8.魔導列車とグレン
魔術師の青年とその『使い魔』の白猫が、あちこち出かけるお話です。
そのあとも技師たちは親切に魔導列車を動かす駆動系の仕組みや、車体の性能などいろいろとレオポルドに解説してくれる。
レオポルドも魔導列車の仕組みについてある程度の知識はあったが、技師たちからあらためて聞かされると、その性能におどろかされた。
「ええ、魔獣の群れに遭遇することもありますからね。魔導列車の走行を妨げないように、魔獣を蹴散らすための装置もそなえています。ま、使わないにこしたことはないんですが」
列車の走行の安全を守るために、線路に侵入する魔獣をおいはらうこともある。魔導列車は攻撃手段さえ持っているのだという。
魔導列車を動かす技師たちは運転技術だけでなく、それらの操作方法も学んでいるらしい。
「それと魔導列車の線路は、あくまでも『ここを通る』という目印に敷かれているだけです。線路がなくとも魔導列車は走ることができます……動きだしてしまえばたとえ水の上でも走りますよ」
「動きだしてしまえば?」
「そうです。魔導列車はいわば高速で走る魔素のかたまりなんです。障害物にたいして張る防御魔法も、列車全体を流れる魔素の勢いを利用するので、消費魔力はいがいと少ないんですよ」
そういってとりだされた魔導列車を運行するためのぶあつい術式帳を見て、レオポルドは目をみはった。
「似たような術式を以前みたことがある。あの三重防壁はこれを応用したものだったのか……」
「三重防壁?それもまたグレン老が手がけられたものですか?」
「ああ……だがこの術式では人に応用するにも、おそろしいほどの魔力が必要になるな」
術式を指でたどり眉をひそめたレオポルドにむかって、技師はくったくなく笑った。
「そりゃそうでしょうよ。魔導列車なみに魔素を持つ、魔力の塊みたいな人間なんて存在しませんからね」
――魔力の塊みたいな人間……。
「そうだな」
レオポルドが腕に抱いた白猫をみおろすと、ナナは退屈そうにあくびをしてヒゲをぴくぴくと震わせた。
技師のひとりがハシゴをのぼって天井のハッチをあけ、レオポルドを手招きする。
「どうぞ。ここからの眺めは絶景ですよ。風はちょっと強いですが、魔導列車の技師だけがのぼれる特別席です。猫ちゃんは抱いてましょうか?」
「いや……いい」
ルルゥを肩からおろし片腕にナナを抱いたまま、レオポルドはハシゴに足をかけてさっとのぼった。
ひらいたハッチから外へ首をだすと、勢いよく風が顔に吹きつけてくる。ナナがあわてたように首をすくめた。
『ひゃっ!』
飛ぶようにすぎさる近景と、遠くでゆっくりと動く山なみ……風で勢いよく髪はなぶられてすべて後ろにもっていかれるが、高速で走る魔導列車と一体になって大地を進んでいく。
足元からハシゴ伝いにつたわる振動と風を切る音は、まるで自分が風になったようだ。
――こんな躍動感をあの男は創りあげたのか……。
「どうしたナナ、お前は景色をみないのか?」
しばらく景色にみいっていたレオポルドは、ふところに抱いたナナがその黄緑の目でじっと自分をみているのに気づいた。
風の音がうるさくて、レオポルドの声が大きくなる。発した声はうしろに流れていったが、ナナにはちゃんと聞こえていたらしい。
『みたよ。レオポルドが笑っていたから、レオポルドをみていたの』
しばらくそうしたあとレオポルドは中にもどり、技師たちに礼をいって機関車をでるとすぐにレオポルドは最後尾のコンパートメントに転移した。
頭が少し混乱していて困惑したような表情を浮かべている自分の顔を、さすがにほかの乗客にはみられたくなかった。
ナナは機関車をみたことで満足したのか、転移しても何もいわずすぐにベッドでゴロゴロとくつろぎはじめた。
ルルゥはまたベランダから外にでていった。オドゥの使い魔であるルルゥは短時間なら、ドラコンなみの速さで飛ぶこともできる。じつは魔導列車よりも速いのだ。
「あいつにも存在価値はあったということか……」
ゆるく首をふったレオポルドは脱いだローブをソファーにほうり、そのままごろりと大きなベッドに自分の腕を枕にして横になった。
いつもの師団長然としたたたずまいとちがい、すこしリラックスできているのは職務から離れた気楽さのせいだろうか。先にベッドでくつろいでいたナナが顔をあげる。
『レオポルド?』
「ナナ、お前はあれを私にみせたかったのか?」
さきほどまでいた機関室とちがい豪華な装飾がほどこされた天井をみあげて、レオポルドがたずねるとナナはパチパチとまばたきをして首をかしげた。それはなんとも人間くさいしぐさで。
『ちがうよ、わたしがみたかったんだよ。でもレオポルドといっしょにみられたのはうれしかったな』
「あいつ自身は……人にほめられるようなヤツじゃなかったが、その仕事はこうしてだれかの役にたち、暮らしを助けているのだな」
そう……人嫌い、偏屈、自分が興味を持ったことにしか関心がない男……あいつの人格についての評判はさんざんだが、その成し遂げた業績はだれもが認めている。
エクグラシア全土を走る魔導列車に乗り昼夜わかたず働く技師たちが、手放しでほめたたえる開発者としてのグレン・ディアレス。
レオポルドも実際にみて、魔導機関に設置された精緻な魔導回路、駆動系の術式に勢いよく流れる魔素の動き、機関車からみた飛ぶようにすぎさる景色や肌で感じる風の勢いに技師ならずとも心躍るのがわかった。
自分の選んだ道が錬金術師の父とはまったくちがうことに、ほっとすると同時にどこか残念だと思う複雑な気持ちがわく。
もしも自分が両親のもとでなにごともなく育っていたら、あたりまえのように魔導列車に乗ったのだろうか……父親の横で誇らしげに……。一瞬だけそんな考えがレオポルドの頭をよぎった。
――それか天才とよばれる父を超えられずに、くさっていたかもしれないが。
次の停車駅であの年老いた技師から、もうすこし話が聞けるかもしれない。
だが知れば知るほどグレン・ディアレスという男の人物像が、自分が知るものからだんだんとかけ離れていく。それに……。
「思った以上にグレンは国内を移動している。あいつの足跡をたどるのは、かなりたいへんなことになりそうだ」
車両の天井に目をやったままでレオポルドがそう呟くと、すぐ横で寝そべるナナは緊張感のないのんきな声をだした。
『ん~レオポルドの行きたいところでいいんじゃない?グレンとレオポルドの感覚って似て……ぷぎゃ!』
やおら起きあがったレオポルドに、ガシリと捕まえられたナナは変な鳴き声をあげた。
「そんなことをいわれて私が喜ぶと思うのか?」
『ちょっ、なんできげん悪くなってんの。それより、さっき買ったオヤツたべようよ!』
ナナは捕まったままもがきながら、みぃみぃと抗議するように鳴いた。
ちなみにグレンが開発した魔導列車の機関車、外観はよくあるSLではなくてEH10形電気機関車をモデルにしています。重厚感のある黒いボディなのですよ。