあげる。驚いてハルが縹色の瞳を見上げると、


「被っておきたまえ。──外では必ず、そのままにしておけ」

「な、なんだよ急に……」


 なんでも。

 サントラやライブハウスがあったコーラルとは違い、アレグロにおいてハルのその金髪碧眼は、かなり『悪目立ち』をしてしまうらしい。


 ……え、何で目立っちゃうの?


 だけどそういう大事なことは早めに言ってほしい、と胸中でのみ文句を垂れながら、ハルは深々と色鮮やかなRe:birthのパーカーを頭に纏った。





 茜色の空が、二人の冒険者を迎え入れる。


 サントラ駅は、田んぼだらけの町並みの、さらに外れのほうを進んだところに位置していた。よって集落からは非常に離れていて尚更人気(ひとけ)がない。無人である方が多いくらいだ。

 しかし、アレグロ駅はむしろ、すぐ目前に建物が立ち並んでいるような都市の中心部で乗客を降ろす仕様となっていた。


「駅がある地点は、基本的に『結界(エリア)』の効果範囲の境界線と重なっている。魔獣だけでなく、人間の出入りの監視も駅で行っているんだよ」


 関門というか、関所というか。

 実際、駅の周囲はそれなりに人気(ひとけ)があった。


 ただし、どういうわけだか『アレグロ』行きの列車は、車両にひとたび乗り込んでからは終始ハルとウィルの二人きりのままで、アレグロ駅を降りる乗客もここにいる二人しかいなかった。

 あの最終列車ですらカツアゲ男が乗っていたのに。……あれ? 都会って本当は、みんなが言うよりずっと安全なんじゃない?

 そう、ハルが安堵している時だった。



 ──どこから現れたのか、わからない。

 二人の目前で、全身黒ずくめの人影が佇んでいた。





 全身を黒のローブで包み、顔を隠したその容姿。

 ハルが連想したのは、寝室の本棚の奥底で眠っている、絵本に出てくるような『魔女』とか『魔法使い』とか。

 そう、その姿はまさしく──『術士(ライター)』の正装だった。


「記帳せよ」

 しわがれの、老婆の声をした黒ずくめ。

「本部にて記帳せよ──ウィンリィ・ドーラ」


 ローブで顔が隠れていて、声でしかその表情を読み取ることができない。

 ただ、老婆が指を差す方角から見て、どうやら彼女は二人を前方の建物に招き入れたいようだった。

 古びた赤レンガの建物が立ち並ぶ中、駅の目前に構えたその建物はひときわ高さがあって荘厳といった様子だ。皐月と一緒に住んでいる家よりもずっと高い。これは何階建てなんだろう、見たことないやこんな立派な建物、とハルが感嘆の声を上げた。


 ──『七都市』って、やっぱりすごい。

 コーラルでも見なかったような、大きい建物がいっぱいある。


「案内は不要だ」


 しかし、なぜかウィルは老婆の誘いに応じなかった。

 驚いてウィルを見上げれば、いかにも鬱陶しそうな顔で、長髪を掻きながら老婆に苦笑いを浮かべている。

 ……すぐに見つかってしまった、とため息を吐きながら。


「行きつけの喫茶店に邪魔するだけだよ。さすらいの旅人を出迎うほど、貴殿らも暇ではないだろうに」

「黙れ不法侵入者。出迎えたのでない、待ち構えていたのだ」


 老婆の声は、冬の寒空よりもずっと冷めている。

 老婆は、ウィルよりも数歩後ろで呆けていたハルの派手色パーカーに目を付けて、


「──貴様は何者だ」

 黒い影の奥から、じろり、と。


 新鮮な町並みを眺めていれば、自然と道ゆく人々の姿も視界に捉えることになる。

 そして、世間に無知な少年でも、さすがにひとつの魔法都市の『特徴』に、きちんと気がつくものである。


(……あ〜…………みんな……『真っ黒』だ……)


 ウィルの車内での言葉を完全に理解する。

 『魔法都市』の名は伊達じゃない──確かにここは、魔法使いたちの町だった。これが正装だと言わんばかりの、揃いも揃って真っ黒くろすけ。


 皐月は普段、家でも外でも、いつどこでも同じ服を着ている少女だった。というのも、どうやら彼女の故郷にあるらしい『学校』という場所では、みんなが全く同じ服を着る『規則(ルール)』があるそうだ。

