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9.魔石の町ルルス

よろしくお願いします。

 エレント砂漠のはずれ、渇いた大地に小さな駅はあった。


 タクラ行きの魔導列車はここでいったん停車し、魔石の補充などをおこなってから砂漠を抜けてタクラへ向かうことになっている。


 技師たちが休憩するころを待ってまた話を聞きたいが、作業にはまだ時間がかかりそうだ。


 乗客たちはぞろぞろと列車を降りて駅に向かう。


 銀の髪に黄昏色の瞳……精霊かとみまがうほどの美貌を持つ、黒衣の青年も白猫を抱いて駅に降りた。


『ここはなぁに?』


 腕に抱かれた白猫のナナがぐいっと伸びをして、寂れた雰囲気のある町をみつめた。


「魔石の町ルルスだ。巨大な魔石鉱床がある」


『おおっ、油田みたいなものかな?』


「ゆで……?」


 ナナの言語回路はときどき謎の言葉を伝える。


 イメージとしては金属のパイプ……そこを流れる大量の鉱物油、地中よりともに噴きだすガスを燃やす煙突……見たこともない要塞のような建物が情景として一瞬浮かぶ。


 けれどナナもその建物についてはよく知らないらしい。内部の構造などは平面図しか浮かばないようだ。


 使い魔と会話ができるのは主だけだから、レオポルドにも漠然としたそのイメージは伝わってくるが……それを人に説明できるかというと、彼には適当な言葉が見つからなかった。


 彼の父親ならば何かしら知識を持ちあわせているのかもしれない……と考えて、彼は首を横にふる。


 よそう、死んだ男のことを気にするのは。


「ルルスは昔から魔石が採れ、それを目当てに人が集まった。エレント砂漠のなかでは唯一の人が住む町だ」


『へー砂漠のオアシスみたいな感じ?』


 またも頭に流れこんでくるイメージを、レオポルドは否定した。


「オアシス?いいや、ここには何もない……水も魔石を用いて喚ばねばならぬ貴重品だ」


『何もない……けれど魔石だけは採れるのね?』


「そうだ。エクグラシアを動かすには大量の魔石がいる。魔石の採掘に仕分け、輸送……ここには仕事がたくさんある。仕事があればどんな過酷な環境だろうと人が集まる」


 いいながらレオポルドは懐からとりだしたハンカチで、砂ぼこりを吸ってくしゃみをしたナナをくるんだ。


 護符の刺繍をほどこした柔らかい布は、五番街にある〝ニーナ&ミーナの店〟で注文した特注品だ。


『くちゅっ、ありがと……魔石を使ってここをもっと過ごしやすくするとかできないの?』


 ハンカチにくるまれたナナは目をまたたいた。風が吹けば舞う土埃に目がシパシパする。


 塔にいる黒猫シスターズのリルに、いますぐ雫を呼びだして顔を洗ってほしいぐらいだ。


「ここの土地が枯れているのは、魔石鉱床のせいだともいわれている。すべての魔素を凝縮して固める力が働いているのだと」


『魔素を吸われちゃうってこと?レオポルドも吸われちゃうの?』


「吸われるといっても微量だが……ここで働く人間に〝魔力持ち〟はすくないな。それにしっかりした肉体があれば、核にある魂は守られる……」


 しっかりした肉体があれば……レオポルドが猫を抱く腕に力をこめると、白猫はもがもがと動きぴょこんと耳を立てた。


『ちょっとレオポルド、力いれすぎ!』


 小さな町といっても駅前には乗降客目当ての店が並んでいた。


 魔石の仕入れにきた商人、仕事を求めてやってきた体格のいい男たち、クズ魔石も手ごろな価格で手にはいるから、目的地はタクラだが停車の合間に途中下車して物色する観光客もいる。


