op.16 ウィルの陣形指南
新しい依頼人・楓が席を外せば、その日のうちにサントラ少年隊の作戦会議は繰り広げられることとなった。
少年隊が結成されてからというものの、お昼どきはほぼ必ずと言っていいほどムンクが手料理を振る舞ってくれる。他にまかない作れるメンバーはいないのか?
「……お残しは許しまへんで」
妙に訛ったセリフとともにムンクが出してきたのは、ふわっとトロトロなオムレツだ。こんなに美味しそうなオムレツ残すわけないじゃん! と思ってハルがテーブルを見渡せば、ただ一人、ウィルがあからさまに作り笑いを浮かべている。
ああ、分かった。このオムレツ、先生が前に残したピーマンが混ざってる。
「許しまへんで」
念を押すように、同じ台詞をほぼウィル宛てで発するムンク。
嫌いな食材を代わりに食べてくれるマッキーナと違い、ムンクは好き嫌い絶対許さないマンだったらしい。グッジョブだ、ムンクシェフ。
「……さて、文化都市へ向かうのは三日後だ」
ウィルは小さく肩をすくめながら、
「急を要する状況だからな。悠長に準備できるような時間的猶予はあまりないが……私は取り急ぎ、お前たちにやってもらいたいことがある」
テーブルを取り囲む少年少女を見渡した。
「正確には、まだ済ませていなかったことを今から始めるだけの話だがね」
「ふうん。なにするの?」
「先日の任務『聖地開発区域』探索──その反省会だよ」
反省会。
空飛ぶ魚の大群。全身ずぶ濡れ、ぬめっとした嫌な感触。今やハルと皐月の家で面倒見ることとなった、あのおっさん顔を思い出せば、自ずと一同の表情は暗くなる。
あからさまな反応をしてくる少年少女に苦笑しながら、ウィルは反省会の趣旨、具体的に何を反省するべきだったのかを端的に告げた。マッキーナが残した、任務の報告書を片手に。
「サントラ少年隊諸君。お前たち、陣形を知っているかね?」
⁂
ウィル──本名、ウィンリィ・ドーラ。
彼はシャラン王国の王子であると同時に、かつて勃発していた大陸戦争においては、軍の司令官として多大な功績を上げた人物で知られている。
かの英雄と戦場を共にした日も少なくない。英雄が国王ならびに国民から大きく期待されていたように、彼は盟友として英雄から全幅の信頼を置かれていたとか。
──そんなウィルの世論を、サントラ少年隊の面々がどれほど認識しているかはさておき。
「しっかしお前たち。報告書も任務帰りの様子も、随分とひどい有様だったなあ?」
にやにやと、非難するというよりかは小馬鹿にしたような軽い口調で。
「百点満点の一点を明け渡すのも惜しいくらいだよ。部隊だぞ? 集団だぞ? なんのためにチームを組ませていると思っているのかね?」
「ぎぎ……」
「特に、ハル。お前は自分が隊長だという自覚はあるのか? 剣術だめ、メトリアの扱いもだめ、隊にも指示ひとつ送れない。本当にリーダーか?」
広げた手をハルへ見せびらかし、指を一本ずつ折り曲げながら挑発する。
「単独で好き勝手やっても許されるのは、お前の親父だけだぞド三流。良いかね? チームを組む最大のメリットは陣形を取れることだ。個々の適性を見出し役割を与え、チームをもってひとつの作戦行動を、より有利で万全な状態で挑めることだ」
「は、はあ……」
「ましてや今度の任務は、楓お嬢のギルドで働く他のチームとの合同作戦だ。それぞれのチームの結束力が試されると言っても過言ではない。せっかくミニスターとして一身に期待を背負っているというのに、彼女らの前であまりに醜態が過ぎれば、この私の面子がたたないだろう?」
──いや、ウィル先生の面子かい!
ハルが不満げに肩頬だけを膨らませていると、オムレツを口いっぱいに頬張ったダイヤが挙手する。
「陣形って……もぐ……どーいう感じに組むんだ? もぐぐ、チームっつか、ぐむ、軍隊みたいでかっけえな!」
「ちゃんと飲み込んでから話せよ、喉に詰まるぞ。そうだな……具体的には、メトリアの適性を基準に組み立てるのが手っ取り早い」
ウィルはマッキーナを顎で示し、
「例えば『炎のメトリア』はあまり多くの機能を有していないことで知られているが、それは裏を返せば、有効的に活用するといかなるメトリアよりも爆発的な効果を持つとも考えることができる」
ウィルの言葉に賛同するように、マッキーナも「まあそうね。攻撃に特化してるからね」とうなずいた。
「ムンクの場合はメトリアもさることながら、武器が弓だから後方支援に向いているだろう? 仮にマッキーナを軸に攻撃を組み立てるなら、彼女が術式を発動させる間、その繋ぎをムンクが受け持つこともできるだろう」
「あーね」
「あくまで例え話だ。やりようは他にいくらでもある……なによりハルのメトリア、特に『星繋ぎ』を上手く使えると良いんだがね」
確かに、と一同が納得する。
先日の任務ではまともに『星繋ぎ』を使うこともままならなかった。他のメトリアの性質を強化するというサポート特化な技を、どんなふうに使っていけばよいのか、ハル自身もいまだにイメージが湧いていないのだ。
「あ〜、じゃあ俺は?」
ダイヤが完全にオムレツを飲みこんで、
「ぶっちゃけ俺ってば馬鹿だからさ! ひたすら『ダイヤモンド・スピア』して、槍で突撃隊長やるくらいしか思いつかねえわ」
「……いや」
問いかけてくるのに対し、ウィルは少しだけ落ち着いた声色で応じた。
「突撃の他にも別のメトリアの使い道があったはずだよダイヤ──もっとも、体を張るということには変わりないがね」
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