op.13 極東の女たち②
1週間以上投稿が空いてしまいましたね。申し訳ありません。
ネット小説大賞の一次選考落ちがショックだったからとか、そんな殊勝な理由じゃありません。
「お初にお目にかかります──桜皐月様」
胡蝶楓は、初めて出会った少女の名前を呼んだ。
誰にたずねるわけでもなく、これまで会ったこともない少女の名前を初めから知っていたかのように。
「……初めまして」
返事をした皐月の横顔、その顔色から、ハルは彼女の感情を読み取ることはできなかった。
対してウィルは、食卓に置いておいた紙コップを持ち上げながら、リビングに流れる微妙な空気をひとりで味わっていた。
「……なんだ、初対面か。私はもしや、島国からの付き合いかもと読んでいたのだが?」
そう言ってウィルが視線を楓へ向ければ、ソファに腰掛けた楓が、なははと間の抜けた笑いで返してくる。
「自分で言うのも何だけど、あたしは末っ子・落第・稽古サボり常習犯の三重苦なんだ。生憎、桜一族と公にお目通り叶うような立場じゃなくってさ」
桜一族。
ハルには彼らが、なんの話をしているのかさっぱりわからない。
楓は皐月と初めて会ったのに、皐月のことを知っている?
少なくとも、ウィルが楓をここへ連れてきたのは、皐月と会わせるためだろうことはなんとなく勘づくことができたけれど。
「へ〜え、面白い……面白いじゃん、ウィルの旦那」
楓が両足をソファで組むと、黒い裾から太ももの肌色がちらりと覗かせる。淑女の艶やかな肌色が見え隠れするのは年頃の少年にはやや刺激が強すぎて、ハルは思わず楓から顔を背けてしまう。
「やっぱり大陸は足を運ぶだけ面白い。片や、王国の英雄様。片や──島国の『巫女』様と来たもんだ」
「英雄は英雄でも『英雄の子』だがね。英雄の本分たり得る、剣の稽古に励み出したのもついこの頃だ。きみの期待に添えるほどの器量はまだ持ち合わせていないさ」
「後継がいるってだけでも十分じゃないか。なんて言ったっけ、『星のメトリア』だっけ? あれ、ついぞ最近までは一品限りだったんだろう?」
話し込んでいる大人たちに割って入ったのは、皐月の寝室からぼてぼてと階段を降りてきた妖精・げっぱだ。
空を飛べる魚の妖精という触れ込みだというのに、げっぱは太った胴体で床を滑るほうが好きらしい。
「替えが利かない品ほど難儀なものはない」
近寄ってきたげっぱのツルピカ頭を撫でながら、
「英雄にしろ巫女にしろ……王様だってそうさ。席がひとつしかないからと言って、望んでもいない役割を無理に引き受ける義理なんか、どこの秩序にもありゃしないよ」
楓は口元を歪ませながらも、藤色の瞳はわずかに穏やかな細さを描いている。
「そういうことだろう? 皐月様」
げっぱを両手で抱き上げながら、楓は皐月へ賛同の言葉を投げかける。
「あんたもあたしも、狭い島から大陸まで抜け出してきた理由はおんなじってか?」
「……」
「良いよ。互いの事情さえ認識できりゃあ、何も問題はない。島国でお偉いさん方が勝手に築いた関係なんか、こんな大陸の辺境にまで持ち込む義理もないってわけさ」
嫌いな人間には体液をばらまく気性荒なげっぱが、楓には一滴たりとも水をこぼすことがなかった。
お世辞にも軽くはない妖精の胴体を片手で肩に担ぎつつ、楓は右手を皐月に差し出す。
「これも何かの縁さ。流れ者同士、仲良くしようか? 皐月ちゃん」
皐月は無言で、楓の手を握り返した。
そんな二人のやりとりを不思議そうに眺めているハルへ、
「お前さんもだよ? 英雄くん」
右手ではなく、再び両手で抱えたげっぱの中年おやじ面を向けるなり。
「完熟した才能を間近で拝むのも清々しいけどね? あたしは嫌いじゃないよ、若くて未熟な英雄のたまごが孵化する過程を見物するのもさ」
「は、はあ……へえ?」
「極東に縁を持った者同士。困ったことがあれば、おばさんに何でも相談してきて良いんだよ? まあ、今困ってるのはあたしの方なんだけどさ。あっはっはっは!」
──面倒な言い回しをしてくる女性だ、とハルはいぶかしんだ。
遠回りで意味ありげな言動の数々。あ〜わかった、このおばさん、ウィル先生に似てる。ウィルは彼女の色香にやられたんじゃなくて、この面倒くさそうな性格でウマが合ってしまったんだ。
ほら見ろ、ウィル先生のむかつく笑い方を! 初対面のおばさんと訳がわからん島国トークで困っている僕の顔を見て楽しんでるよ!
⁂
ぺちっ、ぺちっと髭から頬が跳ねるのを鬱陶しがっているハルへ、楓がわずかに声をひそめた。
「大陸戦争とかいう物騒な催しもとうの昔に終わってる。国やら世界やらのためにバトる義理だって、もちろんお前さんにはないんだろうが……」
まだ何も知らない少年へ。
桜色の少女を知る女は、何かを知っているような思わせぶりな態度で。
おどけるような口調だが胸の内だけは真剣な様子で告げた。
「愛されたんなら──選ばれたんなら、女の子の一人くらいは守ってやらなきゃ、男が廃るってもんだろう?」
⁂
結局、皐月とは──桜一族とは何なのか。
朝食を食べながら楓からゆっくり聞き出した話だ。
彼女たちの出身である極東の島国には、島中に散らばっている『巫女』の一族がいるらしい。
胡蝶一族というのも、そのひとつ。
政権を握っている皇室『菊宮』に先祖より仕えており、島の西部に拠点を持ちながら大きな勢力を維持しているらしい。
そして桜一族は、数多に存在する巫女の一族の中でも、特に派閥として大きな勢力を誇っているらしい。
特定の拠点を持たず、皇室や他の組織に属することもなく、島中のあちこちに散らばりながら、それぞれの日常を謳歌しているとか。
「それで……えっと、楓さん?」
作り置きのみかんパイを頬張りながら、
「『巫女』ってのは、結局なんなんですか?」
ハルの問いかけに楓はあっさりと応じた。
なんでもないような口振りで、聞き流しても問題ないような顔をして、さらりと自分や皐月の素性を暴露する。
「島国の秩序そのものさ──神秘に最も近しい人間と言い換えても良い。シャラン王国の信仰対象が『竜』であるように、大陸世界の創造主が『星神』であるように。『巫女』と呼ばれるあたしらは、極東で暮らす民のすべてに愛されながら大地すべてを守ることを使命と定められた、人間風情のくせに神様ぶってるイケすかない女連中だよ〜ん!」
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