 ──確か、『セーラー服』って名前の服だったはず。


 そういえば町長も、あんな田舎でずうっと黒スーツだったもんね。なるほど、あれが町長にとっての『セーラー服』だったんだ。


 だからこそ、黒コートのウィルはともかく、ハルはものすごく目立っていた。

 その顔立ちの問題ではない。ファッションブランド『Re:birth』の前衛的なデザインは、この古風な町とはまるで相性が悪かったらしい。


 ウィルは、よりハルに接近しようとした老婆の前にそれとなく立ち塞がった。


「連れの一人や二人くらい良いだろう?」

「ならぬ。身元を明かさぬ者に、この神聖なる魔法都市を穢される道理はない──無論、貴様もだ」


 老婆の声が、低く黒ずんで。

 ──冬を、怒りの『炎』で燃やして。


「『竜』の契りを犯した恥知らずめ──協会の威信に賭け、貴様に『炎霊(えんれい)』の制裁が下ると知れ!」



 ──変色していく。

 黒から赤へ、老婆の全身が変色していく。

 ローブは瞬く間に、ハルとウィルの目前で焼け落ちていく。

 そうだ……焼けているんだ。赤色に変化しているのではなく、老婆が自ら全身を、自ら放ったその『炎』で纏おうとしている。



「……え。何これ?」


 ハルは老婆を指差し、口を半開きにしたまま、すぐさまウィルに状況説明を求める。


「『炎のメトリア』だよ。前に電車で会った男よりもわかりやすいだろう?」

 ──いや、それはわかるわ! 素人でもわかるわ!

「じゃなくて、何これ!? あのおばあさん、なんかめっちゃ怒ってない!?」

「……やれやれ」


 へらへら笑いっぱなしのウィルが、態度も姿も豹変する老婆を見下ろして、


「勘弁したまえよ、エレメント協会『サラバンド』本部長どの。王国ひいては大陸秩序のため、お互い穏便に行こうじゃないか」

「率先して秩序を乱す男がほざくな! これ以上貴様に、我らが『ビブリオ』の叡智を貪らせるわけにはいかん!」


 顔を見せるまでもない。怒りの感情が、ローブの奥からでもひしひしと伝わってくる。


 ……『竜』とか『炎霊』とか、聞き慣れないワードが連発していたけれど。

 何も知らないハルが二人のやり取りを見て分かったことはひとつだけ。

 あのう、町長。店長。そして長老。

 この『ウィル』とかいう変なおじさん──本当に信用して大丈夫?





(皐月の忠告のほうが信憑性高くない……!?)


 ハルは桜色の瞳を思い出しながら、それでもウィルに縋り付くように、その黒コートの裾を摘んでは彼の背後に隠れる。

 喧嘩なんて嫌だよ。今度は僕、何も悪いことしてないぞ! もし悪いことをしたんなら、ウィルさん、さっさと「ごめんなさい」って言え!


「あ、あの……」


 ハルが声を掛けると、燃えるローブの奥から、ぎょろりと茜色の瞳が睨みつけてくる。うわわわわ、本当に睨んでるよ、このおっかないおばあさん。


「ぼ、僕たち、何をすれば良い……デ、スカ?」


 ──急に。

 大人には『ケーゴ』という言葉を使いなさい、と皐月が時折口ずさんでいるのを思い出した。

 ウィルにも使わなかった魔法の言葉を、ぎこちない笑顔で唱えれば、


「……記帳だ」

 なんデショウ、それは。

「本部で記帳をしてもらう。エレメント協会が定めた、余所者が都市に立ち入る際の決まり事だ」


 ──おやおや?

 さてはこれ、魔法都市の『規則(ルール)』ってやつか?


 老婆はどうやら、派手色パーカーの中身が、何の悪気もないただの無知な少年であることを察したらしく、少しだけ熱していた炎を収めては、


「キチョーって何?」

「貴様の名前を書くのだ。名前、在住、所属、滞在期間とその目的だ」

「…………え」

 え。

 ──それだけ?


 ハルは数回まばたきし、老婆をぼうっと眺めてから再びウィルを見上げる。


 まさかとは思うが……まさか、そんな簡単なルールの徹底を渋っているのか、このおじさん? 自分の名前を書くだけの簡単な作業を!?

