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ハルのメトリア 〜英雄の子、ふたたび英雄となる?  作者: 那珂乃
vol.3「少年隊結成」編

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op.25 遅れる魔境②

 ナギサだけでなく、ムンクも時計の針は秒単位で気にする性分だったらしい。しかしそんな几帳面な二人の時計は、わずかであるがズレを生じさせていた。


「時間が狂う……? ま、まじで? たまたまなんじゃ──」

「いや、時間だけじゃない」


 ジュンが顔を引き攣らせて現実逃避しようとしたのを、エージが『探知器(チューナー)』片手にすかさず逃避を阻んだ。

 空中のメトリア濃度を計測するための機械であるはずの小さな箱が、針を右へ左へと振り子みたいにぶん回すばかりで、まるで役割をまっとうできていない。


探知器(チューナー)の調子も狂っている。この洞窟……なにか変だぞ」


 すかさず、何人かが武器を構えた。

 ジュンが腰から引き抜いたのは棍棒だ。先端から持ち手までずっと細く、ダイヤの銛よりも長い。

 サラが虎柄のミニスカートから畳んであった紐らしきものを携えれば、自身のランプに灯していた『炎』へ紐を付ける。ジュ、と紐が焼ける音がしたかと思えば、まもなく紐全体に『炎』が行き渡った。彼女の武器はさながら炎のムチといったところだろうか。

 ハルとムンクもそれぞれの武器に手を伸ばした。


「おいおい、なんのための探知器(チューナー)っすか……」

 ジュンは苦笑しながら、

「俺の見立てじゃ、魔獣が接近している確率は五分五分ってとこですかねぃ」

「五十パーどころかほぼ百だぞ」

 まだふざけた口振りを崩さないのに対して、ナギサは真剣だ。


「一同、警戒! 道具に頼れない以上、自分たちの()()で魔獣の気配を感知するしかない」

「……五感……」


 その発言に眉をひそめたのはムンクだ。

 五感もなにも、聴覚はすでに遅れを生じさせているのだ。もしこの空間がなんらかの歪みを見せているのであれば、きっと狂っているのは音だけではない。

 視覚でさえ遅れている可能性は少なくない──



「──マッキーナ」


 ハルの澄んだ声に、暗闇が小さく呼応する。


「ランプ貸して。やっぱり、明かりはちゃんと点けよう?」

「……は……」

「魔獣の気配なんて僕にはちっともわかんないよ……みんなの顔も全然見えないし。ほとんど何も見えてない中で探すより、しっかり見える中で探した方が良い、と、思うんデスケド……」

「……それ、魔獣にあたしたちの居場所を教えているようなものだけど?」


 提案に苦言を呈しながらも、マッキーナはすでに心中で答えを見つけていた。

 ランプを最小限の照度にとどめていたのは魔獣に見つからないようにするためだが、そもそも魔獣とは遭遇する前提の任務である。魔境の内部が異常をきたしていると分かった以上、わざわざ視界に制限を設けたところで逆効果だろうとマッキーナは判断した。

 なにより、ハルの言う通り、自分たちはメンバーのほとんどが経験浅きビギナーだ。


(何事もクリアーにしておくべき、か)


 マッキーナがハルの顔元までランプを寄せれば、ハルは星剣(せいけん)アストロの先端を『炎』に近づける。





 ハルが宿した『星のメトリア』は、性質が光の『集約』である以上、そもそも光などない暗闇の中で光を集めることは叶わない。これは『星』が持つ数少ない弱点かもしれない。

 しかし、今のハルは一人じゃない。『星』が有する性質もひとつじゃないことは、ハル自身が証明した。光の代わりに集めるのは、仲間のメトリア──今回は、マッキーナが辺りを燃やしている『炎のメトリア』だった。


(────【星繋ぎ(アステリズム)】)


 剣身に『炎』が行き渡れば、アストロは炎の剣と化す。

 他者のメトリアを吸収するという、この魔境よりも特異な光景を初めて目撃したチーム道化師(ジョーカー)の面々が声も上げられずに驚いている中で、


「じゃ、じゃあ点けるよ……!」


 宣言しては、一閃する。


「【僕の一番星(アステリスク)】」


 ハルを中心に描かれるは、炎の(はな)

 光ではなく炎によって、彼らの視界は一気に開ける。それまで視認できていなかったメンバーたちの顔も、洞窟の岩張った壁も鮮明に見えた。

 もちろん、永続的に視界が開けるわけじゃない。辺り一帯を見渡していれば、数秒のうちに再び暗闇が戻ってきてしまう。



 その数秒で、十分だったのだ。

 ハルの判断も決して間違えてはいなかった。もっとも、知らぬが仏、とはこのことだろうが。

 壁も、天井も、濡れた地面でさえも。

 サントラ少年隊とチーム道化師(ジョーカー)を、いつのまにか()()()()()()()()()()()()()ことを知るには十分すぎる数秒間であった。





「っひ──」


 マッキーナとサラの女性陣が思わず絶叫しそうになったのを、ムンクとエージが、それぞれ彼女らの口を塞ぐことで阻止する。

 バタバタ、と何羽かが壁から飛び立ち、自分たちの脇を通り抜けていったのを肌で感じながら、


「落ち着け。魔獣(ヤツ)じゃない」

「むっ、ムンク……」

「コウモリだ。あれが魔獣(ヤツ)であればとっくに攻撃を受けている」


 ただし、魔境に普通の動物が生息することなど普通であればあり得ない。

 考えられるのはやはり魔境そのものの異常か、あるいは。


「魔獣に飼われているのかもしれないな」

「飼う?」

「今の連中の並びを見たかよ」


 ナギサが放った次の分析に、一同は震え上がる。


「道理でなかなか奥まで進めなかったわけだ。連中、俺らの行手を阻むみたいにびっしり並んで道を塞いでやがる」

「え、それって……」

「間違いない。あの奥にいるぞ──魔境イロハの番人が」


 ハルの背筋が凍りつく。

 魔獣の居場所に見当はついた。しかし、意図して道塞ぐコウモリの群れを、いったいどうやって押し退ければ良いのだろうか?

 緊張が走り抜ける洞窟で、真っ先に軽快な声を上げたのは。



「んじゃ、通るっきゃねえな?」


 ハルの肩に手を置くダイヤ。今度は、ほっぺたに指を準備するようなふざけた真似はしなかった。


「行くぜハル!」

「へっ?」

「ウィルのおっちゃんから教わったろ? 俺たちの連携プレー、絆を見せる時が来たってわけよ」

「……あ、ああ! うん」

「おま、そのリアクション、さては忘れてたな? 忘却の彼方だったな?」


 数秒はきょとんとしていたハルが、思い出したように頷いたのをダイヤは呆れ顔で見返す。

 マッキーナやムンクも怪訝そうにしている中で、幼なじみのハルとダイヤが繰り出す連携プレーとはいかに……?

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