op.20 死神局(デステーション)①
予定の18時を大幅に過ぎていますが、どうか勘弁してください。(笑)
いつもたくさん読んでくださりありがとうございます!
サントラ少年隊が訪れた『文化都市』ダンテは、想像していたよりも更に上回る次元で、人や建物が荒れていた。
そして荒れた町並みであれば、よそ者たる彼らに前ぶりなく声を掛けてくる輩も相応に荒れているものである。
「よぉ〜こそ、旅人の皆さん!」
商店街大通りでおもむろに近寄っては、ウィルの肩に馴れ馴れしく手を置いてくる青年がいた。Tシャツの片側だけ肩をはみ出させていたり、前髪の切りそろえ方が左右非対称なのは、おそらく独自のセンスだろう。
しかも少年隊に近寄ってきたのは一人ではない。三人だ。
左脇には、青年よりも背高で頭を丸刈りにした男。右脇には、くるくるにパーマを巻いた茶髪を指でいじる虎柄のミニスカートを履いた女。
「さっき、駅から出てきましたよね〜ぇ? ダンテは初めてですか? よかったら、俺が町の案内人を務めましょうかぁ〜?」
わずかに語尾をだらしなく上げる青年に、両脇の連れが茶化すような口振りで。
「なにスカしてんだよジュン? 自分だってダンテは出稼ぎ勢のくせに!」
「あっははは、エージひっど〜い☆ でもお、このおじさん結構ハンサムじゃない? 火傷が影ある感じ出てて良くない? サラ、惚れちゃったかも〜☆」
──……な、なんだこの人たちは…………。
いきなり話しかけては内輪で勝手に盛り上がる、若者三人組にハルは冷や汗をかく。
「いやいやっ、俺けっこー詳しいよ? 町で一番かわいい店員がいるレストラン知ってるから。その店員が働いてる時間帯とか知ってるから」
連れにジュンと呼ばれた青年、その軽薄な笑い方はハルには少し既視感があった。たぶん、あいつだ。はるか昔に電車で出会った、金メッキのカツアゲ男だ。
一方で沈黙を貫くマッキーナは、三人組の格好を冷ややかな視線で見据えながら、
(ウィンリィ・ドーラを認識できない時点で、教養の程度が知れるわね……)
などと値踏みする。
曲がりなりにもシャラン王国民であれば、青い髪の人間は大概がドーラであると知っていて然るべきだというのが、マッキーナが持ちうる常識らしい。もっとも、その常識は田舎者のハルやダイヤには適用外だったようだが。
「……君たち」
ウィルは自身の素性を知らない三人組へようやく言葉を返す。
もとより身分に頓着しないウィルが気に留めたのは、彼らの教養不足ではなかった。肩であったり、腰であったり。服に縫い付けられているのか、あるいは貼り付けてあるのか。三人ともまるで異なる格好をしていながら、共通したデザインのバッジが服には付いていたのだ。
それは、つい先程までサントラ少年隊が興じていたトランプカードで見慣れた形だった。
良く言えば気さく、悪く言えばチャラい青年・ジュンには『♠︎』が。
それを嗜める丸刈り男・エージには『♣︎』が。
ケラケラと笑うパーマ女・サラには『❤︎』が。
「案内してもらえるかね? ギルド『死神局』の本部へ」
「うえぇっ?」
それらのバッジを見付けたウィルが声を投げれば、ジュンの呆気に取られた反応が返ってくる。
次にウィルが言葉を続ければ──
「我々は『サントラ少年隊』という者なんだが……──」
「うえぇっ!? まじっすか!?」
──少年隊一同はまもなく知ることになる。
この何気なく声をかけてきた三人組こそ、今から共に任務をこなすギルド『死神局』が実力派社員の集まり、チーム『道化師』であったことに。
⁂
今更だが。
ダンテに到着する間際、車内でハルがウィルに質問したことがある。
「ギルドって、なに?」
「そうだな……一言で言えば、同志の集まりといったところか」
