op.19 文化都市ダンテ
メトリア産業と鉄道が発達したシャラン王国では、国民の大半が都市間の移動手段として『電車』を選択する。
電車は火力でも風力でも水力でもなく、どうやら『電気』と呼ばれるメトリアによって動いているとのことだが……真偽はさておき、もっとも早く確実に目的地へ辿り着く交通手段であることは間違いなかった。
その上、特に『七都市』の駅は人の出入りを管理するための関所としても機能を果たしている──
「入場手続きできていない? そんな馬鹿な!」
──機能を果たしているはずのダンテ駅にて。
車両から降りるなり、ウィルは駅に隣接する管理者の家で早々に揉めていた。『文化都市』ダンテの管理者を名乗る老人は、サントラの長老よりもいっそう老け込んだ皺くちゃの頬をぽりぽりかきながら、ウィルと話している間も片手でポテトチップスらしき菓子を摘んでいる。
「サントラの町長から書類が届いているだろう? 三日前に郵送したと彼は言っていたぞ」
「ああ〜……そんなもん……あったかねえ〜……」
シャラン国民といえども、なんの理由もなく自由に町を行き来することはできない。特に『七都市』の管理は厳しく、都市へ立ち入る前にあらかじめ自身が在住する町の管理機関に入場手続きをしてもらわなければいけないのだ。
しかし、お役所仕事にさほど詳しくない少年少女たちから見ても、少なくとも手続きの不備はサントラ側の町長の落ち度ではなさそうだと判断できた。老人が古びたデスクチェアに腰掛けている、その目前の机では山積みとなった書類が乱雑に散らばっているのだから。
もっとも、ノウドにしたって書斎周りはお世辞にも綺麗とは言い難いが、仮にも長老から管理者として雇われている以上、その責務は真面目にまっとうしている。
「早急にサントラへ連絡を取ってくれたまえ。この建物であれば『電話』があるだろう?」
「いや〜……最近タチ悪い町の連中に壊されてなあ〜……」
「なんだって?」
「まあ〜……別に良いよ」
明らかに焦燥も緊張も感じ取れない間延びいた話し方で、
「あんた〜……王子だろ。通って良いよお、別に〜……ダンテ、勝手に入られて困るようなもん無いしなあ〜……」
ダンテの管理者の老人は、普通にサントラ少年隊の入場を許したのだった。
これでは入場券の意味なんかまったく無いじゃないか、とハルも呆れ返る。ノウドが町長としてやってくる前の、ハモンドの仕事よりも引けを取らない怠慢さだ。
「あれ……協会本部の人間じゃないわね」
駅から少し遠ざかったあたりで、マッキーナがつぶやく。
「へ? 協会?」
「王宮が指定したダンテの管理機関はエレメント協会よ。『結界』の管理もする都合上、ここへは本部の人間が常駐していなきゃ話にならない。でもあのじいさん、そもそも術士ですら無いんじゃない?」
「それって、えっと……」
「下請けでしょうね。サントラの町長と立場的には似たようなものよ」
ただしあくまでも、立場が似ているだけである。ノウドはそもそも協会に属しているから、下請けだろうが派遣されていようがきちんと管理者としての仕事ができる。
ハルは愕然とした……ここ『七都市』だよね? 憧れの都会じゃないのか? ずさんにも限度があるのでは?
そして、どうも雲行き怪しいのは町の管理形態だけではないようだ。
⁂
昼時ということもあって、住民たちの活動もかなりさかんだ。はしゃぎながら脇を通りすがっていく子どもたち、商店街や住宅の道端でたむろする若い男女……。
どんな町も、住民たちには特色というものがある。観察していれば気がつくことだ。『魔法都市』では総じて黒い格好をしていて、『工業都市』では屈強な肉体を持つ男が散見された。
うっかりファッションを間違おうものなら、すぐに町並みから浮いた存在となってしまう。しかし、あらかじめ町の様子を知るウィルから聞き及んでいたハルは、自身が愛用するファッションブランドRe:birthの派手色パーカーを、躊躇うことなく着てくることができたのだ。
「なんていうか……えっと……」
「ガラ悪い兄ちゃん姉ちゃん多いな〜」
ハルの感想を代弁したのはダイヤだ。
アレグロでは散々な目にあった、Re:birthの赤色黄色緑色が、ここでは浮かないどころか下手打てば霞むレベルである。どうやらダンテの住民たちは、全体的に年齢層が若く、ハルと同じ感性を持った前衛的で奇抜なファッションを好む者が珍しくないらしい。
「良いじゃねーか! ハル、お前ここ住んだら?」
じゃらじゃらとアクセサリーをぶらさげた男が通り過ぎたのを横目に、背中をバンと叩いてくるダイヤを、ハルは苦々しい表情で見返した。
ダイヤにはおそらく悪気がない。ダンテの人々であれば、日頃から馬鹿にされているハルのセンスを受け入れてくれる、むしろ、ハルの同類が多く住んでいるとダイヤは言いたいのだ。
だがハルは強めに主張したい──この町、ちょっっっと怖いかも。
(ガラ悪いっていうか、ふつーに治安悪そう!?)
ライブハウスがあるコーラルだって、こんなに変な雰囲気じゃなかったけど!?
そういえば、ムンクも『七都市』にしては物価が安いとか証言していたっけ。なるほど、安さには必ず理由があるわけか。
「特に最近は、よその町から移ってきた人間が急激に数を増やしていると聞く。なんなら楓お嬢もその一人だろう?」
「『七都市』って……王国の中でも都会ですごい町だから『七都市』なんじゃなかったの? 誰が決めてるんだっけ? ここを今日から七都市にしま〜すって……」
──私の国王だが?
とは直接答えなかったウィルである。代わりに返した言葉はこうだ。
「そもそも、人で多く賑わっているから『七都市』に制定しているわけではないのだよ」
「そうなの?」
「王国の主要都市ということは、つまりこの町が、王国における何らかの重要な役割を担っているということなんだ」
「……役割ねえ」
ウィルの言葉に浅い息を吐いたのはマッキーナである。
そしてツインテールの茶髪をかき分けながら、捨てるように冷たい言葉を地面へ置いたのだ。
「この町の役割なんて、見たまんまじゃない。──吹き溜まり、でしょう」
「へ……」
「これを『文化都市』だなんてご大層な名前付けちゃって、国王もなかなか良い趣味しているわ」
マッキーナにとっては皮肉そのものな台詞だったが、その意味を計りかねたハルは首をかしげた。
ウィルはわずかに微笑むだけで、他に何も言わなかった。
ダイヤは「ふきだまりってなんだ? 水たまり? 雨降んのか?」と相変わらず呑気に笑っていた。
ムンクは、表情は変えないままでわずかに目を地に伏せた。
──さて。
そんな吹き溜まりの町で、サントラ少年隊が目指すはギルド『死神局』の本拠地である。
ギルドで待ち受けていたのは、吹き溜まりの中でもさらに際立ってイカれた輩であることを、彼らはまだ知る由もない。
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