2.ライアスとミストレイと猫
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こちらは不定期更新のため、気長に見守って頂ければ幸いです。
蒼いドラゴン……『竜王』ミストレイの背の上で、竜騎士団長であるライアス・ゴールディホーンにだかれ、白猫のナナはおおはしゃぎだった。
『たかいー!はやいー!ミストレイ、すごーい!』
ライアスにはミャーミャーいっているようにしか聞こえないが、ナナの鳴き声をきいたミストレイは、さらにぐんとスピードをあげる。
「ミストレイ、飛ばしすぎだ!ヴェルヤンシャまで飛ばなくてもいいから、マール川がみおろせる丘の上に降りよう!ネリモラの花が咲いているから、ナナが喜ぶぞ」
(いちいちうるさいぞ!こわっぱめが!)
残念ながら『竜王』ミストレイにとっては、エクグラシアの誇る最強の竜騎士、ライアス・ゴールディホーンも『こわっぱ』あつかいである。
だが、ミストレイは『ナナが喜ぶ』というところには反応した。
くん、とドラゴンの優れた嗅覚を使って、風にのって香るネリモラの花の香りをかぎわける。
みつけた!あそこなら、ナナもきっと喜ぶはず!
ミストレイはひときわ大きく羽ばたくと、ネリモラの花が咲き乱れる丘を見つけ、その花を荒らさないよう、できるだけ気をつけて静かに着地した。
ミストレイにまたがるライアスが、いい笑顔で声をかける。
「ミストレイ、よくやった!いい場所を見つけたな」
(お前のねぎらいなど、どうでもいいわ!)
そう、自分の背に乗せているこわっぱのことなど、ミストレイはどうでもいい。
(ナナは?ナナはほめてくれる?)
ミストレイはかたずをのんでみまもった。
小さな白猫は、ミストレイを飛び降りたライアスが、そっと丘に下ろした。
白猫のナナは珍しそうにキョロキョロとあたりを見回して、ネリモラの花の香りをかぎ、丘の上をコロコロと転げまわると、ニャアと鳴いた。
『うふふーふかふかーネリモラいっぱい!ミストレイ、ありがとう!』
そのとたん、ミストレイの心は幸せでいっぱいになった。
その感覚は『感覚共有』のスキルを持つ、竜騎士ライアスにも伝わる。
『感覚共有』とは、ドラゴンに乗る竜騎士に必須のスキルで、ドラゴンと自身の感覚を共有することで、文字通り一体となって大空を駆け戦うことが可能になるのだ。
ドラゴンの好悪の感情もわりとダイレクトに竜騎士に伝わるため、『竜騎士の恋はドラゴンがきめる』とさえ、いわれるほどだ。
普通の小動物なら、この地上で最強といってもいい『竜王』ミストレイには、その威圧がすごすぎておびえてしまい近寄ることもできないが、レオポルドの『使い魔』である白猫ナナはまったく平気らしい。
「ニャニャニャニャー!」
ナナはミストレイをまったく怖がらず、その翼に飛びついたり、なめらかな曲線を描く背中からしっぽまですべり台のようにすべり降りたりして、転げまわってはしゃいでいる。
それをみて、ミストレイの心がとても穏やかになりなごんでいるのを、ライアスも感じていた。
「ミストレイ、あれをやってもらいたいんじゃないのか?」
お前の存在など忘れていた……とばかりにライアスをギロリとにらみつけたミストレイの目が、きまり悪そうにすっと横に動くのを、ライアスはみのがさなかった。
「遠慮するな、ここではだれも見ていない。ほらナナ、おいで!」
「みゃあ」
差し伸べた腕に飛びこんできた白猫ナナを抱き上げて、ライアスがミストレイのそばを離れた。
「そっとだぞミストレイ、ネリモラの花をなるべくつぶさないようにな!」
(わかっとるわ!)
