op.15 楓の依頼②
サントラ少年隊が調査した『聖地開発区域』では、ナマズの妖精が巨大なヌシを中心に群れで行動している様子が目撃された。
うち一匹を保護し、皐月がげっぱと名付けたそれを生態調査してみれば、どうやらナマズたちは環境の変化に合わせて自発的に妖精化したわけではないんじゃなかろうか……と町長が結論付けたのである。
「妖精化とは一種の突然変異だが、そもそもナマズ自体が区域の外から持ち込まれた魚である可能性が高い以上、勝手に『空のメトリア』を発現させることはまずないと考えている」
ウィルが自身の書斎で揃えておいた資料を、ざっと机に広げた。
例の区域だけではない。サントラ近辺の町や都市で手に入る、それぞれ異なる地図がハルの視界には移ったのだ。
「おっちゃん。もしかして、ここんところはずっと地図集めてたのか?」
「そうだ」
ウィルが頷いたのを見て、ダイヤは小さく口笛を吹いた。ウィルは作戦室を留守にして、単に外をさすらっていただけではなかったらしい。
「もしも天然ではなく人工的に……つまり人間が作為的に妖精を作ったのであれば、近隣にも似たような事例が起きているんじゃないかと私は読んだわけだ」
「へえ……?」
「大当たりだよ。もっとも、喜ぶべきかどうかは怪しいがね」
そう言ってウィルが横目で流した視線の先には、楓の艶やかな黒髪がある。視線に気がついた楓は肩をすくめながら、
「あたしんとこのギルドにも、ちょいちょい報告来てるんだよねえ。文化都市の地域内で妖精らしき生き物がうろついてるって」
ナマズが本来であれば水中でしか生きられないように、妖精という神秘が生息できる地域は、本来であれば限られているはずなのだ。
しかし楓によれば、人間の集落ではめったに姿を見せない妖精が、最近は当たり前のように集落まで迷い込んでくるという。
「奇妙なもんだろう? 妖精ってのは、もっとこう……レアな代物だとあたしは思ってたんだけど」
「環境とは別の要因で、妖精の生態が著しく変容してしまっていると。ふうん、それで人工的に作られた可能性がでてきたってわけ」
小さく息を吐き、わずかに目線を床へ下ろしたマッキーナにハルはたずねた。
「あ、あのさ。妖精を作るって……ど、どうやって?」
「環境操作。生態改造。どっちにしても術式によって介入された可能性……つまり術士の領分ね」
「術士が? じゃ、じゃあマッキーナも妖精、作れちゃうの!?」
──妖精って、聞けば神様みたいな存在ではなかったんだろうか。すげえや術士って! 神様を自分で作っちゃうんだ!?
ハルからそんな驚愕と羨望の眼差しを受けると、マッキーナはなぜか心底嫌そうな顔をした。
「無理よ。できるわけないじゃない」
「へえ?」
「できるできない以前に、そもそも妖精とか神秘の生態系に人間が干渉すること自体、エレメント協会では禁止されているんだから!」
協会だけではない。王宮が制定した法律『竜王律』にも、神秘との関わり方についてタブー視された項目が記述されているらしい。
メトリアが神様からの授かりものであるように、人間は神様に対して信仰という名の敬意を払うべきであるのだ。
ましてや、人間側の都合で神様の姿形を書き換えるなど、言語道断というわけだ。
できるできないの問題ではない。
妖精を作るということは、決して行ってはならないことなのだ。
⁂
楓は自身の胸元から、別の地図を抜き出してくる。
「文化都市って、工業都市とお隣さんだろう? 鉱山とか滝とか、ひたすら山に囲まれているわけよ。で、今回お前さんたちに頼みたいのは、その山ん中に新しく確認された『魔境』をギルドの連中と一緒に調べて欲しいのさ」
「魔境? 妖精の次は魔獣なんか?」
ダイヤが首を捻ると楓は笑いかけて肯定する。
「妖精をいじくるやつが都市の近くにいるってことはさあ、魔獣をいじくってるやつもいるかもって話だろ? ほら、魔獣も一応神秘なんだろう? 人間に害があるかないかだけの違いで」
「あーね。俺たちだけで行くわけじゃねえんだ?」
「うちの局員も、チーム単位で仕事させてるんだよ。魔境探索もよくやってる。ただ、今回はねえ。ギルドの連中もあたしも、コード? ライターだっけ? そういう専門的な難しい話、全っ然わからないんだ」
ハルはふと思った……専門的な難しい話なら、僕だって全っ然わからないけど?
しかも楓の会社も新興ギルドだそうだが、それを言ったらサントラ少年隊こそ、結成してまだ一ヶ月程度しか経っていない新参チームだ。
「本当に僕たちがやって良い仕事なの? デスカ??」
ハルは空色の瞳を不安で揺らし、ウィルと楓を交互に見比べる。
相変わらずウィルは紙コップ片手にヘラヘラ笑っているし、楓は楓で楽観的な様子で口角を釣り上げていた。大人たちって、イレギュラーなことが起きてもどうしてこう余裕たっぷりなんだろう。
「本来は王宮かエレメント協会に任せても良い案件だが、ああいう手合いの組織は、手続き諸々が面倒なんだ。しかも遅い。せっかく我々がサントラやダンテ近辺の異変にいち早く気がついたと言うのに、上の対応が遅れたせいで調査できじまい、事態が悪化するなんて愚かしい真似は避けたいだろう?」
「そ、そうデスカ……」
「心配無用だ。私が許可する。シャラン王宮の者として、ドーラ権限で今しがた、サントラ少年隊とギルド死神局に該当区域の調査を委託する。それにあいにく、ダンテという町には彼女のギルドの他に、めぼしい組織が存在していないのだよ」
ウィルがやや早口でまくし立てているのに対して、ムンクが右手を挙げながら質問する。
「モデラ自衛団は? 近隣都市の管理機関だろう。あっちの自衛団とは連携取らないのか」
「モデラ自衛団はモデラを自衛するのが仕事だから。基本的によその都市のことには干渉しないのだよ」
「……そういうものなのか」
腑に落ちないといった様子で、しかしムンクはウィルの返事を脳裏で整理ししまいこんだ。
また、モデラ自衛団やモデラの人々は、楓と同じく極東からの移住者が多いという話であったが、どうも楓はモデラとの付き合いは一切持っていないらしい。
「そんじゃまあ、よろしく頼むよサントラ少年隊」
用件をすべて終えた楓が、正午にもならないうちに作戦本部を出て行こうとする。
このまま自分のギルドへと変えるのだと告げつつ、楓は去り際……──
「……本当によく似ているね」
ふいに視線を向け、まじまじと藤色の瞳で見つめられたのはハルだった。
整った顔立ちで凝視されれば、ハルは自ずと目を逸らしてしまう。
「え? あ、あの……」
「『マイスター』とかいう王国の英雄の話は、極東にいた時から噂で聞いたことはあったさね。へえ、確かにね。新聞の一面に載ってる面と、瓜二つじゃないかい」
対面したこともない英雄の面影を、ハルが持つ金髪碧眼で感じ取る。
「嬉しいね」
しみじみと、
「たとえ小さな星だろうと、英雄の勇姿をこの目で拝める日が来るなんて」
「え……」
「期待してるよ、英雄くん」
扉が閉じられ、黒い女の背中もすぐに見えなくなる。
楓が最後に言い放った言葉を、ハルは扉を見据えながらその胸に小さく、しかし深く刻んだのだった。
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