ep.6-1 魔法都市アレグロ①
──この物語の冒頭でも、すでに伝え聞いたとは思うが。
シャラン王国は、大陸西部に広大な領土を持つ君主国家である。
今から十五年ほど前、魔神マーラの降臨によって大陸戦争の終戦を迎えると、国王は新たな王国の管理体制として『七都市』の成立を宣言した。
『王都』ドラグニア。
『商業都市』ヴァーチェ。
『管理都市』プレスト。
『魔法都市』アレグロ。
『文化都市』ダンテ。
『工業都市』モデラ。
そして──『精霊都市』ラルゴ。
これらの『七都市』を中心に、現在のシャラン王国は、メトリア産業と鉄道の発達によって繁栄を極めているのだった。
⁂
無人駅に着き、しばらく佇んでいれば汽笛がはるか遠くから聞こえてくる。
『アレグロ』行きとプレートを掲げた列車が、扉を開き、数段ばかりの階段と共にハルとウィルを出迎えた。
「天文台はアレグロにあるの?」
「いや、天文台があるのはラルゴだ。アレグロには、天文台を開くための『鍵』を作りに行く」
剣だけでなく鍵もあるのか、とハルが感心していると、
「君が鍵そのものだよ、ハル」
「へ?」
「天文台に限らず、『聖地』は基本、それぞれの地に適したメトリアを持つ人間にしか立ち入ることができない。加えて、聖地を開放して神が住んでいる世界と繋がりを持つためには、繋がる人間そのものから『鍵』を作成する必要があるんだよ」
鍵、という名の『術式』の作成。
列車の座席に着くなり、ウィルが説明した内容はこうだ。
メトリアが大陸世界とは異なる、別世界の神様によって与えられた力なら、大陸世界と神様が暮らす世界を繋げている場所のことを、総じて『聖地』と呼ぶらしい。
長い歴史をかけ、『術式』という技術を駆使して王国各地に『聖地』を作ってきたのは、メトリアの行使を専門としてきた、『術士』と呼ばれる人間たちである。
……多分、絵本とかに出てくる『魔法使い』みたいなお仕事なんだろう。
「ノウド君も術士なんだよ? 魔獣の侵入を阻む『結界』も、術式のひとつだからな」
そして、そんな術士たちが多く生活している、ウィルをも超えるメトリアの専門家たちが集まっているのが──『魔法都市』アレグロ。
ウィルの説明を受けたハルが、ふと浮かんできた純粋な疑問をぶつける。
「ウィルさんってメトリアのこと、すごく詳しいよね」
「ああ。指導者だからな」
「そんなに詳しいんなら、ウィルさんがその『鍵』ってやつ、作ればいいんじゃないの?」
可能であるなら、ウィルなどと言わずもちろんノウドが代わりに作ってくれてもいいのだけれど。だって術士なんでしょ?
ハルが尋ねると、ウィルは途端に困った様子で肩をすくめる。
「……ハル。『資格』という言葉を知っているかね」
首を横に振ってあげれば、
「この国ではな、ただメトリアを使うだけなら無許可で良いんだが、鍵を作ったり聖地に入ったり剣を取りに行ったり、誰もができるわけじゃない特別なことをしようとすると、その行為をわざわざ偉い人にお知らせしたり、許しを乞わないと叱られてしまうことがあるんだ」
「……そうなんだ?」
「皐月が心底嫌そうな顔をしていただろう? 実は、彼女も同じなんだよ。彼女の知らないところで他人が勝手に定めた『規則』に基づくなら、『花のメトリア』は本当は、王宮に行って申し出をしないといけない代物なんだ」
──初耳だ、とハルは目を丸くした。
サントラのような田舎町で、それもみかん栽培に役立てる程度の使い方をしていたからこそ、今まで誰にもバレなかっただけの話らしい。
皐月はなかなか、サントラを出たがらない少女だった。ハルはそれが、彼女が魔獣を怖がっているからだとばかり思っていたけれど。
「アレグロには、そんな『資格』ひとつで大きな顔をしている、いけすかない連中の巣窟と化した『協会』があるんだよ」
いかにも嫌そうな顔で、ウィルは電車に揺られては紙コップを掴む。
この電車に給湯器はないよ、などとたしなめるハル。
⁂
だが──この中年の男。
この純朴なる少年に、ひとつの大きな嘘をついていた。
本当は『資格』は有しているのだ。
正確には、協会というメトリア専門組織による認定を受けたのではなく、その協会をも包括している一大組織──王宮、という名の『権限』に基づいた実力行使がこの男には可能なのだけれど。
なんだったら、ウィルは『資格』を与える側──『権限』そのものなのだけれど。
⁂
(魔法都市……『都市』! やった、初めての『七都市』だ!)
──そんな嘘つきおじさんの心境はいざ知らず。
ハルは人生二回目の電車で白いスニーカーをパタつかせ、空色の瞳を夢と希望で満たしていく。
ついにきたぜ『七都市』! 都会暮らしの夢の一歩に、またひとつ近づいた!
「アレグロってさ。キョーカイ……の他に何があるの?」
「今から向かうのは『図書館』だ。本がたくさん置いてある」
「……うーん、本屋ならサントラにもあるよ。漫画とか新聞とか。今はRe:birthのカタログも置いてあるし!」
──そういう娯楽の本ではないんだが?
前途多難、とはこのことだ。
お勉強はあいつも嫌いだったな、と内心で苦笑を浮かべ、ウィルは取り出しかけた紙コップを再び内ポケットにしまった。
「『喫茶店』も寄ろうか」
ウィルの言葉にハルは口を尖らせて。
「キッサテン……はサントラにはないけどさ。あれは町長が『コーヒーを飲む場所』だって……」
「サンドイッチやパフェもあるぞ」
パフェ! 万歳!
勢いよく両手を上げては、脇に立てかけていた剣がずるりと床に落ちる。パフェは食べたことないぞ! アイスがいっぱい載ってるやつ!
「あ……でも、お金は……」
「私持ちだよ」
正確には『つけ』だけど、といったやり取りを続けているうちに、車窓の景色は朝から昼、昼から夕暮れ時へと姿を変えていく。
──茜色の空が、すぐそこまで迫っていた。
〈──まもなく、アレグロ。まもなく、アレグロ。魔獣警報、レベル二。魔獣警報、レベル二。シャラン鉄道にご乗車の皆様は、『結界』内に到達するまで、席をお立ちにならないようお願い申し上げます〉
2022年2月25日:
シャラン王国および『七都市』についての【設定資料集】が、既に公開されております。
興味がありましたら、目次より<資料集Ⅰ:シャラン王国について>をご覧ください。