 魔導列車が運んできた荷物を受けとりに住人も集まっていて、それなりに活気がある。


『みんなレオポルドのこと見てるねー』


「身につけている煉獄鳥の魔石がめずらしいのだろう」


 レオポルドが左胸につけている煉獄鳥の魔石は採掘されたものではなく、彼自らがサルカス山地で火山に棲む煉獄鳥を倒して手にいれたものだ。


 道行くひとびとの視線を釘づけにするのは、その見事な魔石ではなく彼自身なのだが……レオポルドはさして気にせず通りを歩いた。


 軒先に並べられた魔石は、どれもたいした品質ではない。


 高品質のものは採掘されれば厳重に保管され、王都シャングリラに運ばれそこから全国に送られる。


 王都シャングリラは魔素が豊富な土地だが、広い国土には魔素の乏しいやせた土地などいくらでもある。


 魔石タイルの原料や生活用魔道具にも使われるから、クズ魔石でもそれなりに需要がある。


 魔石の輸送にも活躍する魔導列車が王都と地方の格差を埋めたのにはそんな理由があった。


 キョロキョロするナナは、純粋にキラキラした魔石を眺めて楽しんでいるようだ。


『ねぇ、きれいだねぇ……魔石鉱床、わたしもみたいなあ』


「……みたいのか?」


『うん。あっ、あれ何だろ……〝魔石キャンディ〟だって!』


 ルルスに一軒だけある菓子店は小さな店だった。


 魔石を採掘する鉱夫たちに売れるのはもちろん酒が多いが、なかには甘党もいるのだ。


 突然店先にあらわれた銀髪の男を、菓子店主はぽかんとながめた。


 全身から放たれる魔力の圧はそのへんに転がる魔石よりも高いのではないだろうか……男がまばたきをして声を発し、ようやく人間なのだとわかる。


「〝魔石キャンディ〟とは何だ……ふつうの菓子とはちがうのか?」


「あっ……ええ、もちろん。魔石の特徴を表現できないかと思いましてね。〝炎の魔石キャンディ〟は舐めるとピリッとして、のどがカッと熱くなります。〝水の魔石キャンディ〟は舐めるとひんやりして、水を飲むよりものどが潤いますよ」


 店主が銀のトレイに〝魔石キャンディ〟をのせてうやうやしく差しだすと、レオポルドはあごに手をあててそれを眺めた。


 ナナは黄緑の瞳をキラキラと輝かせて〝魔石キャンディ〟にみいっているので、レオポルドは黄色いキャンディを指さしてたずねる。


「……では〝雷の魔石キャンディ〟は?」


「それは夜に食べてみればわかります。いかがです、お持ちになりますか?」


 商売人らしくにこりと笑った店主が、逆にレオポルドにたずねた。





「ありがとうございました、またどうぞ!」


 〝魔石キャンディ〟がはいった袋を持ってレオポルドが店を離れると、遠巻きに眺めていたひとびとが菓子店に押し寄せ、〝魔石キャンディ〟は一瞬で完売した。


 レオポルドが駅に戻ると、すでに作業はほとんど終わったらしく技師たちが休憩していた。


 技師たちのひとりはこの町の出身で、駅まで家族が会いにきていた。母親に連れられた幼い兄弟が父親にじゃれつく。


 技師の制服を着た父親の姿は、子どもの目からみても誇らしいのだろう。


 レオポルドが〝魔石キャンディ〟を差しいれると、「やぁ、さすが魔術師らしい差しいれですねぇ!」と技師たちから妙に感心された。


『ふひょおぉ⁉』


 ナナが〝水の魔石キャンディ〟を舐めて潤ったのどに驚き瞳孔をギュッとすぼめていると、老技師から話を聞き終えたレオポルドは「列車を降りる」と告げた。


「エレント砂漠にいかれるので?」


「いや……まずは魔石鉱床をみにいこうと思う」


 砂の魔物が多いエレント砂漠は、デーダス荒野とはちがう。


 魔導列車ならともかく、ドラゴンもいないのに単身で越えるのはむずかしい。


「そうですか、タクラまでいかれると思っていましたが……」


 老技師が見送る横で、父親らしき技師は幼い兄弟の頭をなでた。


「そろそろ出発だ。お前たちも母さんのいうことをしっかり聞くんだぞ」


「僕もさぁ、魔導列車乗りたいよ」


「大きくなったらな」


 口をとがらせた息子を、技師はなだめた。


 自分とて魔導列車に客として乗ったことはない、ましてや家族全員を連れて旅するほどのゆとりなど……そのとき横からレオポルドが口をはさんだ。


「客車がひとつ余っている、そこを使えばよかろう」


「へっ、あの、それってまさか特別車両のことで……⁉」


 レオポルドはこくりとうなずくと、銀のペンをとりだしてサッと切符の名義を書きかえた。


「家族全員で乗っても広さはじゅうぶんある。父親の仕事を見せてやるのも大事なことだ。タクラまでたっぷり教えてやるといい」


 キラキラした切符を持ってぼうぜんとしている親子を残し、黒衣の魔術師は白猫を連れて魔導列車を降りた。

ありがとうございました!

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