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12.歌姫ナディア

たいへんのんびりと更新してますが、『魔術師の杖』完結の前に終わる予定です。

 食事をしていたほかの客が「なんだ?」といぶかしがりつつ腕をさするが、ロイはぶるっと身を震わせただけでその席から動かずナナにかまう。


 ナナは爪もしまって、すっかりロイにされるがままだ。


『このひと、いいひと!』


「お前は……」


 レオポルドは眉間にぐっとシワをよせた。使い魔はただの動物とちがい、人間のことをよく知っている。


 軒先にいるカラスのように、静かに観察するような視線をよこすのが常だ。けれどナナはいつもこの調子で、会う人間をみんないい人にしてしまう。実際、ナナはどこにいっても可愛がられた。


「お前こんなヤツにこき使われてんのか」


「どちらかといえば、私のほうがこき使われている」


「ほう?」


 ロイの軽口に軽くため息をついて答え、レオポルドは眉をあげた鉱夫に質問を投げかけた。


「ルルスの暮らしはどのようなものだ。魔力持ちは少ない土地だろう……自衛のために魔銃が普及していると聞いた」


「おうよ、〝魔力なし〟が砂漠の魔物に対抗するために必死で考えだした武器だ。あんたのどてっ腹に穴を開けりゃあ、さぞかし見事な〝魔石〟になるだろうよ。試してみるか?」


 黄昏色の瞳がキラリと光る。


「人間に用いるのか?」


「まぁたまにな、魔銃がらみのちょいとした事故は起こる。要はどんな魔道具も使いかたしだいってヤツだ」


「第三部隊が遠征して、定期的に砂漠の魔物を退治しているはずだが」


「それが魔物も知恵をつけたのか、遠征の時期はおとなしくしてやがる。王都のやつらはそんなことも知らないだろう」


 ロイがバカにしたように口の端を持ちあげると、レオポルドの眉間にぐっとシワが寄った。


「それは……調査せねばなるないな」


「あんたひとりでか?」


 王都のやつらはどうせ、採掘事務所や遠征隊があげる報告書を読むだけで満足していると思っていた。意外に感じてロイが聞きかえせば、彼は当然といったようすでうなずく。


「必要とあらば」


 そのときロイの膝にいた白猫が、ニャゴニャゴと何かを訴えかけるように鳴いた。


 銀髪の魔術師はそれを聞いて目をむき、だが渋々といった調子でロイにむかって口をひらいた。


「……できたらだが、きみの手も借りたい」


「そう使い魔に言われたのか?」


 冗談だったのに、無言でふいっと目をそらせた魔術師に、どうやら図星だったらしいとロイは悟る。


「そうか、ネコちゃんは俺にこの兄ちゃんを手伝ってほしいのか」


 ちょちょいと指で肉球をつつけば、白猫はスリスリと身を寄せてくる。


「まぁ日当さえはずんでくれれば、俺は文句ねぇけどよ。まずはナディアの歌を聞いてからだな」


 店内につるされた魔導ランプの明かりが落ち、ロイたちが座る席が面するステージに照明があてられる。


 いつのまにか楽隊が位置につき、歌姫の登場を待ちかまえていた。


 リールという弦楽器を手にした歌姫ナディアが、きぬずれの音とともににあらわれた。シャラシャラと涼やかな音が鳴る飾りを縫いつけた衣装に、腰まで届く豊かな黒髪は緩やかにうねる。夜の精霊にも似た姿だが、紅瑪瑙色をした瞳と同じ色を唇にのせていた。


 ナディアがルルスに流れ着いて魔石亭の歌姫となったのは偶然だ。ここの酒場では魔力がないことなど、問題にされなかったというだけだ。


 王都の大劇場では魔力のない歌い手は門前払いをくらった。


「当劇場には耳の肥えたお客様がおおぜいみえる、魔力がない声でお客様を〝魅了〟することなどとても」


 だれよりも厳しい練習をしたのに、大劇場に響かせるような声じゃないといわれたのは悔しかった。


 それに魔力持ちは体がじょうぶで、休みなしに舞台に立てるやつらと勝負するのは難しかった。


 王都では相手にもされなかった歌声でも、ルルスの人間は聞き惚れる。ナディアはリールをかまえて店内を見回した。


「ここはエレント砂漠の入り口、魔石の町ルルスへようこそ。娯楽のない渇いた町を潤すのは歌姫ナディアの歌声……あら、きょうは特別なお客様もおみえなのね、私の歌をお聞きになる?」


 最前列に座る姿はどうしたって目に入る。支配人から王都からのお偉いさまがきているとは聞かされたが、こんなに若く美しい青年だとは思わなかった。


 流れるような銀糸の髪はつややかな輝きを放ち、その瞳は息をとめて見つめていたいような不思議な色をしている。


 ステージに光があたり店内が暗くなっていても、そのきらめきはナディアの目にも留まった。


 無表情にステージ上の歌姫と目を合わせたレオポルドは、自分の膝に戻ってきたナナを見下ろした。


 ナナは黄緑の目をもうキラッキラに輝かせて、ナディアを見つめている。


 白い尻尾がヒョコヒョコ動き、催促するかのように彼の腹にあたる。大きな手が白猫の背をなでた。


「……所望しよう」


 低くよく通る声が耳に届き、ナディアは満足げにほほえんでレオポルドに流し目をくれた。


 歌声には自信がある。ナディアの歌をいちどでも聴いた者は、みんな彼女に恋をする。


 一夜の夢でもそれでじゅうぶん、感情の変化が見えない硬質な美貌を持つ青年の瞳が熱を帯びることを期待して、彼女は歌いだした。


「ちぇ、ナディアのヤツ本気だしてやがる。俺のときにはあんな甘くねぇくせに」


 ロイがおもしろくなさそうにつぶやくが、精霊の化身ともいえる美しい顔をした黒衣の青年は、抱いた白猫をなでながらナディアの歌に聴きいっている。


 哀愁を帯びたリールの音色にのせて、ナディアの声は魔石亭の酒場に響く。


 遠く離れた故郷に残した恋人を想う歌、去っていく男の背中を追いながら、立ちつくす女の孤独……切ない別れの歌余韻を残した。


 アップテンポで陽気に魔石を運びだす鉱夫の歌は、ロイもお気に入りのナンバーで手拍子をしながらいっしょに口ずさむ。


 最後は出会ったばかりの男女が恋に落ちていく歌を、とりわけ甘い歌声で聞かせながらナディアは銀髪の男を見つめた。


 長い銀のまつ毛に縁どられた黄昏色の瞳と彼女の視線がからむ。歌い終えたあともう一曲、と彼に願わせることができれば彼女の勝ちだ。


 最後には男の頭を裸の胸に抱いて甘くささくように歌ってやればいい……そうすればどんなに荒ぶった男でも歌に酔い、もっともっと……と甘えてそれをねだるのだ。


 ポロ……ンと、リールが最後の音を奏でた。


「どうだったかしら?」


 じゅうぶんな余韻のあとに首をかしげれば、酒場の明かりに照らされた黄昏色の瞳が昏い熱を帯びた。


 それはナディアが期待していたものとは少しちがっていて、心臓をわしづかみにされたのは彼女のほうだった。


 どこか狂おしい渇望の炎が、彼の黄昏色をした瞳に渦巻いている。


「あの……」


「そうだな、リールを貸せ」


 命令することに慣れた口調でいう男に、ナディアはいわれるがままにリールを渡す。


 白猫がすいっと膝からおりて、彼の足もとで丸まった。男が長い指でポロンポロン……とリールをつまびけば、それだけで酒場中の者たちが息をのんで彼をみつめた。

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