6.魔導列車と白猫
不定期更新です。
気まぐれに書いてます。
魔導国家エクグラシアの王都シャングリラ、その王都一番街の中央に魔導列車の駅がある。稀代の錬金術師グレン・ディアレスが創りあげ、近年のエクグラシアにおける発展を後押した。
王都をめざすもの、王都から出発するもの……さまざまな目的を持ったひとびとが行き交うシャングリラ駅前広場には、王都それぞれの場所へ移動できる転移門が設置してある。
そのうちのひとつで王城前広場とつながっている転移門に、ひときわ目をひく銀の髪をなびかせた長身の男があらわれた。
背中に流れる滝のような銀髪に、光によって微妙に色を変える黄昏色の瞳……王都新聞でもよくその姿を目にするレオポルド・アルバーンは、王都三師団のひとつである魔術師団の師団長として知られる人物だ。
だれもが振りむかずにはいられないほどの整った硬質な美貌の持つ彼は、転移門をでてゆっくりと駅にむかって歩いていく。
すると彼の黒いローブからがまんしきれないように、濃い黄緑の目をもつ白猫がちょこっと顔をだした。
『おっきいたてもの、なんかザワザワしてる!』
ローブから顔をだしてキョロキョロする白猫に、レオポルドは淡々と返事をした。
「……シャングリラ駅だ。エクグラシアで一番大きな駅だからな」
『駅?レオポルドは魔導列車にのるの?』
好奇心いっぱいに黄緑の目をひらいて、にぎやかにニャアニャア鳴く猫がさらに身を乗りだそうとすると、レオポルドは自分の手で白猫をローブの上から押さえつけた。
「ぶぎゅっ」
レオポルドの手にもがく猫の動きがつたわり、『ひどいー』とか『手ぇじゃまー』とか、白猫がニャゴニャゴと抗議の声をあげるが、レオポルドはかまわず歩を進めた。
「……お前が『魔導列車に乗りたい』といったのだろうが」
『うん、乗りたいっていった……レオポルド、乗せてくれるの⁉』
押さえつける彼の手をかいくぐって白猫が身をのりだすが、またもや彼の手がそれを押さえつける。
「ぶぎゅっ」
猫の鳴き声を聞きつけてなにげなく彼に目をやったひとびとは、みな凍りついたように動きをとめる。
式典用のローブほどの仰々しさはないが、簡素な旅装とはいえ魔術師とすぐわかる黒いローブ。エクグラシア全土に名をとどろかせ、王族なみの有名人ともいえる〝銀の魔術師〟は、新聞や街で売られる肖像で姿だけならだれもが知っている。
背中まで流れる銀の川のような輝く髪に、黄昏時の空を思わせる光の加減で微妙に色をかえる瞳、まるで精霊の化身のようだとまでささやかれる人外の美貌。
だが実際にその姿を目にしたものは、シャングリラ王都民でもあまりいない。彼が姿をみせるのは式典のときと、出動を要請されるような緊急事態だけだからだ。
改札にいた駅の係員はレオポルドの顔をみて、口をポカンとあけて動きをとめた。
国内各地を自在に転移魔法で移動する魔術師団長が、みずから魔導列車に乗りにくるなどはじめてのことだ。近寄るだけでもビリビリとしびれるような魔力の圧を感じる。
「タクラ行きの魔導列車はどのホームだ?」
レオポルドに声をかけられて改札の係員はようやくわれにかえったが、答える声はうわずった。
「はっ、えっ?タ、タクラ行きなら六番線ホームです、ごごご案内は?」
「……不要だ」
黒いローブには錬金術師団の協力で大容量の〝収納ポケット〟がついているため、彼は荷物らしい荷物を持たずただ白猫を抱いていた。
魔法使いが連れ歩く使い魔は、魔導列車の客車に乗りこむ時もとがめられることはない。白猫はニャゴニャゴと鳴きながらもくつろいだ様子で彼に抱かれていた。
ホームにむかって移動するレオポルドの手の隙間から、ナナはめげずにぎゅむっと顔をだした。魔導列車に乗りこむまえに、ナナはどうしてもレオポルドにいっておきたいことがある。
猫の額ほどの狭いスキマさえあれば、猫は顔を突っこめるのだ!
