1.レオポルドと白猫のナナ
(イラスト:よろづ先生)
【レオポルド・アルバーン】別名 『銀の魔術師』
彼を中心に『使い魔』たちの目線からとらえた日々の生活と冒険譚です。
『魔術師の杖』シリーズと舞台設定や登場人物は重なっています。
ただし『魔術師の杖』のヒロイン、ネリアはでてません。
こちらはのんびりと不定期更新です。
エクグラシアの王都シャングリラ、その中心にある王城に王都三師団のひとつ、魔術師団の本拠地……『塔』とよばれる高い建物がある。
その高い塔の一番上は魔術師団の師団長室になっており、師団長レオポルド・アルバーンと副団長のメイナード・バルマ、師団長補佐のマリス女史の三人がいつも働いている。
師団長室には三人の机がある仕事用のスペースのほか、歴代の師団長の蔵書がおさめられている書物庫、レオポルドの仮眠用の小部屋などがある。
『塔』の最上階ということで、不便そうな場所だが、師団長室には転移陣があり、王城内の各所への移動は比較的容易だ。もっとも、許可なきものが師団長室に直接転移することはできないが。
レオポルド・アルバーンは、シャングリラ魔術学園を卒業後、一年の見習い期間ののち、十八歳で成人すると同時に魔術師団長に就任した天才魔術師だ。
すっととおった鼻筋に唇は薄めで顔立ちはととのい、肌はシミやホクロのひとつもないきめ細やかさ、背中に流れる長い白銀の髪に、黄昏時の空をそのまま映したような薄紫色の瞳……それらはまるで女神か精霊ではないかと思わせるほどの美貌だ。
あでやかで美しい魔女たちがそろっていることで有名な王都魔術師団のなかでも、小細工なしで群をぬく美形なのだ。
もっとも本人はまわりの注目をあつめるその美貌を、たいしてありがたいとも思っていないようで、はげしい訓練も徹夜仕事も平気でおこなっている。
「おかえりなさい、師団長会議はどうでした?……あら、ナナもいっていたのね」
転移とともにレオポルドの黒いローブからとびでてきたのは、彼の使い魔である白猫のナナだ。真っ白な体にきれいな黄緑色の瞳を持つナナは、ある日レオポルドが連れかえって以来、師団長室にすみついている。
ナナという名前はレオポルドがつけたのではなく、白猫が彼の使い魔となったときに、自分で名乗ったらしい。
『わたし、ナナ!ナナっていうの!』
その白猫は、レオポルドのもとにやってきたときからやかましかった。もっともその言葉を聞きとれるのはレオポルドしかおらず、ほかの者にはニャーニャー言っているようにしか聞こえないのだが。
『おなかすいた!おうさま話長いんだもの!』
「すぐに食事をはこんでくれ……ナナが腹をすかしている」
『ちょっとー!食いしん坊みたいに言わないでよ!……あら、いいにおい……』
マリス女史が食事をはこんでくると、ナナはレオポルドの膝にのぼってご機嫌にくつろいだ。そこがナナの定位置なのだ。ナナの食事はいつもレオポルドが自分の食事からとりわけて与えている。
「今日はグワバン産のトテポのポタージュに、タクラ産のムンチョのソテーですよ」
「みゃあ」
「ほう……お前、ムンチョは好きか」
白猫とやり取りをしながら食事をすすめるレオポルドの目は穏やかで、ふだんの無口で不愛想なようすからはほどとおい。
食事をおえてそのままレオポルドの膝の上でくつろいでいたナナが、ぴくりと耳を動かすと彼の膝から飛びおり、ととと……と窓のほうへ向かう。
空から一羽のカラスがバルコニーに舞い降りて、ゆっくりと羽をたたむとそのままチョコチョコと師団長室に歩をすすめた。
錬金術師オドゥ・イグネルの使い魔のカラス、ルルゥだ。ルルゥは行儀がよいので、窓から飛びこんだりしない……だれかとちがって。
『ルルゥ!』
『あんた、あいかわらずグータラしてんのねぇ……こっちは空をあちこち飛びまわってるっていうのにさぁ』
ミャア……カァカァ……と、使い魔どうしにしか分からない会話をかわすと、ルルゥはレオポルドの机に飛びのり黒い目を深緑にかえた。
