序ノ弐
クラールハイト王国では、それぞれの民により役割分担が異なっている。
ヴァイスの民は身体能力や頭脳が高く、ヴァイスの民で構成された自警団として主に狩猟を行ったり、その頭脳を駆使して、狩りに必要な武具や、生活に必要な日用品などの設計図を作る事を主な役割としている。
ダンケルの民は五つ年を重ねると、雷か炎、いずれかを操る能力に目覚める。雷を操る者はエレクトリッカー、炎を操る者はヴォルカーノと呼ばれ、かの能力を駆使して、ヴァイスの民より提供された設計図を元に開発を行う事を主な役割としている。
これらは主に城内での役割であるが、城下町では料理店や建築業を始めとした様々な職種を、それぞれの民がそれぞれの特性を活かしながら、互いに助け合う事で国を支えている。基本的に城内では城下町と違い、ヴァイスの民とダンケルの民ではっきりと仕事の役割が分かれているが、一つだけ例外がある。ヴァイスの民とダンケルの民の“混合”で構成された、発明チームである。
ヴァイスの民はその頭脳を駆使して様々な製品の設計図を作る作業を主とする設計班、ダンケルの民は雷を操る者と炎を操る者の二つのチームに分かれており、設計班より与えられた設計図の製品を、雷と炎それぞれのチームが担当に分かれ、製作を行う。ヴァイスの民の設計班、そしてダンケルの民の雷を操る者と炎を操る者の各チーム、これら三つの組織の総称を発明チームと呼ぶ。
「全く。設計班共も無茶を言ってくれるよ。理論上は可能なのかも知れないけどねぇ。」
城内の地下に、発明チーム達が日夜働く、工房がある。炎を操る者チームのリーダー、フランは、そこの一室で頭を抱えていた。今回設計班から提供されたのは“剣”という、鉄を炎で融かす工程が必要な新たな武器の設計図である。自警団はこれまで、弓や槍を主に狩りの道具として使用していたが、それでは殺傷能力が足りず獲物に逃げられるケースや、場合によっては獲物の反撃に遭い傷付く者が出るケースがここ最近増加していた。
そこで新しい武器として開発設計されたのが“剣”である。この技術が応用されれば更に新しい武器はもちろんのこと、獲物の反撃を受けた際の致命傷を避ける事ができる防具の開発も行える可能性が広がる。しかしこれまで、鉄の素材を融かす作業など行なった事はなかった。あのような硬い素材を融かすには、どれほどの炎と熱量が必要なのか。
フランは過去に一度、鉄に対して熱を浴びせ続ければどのような反応が起こるのか、発明チームでの実験を試みた事がある。だがかなりの熱量を浴びせたにも関わらず、鉄が融ける事はなかった。
「あたしの炎でも融けなかった鉄を、どうやって融かすって言うんだい?確かにこれまで彼らの設計図を元にして作れなかった物はないけどさ。」
「……こんばんは。
フランさん、どうしたんですか?難しい顔して。」
「あぁ。ヴィートス。ちょうどいい所に来てくれた。」
工房に顔を出したのは、炎を操る者の青年ヴィートスだった。ヴィートスはあまり感情を表に出すことのない寡黙な性格だが、よく働き腕も立つので、フランも厚い信頼を寄せていた。フランは事のあらましをヴィートスに話した。
「なるほど。確かに過去に行なった実験では融けませんでしたね。ただ気になるのは、この『1500度以上の炎であれば融かす事が出来る可能性がある』という文言です。」
「やはりあんたもそこが気になるか。確かにあたしらなら、人数を集めれば1500度以上の炎を生み出す事も可能だろう。けどね。」
「それをやるには危険が伴う、ですか。」
「あぁ。それだけ集めた人数での炎なら、どのような事故に繋がるかも分かんないし、確証もなく『可能性』なんて言葉だけでまとめられちゃあ、あたしも許可を出す訳には行かなくてねぇ。」
実際以前フラン一人で行なった実験でもかなり細心の注意を払い行なわれのだが、フランが限界まで炎の熱量をあげると、危うく怪我人が出る寸前の事態にまで発展した。その事からフランは危惧していた。
「……設計班はどういった経緯からこのような結論を導き出したのでしょうか?それさえ分かれば、判断が下せるのですが……」
「うーん、そうだね。よし、まずはそこから話してみるかね。ありがとヴィートス。あんたのおかげで、ちょっと答えが見えたよ。」
「……いえ、自分は感じた疑問を口にしただけですから。」
「謙遜しなくていいさ。これまでもあんたのその感じた疑問で答えに結びついた事は、山程あるんだからね。」
「……ありがとうございます。」
「相変わらずそっちは忙しそうだな、フラン。」
話しが一段落した時、頃合を見計らうかのように雷を操る者チームのリーダーであるドンナーが工房に入ってくきた。
「立ち聞きとは人が悪いね。別に話しの途中だろうが気にせず入ってくりゃいいじゃないか。」
先程から入口に気配がしていた事をフランは察していた。そしてその気配の主がドンナーである事も。
「いやいや、俺なんかが途中で入って行って、大切な“答え”に結び付けられなきゃ悪いと思ってね。」
しかしフランの気遣いに対し、ドンナーは皮肉な言葉で返す。このやり取りから見て取れるように、ドンナーとフランは犬猿の仲である。とはいっても、フランの事を良く思っていないドンナーがこのようにあてつけるのだが、おおらかな気質のフランにいつもあしらわれているのが、実際の所である。フラン自身は同じダンケルの民としてドンナーと仲良くやりたいと思ってはいるのだが、ドンナーの気質上、なかなかうまくいかない。