心のなかでぶつくさいいながらも、ミストレイがそおっとそおっと仰向けになると、ライアスが腕を伸ばし、仰向けになったミストレイの上にナナを乗せる。
「ナナ、頼む。いつものやつをやってくれ」
「みゃみゃー!」
『オッケー!いつもの肉球ぽふぽふね!』
白猫は言われたとおり、仰向けになったミストレイに飛び乗ると、その上でコロコロと転がったり、その肉球でミストレイの腹をぽふぽふする。
『ミストレイ、気持ちいい?くすぐったくない?ほーら、ぽふぽふ!』
(し、しあわせすぎる……)
ナナにお腹をぽふぽふされるのは、何度味わっても最高だ!
『うふふ、ミストレイはあいきょうたっぷりでホントにかわいいねぇ!甘えん坊さんだなぁ!』
にゃごにゃごと転がる白猫と喜びにひたるミストレイを眺めながら、ライアスも「うん……猫なら俺も平気だな……お前が喜んでくれてうれしいよ」と、さわやかな笑顔で笑った。
見回りを終えて帰城し、眠ってしまった白猫をかかえてライアスは『塔』をおとずれた。
「レオポルド、きょうはいきなりナナを連れ出して悪かったな。ミストレイは大喜びだった」
レオポルドは差しだされた眠る白猫を、ライアスの腕の中からそっと受けとり、黒いローブの袖で優しく包みこむように抱いた。
たっぷり遊んで疲れてしまったのだろう……ナナは丸まり、目を覚ます気配はない。あとはこのままベッドに運んでしまえばいいだろう。
「いいや、ちょうどオドゥから記録石が届いたところだったから助かった……石を解析したが、次の素材は、シャングリラ南方のエレント砂漠にあるようだ」
レオポルドはナナがライアスと出かけているあいだずっと、オドゥの記録石の内容を解析し、旅の準備に必要なものなど書きしるし、計画を立てていたらしい。
ライアスはレオポルドの机の上に置いてあった、いろいろと書きしるした紙をみおろし、心配そうに眉をよせた。
「そうか……俺も同行できればいいのだが……」
銀色の髪をもつ魔術師団長は、かぶりをふった。
「いや、私が留守にするぶん、竜騎士団長のお前には王都の守りをたのみたい……」
「それはもちろん。まかせてくれ」
ここは魔導大国エクグラシアの王都シャングリラ……その王都を守る魔術師団と竜騎士団は、錬金術師団とともに王都三師団とよばれ、エクグラシア国王アーネストの治世をささえている。
そのなかでも魔術師団と竜騎士団は実戦部隊の双璧……レオポルド・アルバーンは魔術師団を、ライアス・ゴールディホーンは竜騎士団をそれぞれ率いており、両方そろって王都をあけるのは、非常事態かモリア山への遠征ぐらいだ。
ちなみに錬金術師団は魔道具やポーションを提供するだけの、どちらかといえば裏方だ。爆薬や毒物……そういった知識に造詣のふかい錬金術師はいるものの、実戦に参加することはほとんどない。
レオポルドはナナを腕にだいたまま、机に目をやった。
「めんどうだが……グレン・ディアレスのたどった道をたどるのが、いちばんの近道だからな」
「危険だが、その旅にはやはりナナも連れていくのか?」
ライアスにそう聞かれ、レオポルドは腕のなかで眠る愛らしい白猫を、だいじそうにかかえなおした。
「当然だ……私の『使い魔』だからな……ずっといっしょだ」
「それはそうなんだが……」
ライアスは困ったように後頭部に手をあて、言葉をさがした。
「その、ナナは……役に立つのか?いや、ミストレイの遊び相手としては最高なんだが……」
レオポルドは、頭痛でもするかのように眉間にシワを寄せると目を閉じ、ため息をついた。
「……言わないでくれ……」
ライアスの最後のセリフで、一気にギャグに転んだ予感……。