「レオポルド……探している素材の情報をつかんだよ。くわしくはルルゥに持たせた記録石に刻んであるから」
ルルゥのくちばしからオドゥの声が聞こえて、レオポルドはルルゥがはめている首飾りから青い記録石をはずす。
『ああん、それ……やっぱ渡さないとダメよねぇ?キラキラしていて気にいってたのに』
カラスのルルゥはヒカリモノが大好きだ。残念そうにカァ……と鳴くルルゥに、レオポルドは引きだしから缶を取りだすと、なかにはいっていた自分の魔力を練りこんだクッキーをつかみ、ルルゥにさしだした。
「ご苦労だったな……ルルゥ」
『いえいえ……さすが師団長サマの魔力はおいしいわね!あんたいつもこんなぜいたくなもん食べてんの?』
使い魔用のオヤツをうれしそうについばみながら、用事のすんだルルゥは床にいる白猫をちろんと見下ろした。
『むっ、食べすぎには気をつけてるよ!』
『そうよねーあたしは空を飛んでいくらでもカロリー消費できるけど。猫のあんたが食べすぎたら、飛べない白豚のできあがりよね!』
『なにいってんのよ!猫が豚になるわけないじゃない!わたしがいーっぱい食べたらホワイトタイガーになるんだから!いい?白虎よ!ルルゥはいくら食べても朱雀にはならないでしょー!』
『なにわけわかんないこといってんのよ!空も飛べないくせに!』
たぶん、ナナの体重がいくら増えても白虎……つまりホワイトタイガーになることはないだろうが、そこにあえてつっこむ者はだれもいない。
『空だって飛べるもん!こないだ仲よくなったんだから!』
『魔力持ち』から魔力を与えられ『使い魔』となった小動物は、知能がついたりあらたな能力が開花することもある。
シャングリラ魔術学園長のナード・ダルビスが、ヴェルヤンシャ山中で使い魔にしたリスには羽が生え、木のてっぺんから吊るされた彼があやうく遭難するところだったのを、捜索隊へしらせて救った……という話は有名だが、ナナに羽は生えていない。
『仲よくなった……って、なにと?』
カラスのルルゥが小首をかしげる。遠くから竜のおたけびが聞こえ、ついで風鳴が聞こえてきた。ドラゴンの羽ばたきが風を切る音だ。
師団長室の書類が舞いあがる。マリス女史は慣れたもので、書類がどこかに飛んでいかないよう、すかさず魔法陣を展開して書類を回収した。
レオポルドが眉間にしわを寄せて額をおさえた。まをおかずに、竜騎士団長のライアス・ゴールディホーンから『エンツ』が飛んできた。
『レオポルド!すまん……ミストレイがどうしてもそちらにいくと……』
「わかった……こちらはいま手が離せない、ナナを連れていってやってくれ」
レオポルドはライアスからの『エンツ』に返事をすると、ナナのほうをみる。
「ナナ……ミストレイが迎えにくるそうだ」
「ニャ!」
『わかった!じゃあいってきまーす!』
元気よく返事をして、白猫のナナは師団長室の窓から、バルコニーのふちに身軽に飛びのり、空にとびだした。
『ちょっ!ミストレイって……あのミストレイ⁉まさか竜王様⁉』
カラスのルルゥがあわてたように、そのあとにつづいて羽ばたく。
白猫はくるりと一回転すると、ちょうど飛んできたミストレイの背にまたがる、ライアス・ゴールディホーンの手にキャッチされた。
「ニャア」
「やぁ、ナナ……」
太陽のような金の髪に、夏の空のような蒼玉の瞳をもつ竜騎士団長は、にっこりと白猫に笑いかけ、だいじそうに抱えこんだ。
「ミストレイ!みまわりにひとっ飛びするぞ!終わったらナナにたっぷり遊んでもらえ!」
ミストレイはうれしそうにおたけびをあげ、ぐんぐんと高度をあげ飛び去っていく。それをルルゥはぼうぜんと見送った。
『あ、あたしについていけるスピードじゃないわ……』
ルルゥは塔の周りをくるりと一周すると、カァ、とひと鳴きして研究棟のオドゥのところへ戻った。
この先どうなることやら?
一応、こちらだけ読んでも楽しめるように書いていきます。