「……またあなたですか、ドンナーさん。そうやっていつもいつも。いい加減飽きないんですか?」
間にヴィートスが割って入る。ヴィートス自身はドンナーの事をあまり得意とはしていなかった。ドンナー自身の気質を苦手としていた訳ではない。傍から見るとドンナーは問題のある人間に見えるが、雷を操る者チームの“リーダー”という肩書を持つように、優れた人間なのである。だがその自らの能力や才能を軽んじている部分に、ヴィートスは嫌気が差していた。
「ん、何の事だ?別に俺はただ、お前さん達の仕事を邪魔しちゃいかんな~と思ってだな。」
「あなたは優秀な人ですよ。なのに起こっている物事の表面しか捉えようとしない。そうではなく、ちゃんと本質に目を向ける努力をした方がいいと思いますが。」
「またその話しか。お前の方こそ、そうやっていつもいつも。飽きないのか、それ?」
「お言葉を返すようですが――」
「はいはい、そこまでだよ二人とも。」
ヴィートスは普段あまり感情を表に出すことはない。しかしなぜかドンナーが関わると、このように感情的になる事が多い。そして二人が口論になりかける所を、毎回こうやってフランが窘める。ヴィートスとドンナーは互いに睨み牽制し合うが、フランの手前、これ以上の口論を繰り広げる事はなかった。
「まぁ、ヴィートスの言う事も最もだよ。確かにあんたは優秀な人間だけど、それを軽んじている部分はあるね。」
「そのような言葉、お前の口から聞かされても――」
「黙って聞きな。あたしはね、あんた達雷を操る者ともっと仲良くしたいんだよ。あんたの部下にも、そう思ってる人間は多くいるハズさ。でもリーダーのあんたがそうやってこっちに敵意を向けてると、あんたの部下達も、素直にこっちと仲良くなんて出来ないもんだよ?」
ドンナー自身も自らが優秀な人間である事は自覚しているし、自らの能力に誇りも抱いている。しかし、国として重宝されているのは、やはり雷の力よりも、使い勝手の良い炎の力なのだ。ドンナーはそこに、フランを始めとした炎を操る者への劣等感を感じていた。
「だが事実は時に残酷な物さ。もっと、もっと雷の力を使う機会さえあれば……もう、昔のように戻る事などは出来んよ、フラン。」
「ドンナー……あんた……」
「ならばその機会を作ってしまえばいいんですよ。」
ドンナーとフランの間に流れる侘しい空気が、ヴィートスから淡々と放たれた一言により断ち切られる。
「作る、だと?」
「ドンナーさん程優秀な方がその答えに辿り着かないだなんて、少し驚きです。要は、雷を操る者として生きる価値が見出だせていないという事ですよね?」
「つ、作ると言ったって、そんな簡単な事じゃないよ?だから今まで悩んできたんじゃないか、ドンナーは。」
「簡単ですよ。今ダンケルの民が発明チームとして与えられている役割は、設計班から与えられた設計図で製品を作る事のみ。その概念だけに囚われているから、自身の能力の高さを軽んじる結果に繋がるのですよ。」
ドンナーとフランは共に首を傾げていた。発明チームのダンケルの民は、その能力を設計班からの設計図の発明以外に使う事はなく、そしてそれが、このクラールハイト王国の掟である。ヴィートスの発言はその理を否定しかねない言葉であった。
「考えてもみてください。町の民達は我々と違い、製品を作る事以外にその能力を使っています。なぜ自分達発明チームの人間だけが、他の用途に能力を使ってはいけないんでしょうか?」
「お前の言いたい事は、分かる。だがな……」
言い分は分かると言った物の、ヴィートスの発言の意図がいまいち掴めず、ドンナーの表情には困惑の色が浮かんでいる。同様の気持ちを持つフランだが、一先ずはヴィートスの結論を聞いてからの判断をしようと、先を促した。
「まぁ一応ヴィートスの言い分だけは聞いてみようじゃないか。お前の言う通り町の民達は様々な事にその能力を使っているね。でもそれはあくまで、生活する為に必要な事と決められているじゃないか。」
クラールハイトの城下町に住む民達は、その生まれ持った力を極端に生活とかけ離れた所で使う事を許されてはいない。ヴァイスの民の身体能力や頭脳、ダンケルの民の雷や炎を生み出す力は、それぞれが力を合わせ国を豊かに繁栄させる為に神より授かりし物であり、決してそれ以外の事に使うべきではないとの代々の光の王と闇の女王の“遺志”により定められてきた。
「今回の設計班から任された剣の開発……確かに自分達炎を操る者の力が必要不可欠だからこそこちらに設計図が渡されたのでしょう。しかしその開発に、なぜ雷を操る者の力が不要だとの判断が、開発前の段階から下されてしまうのでしょうか。……自分にはそれが理解出来ません。」
「剣の開発をする工程には、雷の能力を使う要素がないからその判断が下されたんだろ?」
「……例えばの話しです。この設計図通りに開発が行われ剣が出来たとしましょう。それはこれまで使ってきた弓や槍よりも、格段に強力で鋭利な武器となるでしょう。しかしそれだけではなく、そこに雷を操る者の能力を加え、雷を発する剣とするならば、更により強力な武器となるとは、思いませんか……?」
「――その主張は、王と女王の“意志”への反逆に値するぞ。」
工房の外より響くその声の主は、やがてゆっくりと近付き、その姿を現した。
自警団の団長アルド、そしてその後ろを慕うように付いて歩くのは、クラールハイト王国の闇の女王、ミンネその人である。