『ねぇお弁当、あとお茶買おうよ!』
「なんだそれは」
『飲みものとか買ってお弁当を列車でたべるの。おやつもいいねー駅で買えないの?』
ナナの注文はあれこれとうるさい。困ったことにどうやらナナはそれが当たりまえだと思っているらしく、わりと簡単に無茶ぶりしてくる。レオポルドは眉をひそめてため息をついた。
「食事はちゃんとだされる……それにオドゥといろいろと作ってきた。〝ぐみ〟もある」
『グミ!食感がたのしいよね!……でも、シャングリラみやげって何があるの?住んでいると逆にたべないじゃん』
「シャングリラ……みやげ?」
レオポルドは考えこんだ。王都に住んでいると、地方に持ち帰られる王都の名物については意外と知らないものだ。とっさに答えられなくて、レオポルドはちがう言葉を口にした。
「ナナ……お前は本当に食いしんぼうだな」
『えっ、そ、そんなことないもん……』
なぜだか白猫はおとなしくなった。丸まってしまうと手に感じていた抵抗がなくなり、それはそれで寂しい。
レオポルドの表情はまったく変わらなかったが、白猫に聞こえる程度の小さな声でぽつりとつぶやいた。
「……売店があればのぞいてみよう」
『ほんと?ありがとう、レオポルド!』
さっきまでのしおらしさは忘れたように元気がでた白猫は、ローブの中で満足そうにミャアと鳴いた。
しばらくのち、できたばかりのシャングリラ駅の売店で働きはじめて三十年、駅で起きるありとあらゆる人間ドラマを見守ってきたベテラン売り子のキオ・スクは自分の目を疑うことになる。
いつも売る新聞のトップを飾る〝銀の魔術師〟その人と思われる青年が、トポ栗せんべいとかミッラ蜜飴、さらにはリンガランジャの一夜干しなんかを腕に白猫を抱いたままで物色している。
キオ・スクが改札の係員とおなじく、ポカンと口をあけて固まったことはいうまでもない。
白猫が満足そうにゴロゴロとのどを鳴らすと、青年は表情ひとつ変えることなく淡々と会計をすませる。キオ・スクはほかの客といっしょに、売店をでていったその後ろ姿をいつまでもみおくった。
レオポルドと白猫は六番線から、タクラ行き魔導列車の最後尾に乗りこんだ。団長補佐のマリス女史が今回の旅にあわせて手配した車両が連結してある。
『うわぁ、ひろーい、独立したコンパートメントだね。車両いっこまるまるだーここ最後尾なの?』
白猫のナナはゆったりと作られた座席に飛び降りると、ベッドをコロコロと転がり置かれているクッションで器用に跳ねた。
豪華な内装は貴賓室にふさわしく、後部には専用バルコニーまでついている。
『そとにでられるバルコニーまでついてる。ねぇ、なんかすごい贅沢だよ。クローゼットまである……ホテルみたいだね、この車両!』
大騒ぎするナナにレオポルドは首をかしげた。一般の車両がどんなものかは知っているが、転移魔法が使える彼は魔導列車を利用することがあまりなかった。
「そうか?私は魔導列車を使わないからな。アルバーン領から学園に入学するとき以来だ」
『そうなんだ、じゃあいっしょに探検しよ探検!』
どうやらナナは、おとなしく車両でくつろぐつもりはないらしい。レオポルドは少しためらった。
「だが……ほかの乗客に迷惑だろう」
『どうして?』
「私は目立ちすぎるし魔力の圧も強い。魔力持ちばかりが働く王城内はともかく、市井では具合を悪くする者がいるかもしれん」
『レオポルドはそれでいつも一人なの?ほかの人がこわい?』
「……怖くはない」
『じゃあいこ?かんたんだよ。先頭の車両まで歩いて運転手さんにお礼をいったらもどってくるの。それだけだよ』
ナナは簡単にいうとすぐに車両の出口へとむかう。
マホウガニー製の重厚な木製のドアを、爪でカリカリとひっかこうとしたが、それをイヤがったマホウガニーの扉はさっとひらいた。
ナナは扉のところでレオポルドをふりむき、催促するようにミャアと鳴く。レオポルドはため息をついて立ちあがった。
ありがとうございました!