 それも、あのおばあさんの口ぶりからして、おそらくウィルは確信犯、付け加えて常習犯。

 なるほど、どうりで待ち伏せするわけだ!


 ただし、どうやって老婆が二人を待ち伏せしたのか、そもそもどうしてウィルの来訪を察知することができたのか、その手段まではハルの持ちうる知識では悟ることができなかった。


「名前を書かされることは、僕だってよくあるよ、ウィルさん!?」


 確かに、サントラではそういった決まりはほとんどない。あんな田舎では人の出入りなんて自由だし、大して人が住んでいないからこそ、記帳なんてしなくとも人の出入りを把握するのは簡単なのだ。

 しかし、都市と呼ばれるくらいの町だから、さぞかし管理はしっかりしているんだろう。いや、都市でなくても、コーラルですら、ライブハウスに入場するときは似たような手続きがあった気がする。


 ハルの中にある『良心』が、ウィルを説得しようと口を開きかけた時。





「──構いませんよ」


 背後から。

 またも突然現れた。老婆の背後から、今度は若い女性の声が響く。

 いや、今度は突然と言うほどではない。『協会本部』と呼ぶらしい高層の建物から、扉を開け、ゆったりとした足取りで姿を見せた人影がある。

 しかし今度の黒ずくめは頭にはローブは被っておらず、癖毛がかった茶色の長髪と気怠げな茜色の瞳が、ハルの視界にしっかりと映った。



 ──()()()()()()()()()()()()()()、とハルは女性の顔立ちを眺めた。



「構いませんよ、お母様」

 女性はウィルを一瞥し、

「私が代筆いたします。住所不定無職、滞在期間未定、目的は図書館蔵書の半永久借入(パクリ)と記帳しておきますので」

「あることないこと書くのも勘弁してくれないか?」


 社会不適合者(だめにんげん)の別称みたいな熟語を並べられ、さすがに狼狽えたウィルが女性の言葉を制止する。

 完全にウィルへの信用を失った少年の、死んだ青の魚眼をフード越しに浴びながら、


「家はあるよ、家は」

「常日頃から住んでいなければ不定と認識しております。速やかに本館の蔵書を返却いただけるのでしたら、営業妨害および不法侵入の報告を協会に申し立てるのは、延滞料金と併せてこちらで控えさせていただきます」


 トドメの一撃が深々と突き刺さり、ウィルの心臓を焼き払う。おっとっと、刺さったのか焼けたのかどっちだ?

 ……すっげえ。町長が長老を責める時より辛辣だ!


 女性はハルに歩み寄り、茜色の瞳で少年のフードに隠れた顔を吟味する。

 いや、その気怠げな様子から、几帳面そうな口ぶりとは裏腹に、実は大して真面目には観察していなかったように思う。

 毒の吐き方といい絶妙な不真面目さといい、本当にノウド町長と似ているななどと失礼なことを考えていたら、女性はハルに小さく会釈して。


「──本日も『ビブリオ図書館』のご入館、誠にありがとうございます」


 そう告げた。

 僕はここにきたのは初めてデス、と間の抜けた返事をしたならば、彼女が吐いた台詞はいつ誰にでも適用されうる社交辞令(あいさつ)なのだとウィルに説明され赤面する。


 要件を尋ねた女性に、ウィルが答えた。


「いつものコーヒーを飲みにきた。この少年にも淹れてもらえるかね?」

「少年相手にコーヒーはお勧めしかねますが。ええ、承りました」


 ウィルに深々とお辞儀をした女性が、こちらへどうぞと手招きをする。

 いつのまにか、数刻前まで沸騰していた老婆の怒りも収まっていて、ローブは黒に戻っている。





「……えっと…………」


 すたすたと二人の女性に付いていくウィルに対して、ハルはおどおどと、


「あの、おばさん……」

()()()()です」

「お、お姉さんは、その、結局……誰? デスカ?」


 問いかけると、女性は振り返って、答えた。


「エレメント協会サラバンド所属、『ビブリオ』二十七代目当主マスキード・ビブリオと申します。ビブリオ図書館および付属喫茶の経理も取り行っております。以後ビブリオ図書館をご贔屓くださいますよう何卒よろしくお願い申し上げます」


 ──ひと息で呪文の言葉を並べる女性に、ハルはただただ、覚えたての社交辞令の笑顔を浮かべるしかなかったのだった。

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