op.21 死神局(デステーション)②
偶然居合わせたチーム道化師の面々に案内され、サントラ少年隊は目的のギルド死神局に到着する。
連なる黒い壁、黒いレンガ。
ギルドマスター・楓の風貌と同じように、住宅街のはずれで静かに佇んだ建物は、すべてが漆黒の様相を呈していた。
そして、正門に寄りかかり、両腕を組んで彼らを待ち構えていた少年がいる。
「──あれ? 昼飯は?」
チーム道化師を視界に捉えれば、その少年は見るからに手ぶらだった三人に眉をひそめた。
ジュンが『♠︎』、エージが『♣︎』、サラが『❤︎』のバッジをそれぞれ服に身に付けているように、少年もまたズボンの左腿あたりに『♦︎』のバッジを貼っている。
そのバッジを一眼見れば、この少年もチーム道化師のメンバーであることは明白であった。
「あ、いっけね……」
少年の問いで初めて思い出したかのように、ジュンがしまったと口を大きく開けては頭を指でかきむしる。
「メンゴメンゴ。すっかり忘れてたわ」
「はあ? お前らの頭は鳥以下か? 三人も大人が雁首揃えて、なんのために外へ出ていったんだ?」
明らかに自身より年上であろう三人へ、少年は辛辣な言葉でまくしたてる。
少年は見たところハルたちとかなり年頃が近いようだったが、短髪をワックスで軽く左右に固めてあったり、ハルのパーカーほどでなくとも色合い鮮やかでカジュアルな服装からは、彼の生まれながらの都会っ子が滲み出ているようだ。
「で? 誰だそいつら」
「おう、ナギサ。誰だと思う? いったい誰でしょうか? 当ててみ? 推理してみ? このリーダー様の見立てじゃあ、正答率は十パーセント未満──」
「サントラ少年隊だろ?」
即答だった。
ジュンのおちゃらけにかまっている暇などないと言わんばかりの即答だった。
「はあ……悪いね。こいつら大人だけど、見ての通りとびきりの馬鹿なんだよ」
ナギサと呼ばれた少年が、両腕を解くなり顎で正門の先にある玄関を指し示す。
「入りなよ。この馬鹿三人組のせいで、ミーティング中に食べる飯は心許ないかもだけど」
「……構わないさ。お招き感謝するよチーム道化師」
ナギサからの招待に真っ先に応じたのはウィルだった。
普段から旅先では荷物を持ち歩かない主義のウィルが、今日は珍しく大きめの風呂敷包みを片手にぶら下げていて、
「実は私たちも、酒場でこしらえてもらった惣菜を持ち込んできたんだ。君たちとゆっくり談笑する機会があると聞き及んでいたものでね」
そう言ってやれば小さく肩をすくめたナギサが、そのまま玄関へと進み始める。
小生意気な少年に、他のメンバーの大人たちが顔を見合わせあっている間にも、サントラ少年隊は初めてギルド死神局の門を潜ったのだった。
⁂
合同任務を行うサントラ少年隊とチーム道化師の顔合わせ場所として、マスター・楓が指定したのはギルド構内にある食堂だった。
食堂とは言っても、専属のシェフを雇っているわけではない。社員寮で暮らす者たちが、必要に応じて適宜自主的にキッチンを利用するだけの部屋らしい。代わりに空間はだだっ広く、長テーブルや椅子はサントラの酒場とは比べものにならないほど多く用意されていた。
壁一面に大きな窓があり、ボール遊びができるくらいの庭の景色を食堂から眺めることができる。
「飯買い忘れたんなら、余り物の食材でなんか作れよサラ」
「え〜、今からあ? めんどくさいっ☆」
「……自分の不手際を自分で始末つけられない無能が……」
「ナギサ……いくら同じメンバーだからって、大人に向かって失礼だぞ?」
リーダーのジュンと紅一点のサラが悪ノリして、最年少のナギサが毒吐いているのをエージが窘める。
まだ出会ってわずかだったが、チーム道化師の関係性はハルにも大方掴めてきた。なんやかんや悪い人たちじゃなさそうだなと安堵していた、そのときだ。
「──……!」
ぴたり、と。
食堂で席に案内されている中、ふいに動きを止めたのはムンクだ。
ムンクはハルやダイヤがなにか言葉を投げかけるよりも早く、己が感じた悪寒の正体を知ろうと振り返った。
「…………」
振り返った席の、壁には男が立っていた。
サントラ少年隊やチーム道化師の誰よりも長身で、黒髪は綺麗に切り揃えられており、両耳に銀色のリングピアス、黒い無地のインナーシャツに紺のジーンズと全身の色合いが暗い男だった。
目尻にはアイラインが引かれているものの、ただ立っているだけでは大して見栄えがしない男だった。しかも昼時だからか、食堂は他の社員たちでそれなりに賑わっている。
それでも、ムンクは壁に寄りかかったあの男が、ひどく不気味な存在に感じ取れたのだ。
⁂
「──あ、ダニエルさん。うぃーす」
その男の存在に気がついたジュンが片手を上げれば、男は一切身じろぐことなく声だけで返事する。
「……おう」
「Bコンビは今日は任務ないんスか? あ〜、もしかして俺たちの仕事に混ざれってマスターに言われてます?」
「誰がてめえら三流の仕事に混ざるかよ? ぼけ!」
ダニエルの代わりに答えたのは、どこからか歩み寄ってきた女だった。
女もダニエルと示し合わせたかのように赤いアイラインを引いていて、唇にぶら下げたリングピアスは銀ではなく金色だ。
「俺たちはマスターのみ〜ぎ〜うで〜、なんでな。どこぞの馬の骨かもわかんねー連中が、マスターに悪さしねえか見張りにきただけだぜ、ぎゃっはは!」
女──ロディはそう言って、サントラ少年隊に鋭い眼光を向ける。
横柄な態度と明らかに怖そうなビジュアルをしたロディに、マッキーナは内心でのみ「あんたらこそ悪さしそうな面してるわよ」と毒づいた。
そうこうしていれば、ようやく、サントラ少年隊が見知った顔が食堂に現れる。
「やあ、サントラ少年隊の皆さん。ようこそあたしのギルドへ」
楓は相変わらず風変わりな黒い着物を纏っていて、片手には今回の合同任務の資料らしき茶封筒を携えている。
その傍では、楓と一緒に歩いてきた幼い男の子の姿もあった。
全身を黒で覆うようなパーカー、そのフードを深々とかぶっているために顔はまったく伺えない。黒の半ズボンに黒のスニーカーと、この場にいる誰よりも楓よりも黒い容貌だ。両手には長方形の箱を握りこんでいて、時折ピコンピコンと機械音が小さく鳴っている。
「やあ、楓お嬢。随分と愉快な面々を取り揃えたギルドのようだね」
「あっはははは! そうかい? お褒めに預かり光栄だよ」
ウィルがそう返事してやれば、楓はなぜか照れたように笑って、
「んじゃまあ、さっそく始めようか。別に、打ち合わせなんて大仰なものじゃなくて良い。遠方から遥々ダンテまで来て、お前さんたちも腹減っただろう? ご飯にしようじゃないか」
買い出しには行ってきたんだろう? と、楓がジュンに目配せする。
その視線から目を逸らし、一向に応じようとしないジュンの態度から察したのか、楓は少しだけ目を丸くしては「……しょうがない奴だねえ」と落胆の声を漏らしたのだった。
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