序ノ参
「先の発言。如何様の意味を持つか、答えてもらえるな?ヴィートス。」
アルドは先刻の発言から、訝しげな眼差しをヴィートスへ送っていた。
「……如何様の意味、とは、どういう事でしょうか?」
「とぼけない方がいい。この国では、ダンケルの民の能力の武力へ繋がる発言や思想を持つ行為は禁じられているはずだ。先の貴様の発言は、まさにそれだ。」
二人の間に険呑な空気が漂い始める。流石のフランとドンナーも、相手がアルドとなると口を挟めず、ただ沈黙を保つ事しか出来ない。アルドの追及に対し、ヴィートスは戸惑う様子もなく、いつもの如く静かに抗弁する。
「では逆に問いますが、自分は確かにそのような発言をしたかもしれません。しかしなぜその発言その物が、このように糾弾されるような形を取られねばならないのか、自分には理解出来ません。」
事実、ヴィートスは理解していなかった。先程のヴィートスの発言は、国の掟に反する物である。しかしヴィートスにとっては雷を発する武器を作ったからといって、それは別に争いを生む為の物ではない。負傷者の数を減らす事が剣の作られる目的ならばより強力な武器を作る、ひいてはその事が、発明チームの雷を操る者達の存在理由に繋がるなら――と、ただ純粋に考えての発言だった。故に、ヴィートスにとってはアルドの発言こそが不可解だった。
「貴様の発言は、明らかに王と女王が定めた掟に反する。より強力な武器を作るという事は、より争いを生むきっかけを作る事にも繋がる。」
「アルド様のそう考える根拠はなんなのですか?なぜ強力な武器を作ったからと言って、それが即、争いに繋がるという結論に至るのでしょうか?使う物がそう使わないという意志を持てば済む話ではないでしょうか?」
「確かに貴様の言う通り、固い意志があれば事には至らない。だが人間の心なぞ脆い物だ。自分の意志の範疇を越える誘惑が来ればそれに揺り動かされる。」
ヴィートスは少しの間、考える素振りを見せる。その一瞬の不穏の間に、アルドがわずかばかり眉を顰める。
「それは、“あなた自身”がそうだからでしょうか?」
「……何だと?」
「……ヴィートス!」
たまらずフランが割って入るが、ヴィートスは平然とした様子で対応する。
「……何でしょうか?」
「アルド団長に向かって何て口を聞くんだい!」
「相手が団長だから思った事を口にしてはいけないというのは、それはアルド様にも失礼に値すると思いますが?」
「いい、フラン。ヴィートスの言っている事は間違ってはいない。」
「……アルド様。」
「立場が上だ下だという事に囚われていては、よりよい国作りは出来ん。それにヴィートスの言う通り、私は弱い人間だ。だがそれとこれとは話しが違う。武器という物は凶器だ。人を殺める事に直接繋がる道具になる。」
「それは使う者の意志次第だという事を先程も申したハズですが……」
一向に互いの主張を崩さず睨み合いを続ける両者。その拮抗を破ったのは、意外な人物だった。
「まぁまぁ、二人共、その辺にしましょう?」
一触即発の緊迫した空気の中を事も無げな様子で入り込んできたのは、今まで一言も発さず事の成り行きを見守っていた、闇の女王ミンネであった。
「……女王様。」
「み、ミンネ。」
予期せぬ女王の突然の参入に、思わずヴィートスもアルドも言葉を失ってしまう。
「ミンネ、一体どういったつもりか。」
戸惑いの中、先に言葉を発したのはアルドだった。
「どういったつもり、とは……?」
「い、いや、先程私とヴィートスが話し合っていた内容を聞いていたのだろう?」
アルドの問いの意味が理解出来なかったのか、きょとんとした表情でミンネは問い返す。問い返しの言葉に、思わずアルドは呆気に取られる。
「つまりあなたは、より強い武器を作る事は争いを生む根源になると主張していて、ヴィートスさんは、それは使う者の意思によって制御出来ると主張しているのでしょう?」
「そ、そうだ。それを分かっていながらなぜ――」
「でもそれは、どちらも間違ってはいないと思うのですが……?」
「は……?」
ミンネの言葉の意味が理解できず、アルドの目が更に丸くなる。その様子を気にする事もなく、ミンネは続ける。
「どちらも正しい主張だからこそぶつかり合うのではないのですか?私は、その主張のぶつかり合いの果てこそが――“争い”に結び至るのだと思いますが……」
「…………」
然も当然と言わんばかりに、二人の主張を肯定するミンネ。そしてそれに付け加えた自身の主張があまりにも正論である為、アルドは反論に窮してしまう。論理的に物事を考えるアルドだが、このようにミンネの感覚で放った言葉に、その論理を簡単に凌駕されてしまうのはよくある事だ。そしてその度に、ミンネが自身の国の女王である事に誇りを覚えるのである。
「ヴィートスさんは別にただ強い武器を作ろうとしている訳ではなくて、雷を操る者の皆さんの事を想って、その発言をしただけなのでしょう?」
「……えぇ、まぁ、そうです。」
ミンネの問いに、ヴィートスはいつもの様子で静かに返答する。
「なら、別に構わないのではないですか?それによって雷を操る者の皆さんもお仕事への活力に繋がるのなら!」
「し、しかしだな……!」
「確かにダンケルの能力を戦いに直接結びつける行為は規制すべきです。でも、クラールハイトの国は民の皆さんによって支えられている。ならば私達も、その民の皆さんを信じる事が必要なのではないですか?」
ミンネは美しい容貌に似合わぬ皺を眉根に寄せ、たじろぐアルドを窘める。そして――
「わかった、わかった!全く、お前には敵わんな……」
流石のアルドもたまらず降参の白旗をあげた。