「はん、同志ねえ」
ウィルの回答に鼻を鳴らしたのはマッキーナだった。彼女もウィルの日課に便乗してか、ウィルが普段から持ち歩いている紙コップの一枚をもらって自分でコーヒーを飲んでいる。ただし、豆は違う銘柄だ。
「普通に会社を名乗れば良いのに。志なんて大層なものじゃなくて利害の一致、お金を稼ぐための集まりでしょう?」
「金稼ぎを志と呼ばずして他になんと呼ぶのかね? 大事なことじゃないか。同じ仕事に取り組むという点において、我々少年隊と何ら変わりはない」
「僕たち、違うチームと一緒に仕事行くんだよね? そんなにたくさん人がいるってこと? 出来立てのギルドって聞いたけど……」
「そういうことだな。確か五十人前後で構成されていると私も聞き及んだ。ああ、それに……」
少し間を空けたウィルが、コーヒーを一口啜ってから、再び流暢に語りはじめる。
「もとより最近は、ギルドの新設が王国の間でちょっとした流行りなんだ。ギルドという単語自体が『組合』という意味を持つが、人同士でギルドを組むだけでなく、ギルド同士での交流も盛んに行われるようになった」
「……既存の組織に属することを前提にしない、ということか」
「その通りだムンク。もはやギルドそのものが一種の業界と化しているんだよ」
大陸戦争が終戦するまでシャラン王国では、王宮やエレメント協会が管轄する組織が、経済の大半を牛耳る社会こそ当たり前だった。
しかし近年ではギルドの設立など、自ら新たな産業を生み出し経済を積極的に回していこうとする動きが活発に見られるようになり、王宮もその動きを公に認めたことで、特にギルド業界とやらが急速に成長しているらしい。
「ギルド業界の主戦場は『商業都市』ヴァーチェだが、なんたって激戦区だからな。人も金もよく動く。だからこそ逆に、楓お嬢の『文化都市』を拠点に置くという判断もあながち間違っていないんじゃなかろうか?」
現にダンテは、新興もはなはだしいサントラ少年隊に共同任務を持ちかけてきたのだ。他にめぼしいギルドが周りに存在していないことの証明だろう。
この話を聞いたハルは、理解したような理解していないような、大人になると難しい話がいっぱいだななんて月並みな感想を抱いたものである。
⁂
──というわけで。
「いいい、いや〜ぁ、まさかあなた様がサントラ少年隊総監督ウィンリィ・ドーラ王子だったとはっ!」
偶然にもチーム道化師と出会ったサントラ少年隊一同は、そんな志大きいであろう社会人が一人、ジュンが態度を一変させている現場を間近で拝むこととなる。
「たいへん失礼しましたっ。いやね、マスターからは王子がいらっしゃったら丁重におもてなしするよう言われてたんですけどね? どうにも自分は田舎者でして〜、どなたが王子なのか把握してなくてですねぇ、へっへへ……あ、コートお持ちしましょうか?」
到着したギルド死神局の正門で、あからさまに腰を低くしているジュンを両脇のサラやエージが呆れ顔で見ながら囁き合う。
「ジュンってばさぁ☆ 確かギルドに来る前は、王国軍にいたんじゃなかった〜?」
「いいやサラ、軍隊は一瞬だぞ。ちょっと訓練に参加しただけでへばって逃げ出したらしい」
「あっちゃあ☆ さすがあたしたちのリーダー、だっさいわ〜☆」
なにより、軍隊で司令官をしていた時期すらあるウィルを、顔を見ただけで判別できない時点でどう考えてもニワカである。
相手によって態度を変え、へこへこと頭を下げながら媚びへつらう残念なリーダーと、それを揶揄するメンバーたちの背中を見ながら、少年隊一同はなんとも形容し難い表情で。
──う〜ん。こういう大人にはなりたくないなあ。
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