op.17 死神たちの晩餐
【前話までの主な登場人物】
ハル:金髪碧眼の少年。『サントラ少年隊』のリーダー。
ウィル:くすんだ藍色の髪と瞳を持つ中年の男。自称『指導者』。
皐月:亜麻色の髪と桜色の瞳の少女。ハルと同じ家で暮らす。
ダイヤ:逆立った黒髪と黒い瞳の少年。『サントラ少年隊』のメンバー。
マッキーナ:癖っ毛茶髪と茜色の瞳の少女。『サントラ少年隊』のメンバー。
ムンク:ぱっつん頭と黒い瞳の少年。『サントラ少年隊』のメンバー。
胡蝶楓:ギルド『死神局』のマスターを務める女性。
『文化都市』ダンテ。
夜を待ち望む太陽が空も地面も赤く染め上げつつある頃、駅で停車した車両から、ひとつの黒い影がゆらりと着地する。
ダンテの住人にしてサントラ少年隊の新たな依頼人、楓の帰還だ。
「おかえり〜、ママ」
楓の帰りを待ち構えていた別の黒い影がある。
幼い男の子を感じさせる声色だが、全身を黒で覆うようなパーカー、そのフードを深々とかぶっているために顔はすっかり見えなくなっている。黒の半ズボンに黒のスニーカーと、夜が来れば存在ごと闇に溶けてしまいそうな容貌だ。
その両手には長方形の箱を握りこんでいて、時折ピコンピコンと機械音が小さく鳴っている。箱の表面にはいくつも丸やら四角やらのボタンが付いており、押せば控えめに凹んでは離せば元に戻る仕様となっていた。男の子がこれらのボタンを使って、箱の中でなんらかの操作をしているのだろう。
「ただいま、奏。悪かったね、遅くなっちゃって」
「ママが時間にルーズなのは慣れっこだよ〜。時間ってゆ〜か、日付単位でスケジュールずれたりするもんね〜」
「はっはは!」
楓は豪快に笑い返し、フード越しに男の子の頭をぽんぽん叩く。
そして自身をママと呼び慕う、奏と横並びでダンテの町並みを歩き始めた。
ダンテは『七都市』でありながら大陸東部のほうに位置しており、精霊都市に次いで王都から遠く離れた町だ。都市と呼ぶ割には人口もさほど多くなく、日が沈む頃には人通りがまばらとなっている。
あたかも楓と奏のふたりきりしかいないような、閑散とした商店街大通りを進めば、やがて住宅や店のような建物も減っていき、ついにはぽつんと、人気のない通りに一軒の建物が見えるのみとなった。
もっとも、その唯一の建物はいくつもの棟が連なっていて、楓が外から窓を眺めていれば、明かりが見えると同時に人の話し声もうっすらと聞こえてくるのだ。
連なる黒い壁、黒いレンガ。
すべての棟と繋がっているであろう正門には、銀色の大きな看板が掲げられていた。
その名も──ギルド『死神局』、と。
⁂
死神、という存在はシャラン王国では一切語られることがない。
神秘が生をもたらすことこそあれど、逆に死を司ることなどあり得ないとされているからだ。
一方で楓の出身である『極東の島国』では、神秘として語られたり、あるいは『魔神』マーラがごとき災厄の存在と呼ばれるよりも、ややガラの悪いおとぎ話に出てくるアヴァンギャルドなシンボル、ある種のファッションでしばしば口に出す程度のワードだ。
ギルドの名前を死神としたのも、マスターである楓曰く──なんとなくカッコいいから、である。
「ヤー、マスター。相っ変わらず遅っせーナア?」
門をくぐり建物に入り、廊下をしばらく進めば見るからに開けた空間がある。
社員たちの憩いの場となっている大ロビーでは、乱雑に机や椅子が並べられていて、そこに座ったり立ったりしながら社員たちが談笑していた。
若い男女がほとんどで、彼らは皆が、楓や奏と同じように黒一色で全身を包んでいる。
「ようBコンビ。あたしの留守はお利口さんにしてたかい?」
「ギャッハハハ! マスターさんよ、このオレがお利口さんなワケねーダロ!?」
楓の帰還を見つけるなり軽快な声をかけてきたのは、下唇に金色のリングピアスをした若い女だ。雑に切られた黒のボブカット、胸元にサラシを巻いて革のショートパンツを履き、くびれた腰や太ももの肌色が大きく露出している。
女のすぐ脇では、ラム肉ジャーキーが入った小袋を持った若い男が、壁に寄り掛かるようにして佇んでいる。男のほうは黒髪が綺麗に切り揃えられていて、両耳に銀色のリングピアス、黒い無地のインナーシャツに紺のジーンズとやはり全身の色合いが暗い。
そして女のほうも男のほうも、示し合わせたかのようにまったく同じ赤いアイラインを引いていた。いや、確かに示し合わせているのだ。
なにせ彼らは──Bコンビ。
女のほうがロディ=Bで、男のほうがダニエル=B。
常に二人で行動し任務にあたっている、ギルドの稼ぎ頭にして楓の右腕的存在なのだ。
「そうかい、馬鹿やってるかいロディ。別に構いやしないさ、きっちり仕事してるんならね」
そんなBコンビを一瞥し、楓は口角を歪ませる。
「ロディと……ついでに他のお馬鹿さんたちの面倒見んのはダニーの仕事さ。躾はちゃんとできたかい?」
「……問題無え」
ダニーと愛称で呼ばれたダニエルが細切りにされたジャーキーを齧りながら、
「今日も夜は来た。……問題は無えが、オレが面倒見れンのはロディだけだ」
げらげら笑い飛ばしながら軽薄で豪快で大声なロディに対して、ダニエルは終始一貫して声が低く、小さく、わずかにくぐもっているため聞き取りづらいのが難点だ。
「あっそう? ま〜、んなこと言っちゃってもダニーは真面目くんだからねえ。あたし分かってるよ? ちゃんと仕事してくれてるって」
「……世辞は良い。次の仕事を寄越せ」
楓にウィンクされても、ダニエルの表情はずっと変わらず無愛想だ。
そんな態度を気に止めることもなく、楓は賑わうロビーの中で彼らに次の任務について言い聞かせる。
「大仕事だ。三日後に大仕事が舞い込んできた。サントラでチーム組んでる連中との合同任務だよ」
「サントラぁ?」
「最近できたガキばっかのチームさ。『サントラ少年隊』っつってね? これでも、この王国の王子様が一枚噛んでる連中さ」
「知らねえ〜! ギャハハ! ド田舎、ガキんちょ、王子様! マスターさんよお、まあたヘンテコで、イロモノなやつとツルもうってか!?」
馬鹿にした下品な笑みを続けるロディ。ダニエルからジャーキーの入った袋を奪い取り、中身をわし掴みしたかと思えば出てきた何本ものジャーキーを一口に頬張った。
その様子を咎めることもなく、ダニエルは楓に聞き返す。
「……王子? 誰だ?」
「ウィルの旦那さ。ええと、なんだっけ、本名とかあったっけ? んー、た〜しか……王様の長男とかじゃなかったかい?」
「長男……ウィンリィ・ドーラか」
数秒思案したダニエルが、気怠そうに首をパキポキと鳴らしてから。
「パスだ。王子はオレの仕事じゃねえ」
表情こそ変わらなかったが、彼との付き合いがさほど短くない楓には、それが不機嫌を表す顔であることはすぐに見分けることができた。
半ば予想できていた反応に眉を下げつつ、
「まあそう言いなさんな。心配しなくても、お前さんらに直接相手してくれとは頼まないよ」
楓は告げた。
「今回の合同任務は──チーム『道化師』に任せるからね」
⁂
チーム『道化師』。
それは文字通り、サントラ少年隊と同様にチーム単位で行動している、楓が誇るギルドの実力派社員たちだ。
……おそらく実力派。たぶん。きっと。
「え〜? 『道化師』にやらせるの〜?」
不安の声を漏らしたのはBコンビではなく、ここまでまるで箱の操作を止める気配がない奏だった。
「あの人たちでだいじょ〜ぶ? ふつ〜にBコンビ連れていきなよ〜」
「相手さんもチームでうち来るってんだから、こっちもチームで対抗しなきゃだろ? それに、相手さんはガキばっかりなんだ。ぶっちゃけ、Bコンビの辛気臭い顔と派手な格好をしょっぱなから見せらんねえよ?」
「あはは〜確かに! どっちもガラ悪くて怖〜い大人代表だもんね〜!」
面と向かって失礼極まりない言葉を並べ立てる楓と奏に、しかしBコンビは対して嫌そうな素振りを見せることはなく。
ロビーで漆黒の死神たちが話し込んでいる間に、空間のみならず外の景色も完全に黒と化したのだった。
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