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劃裂―かくれつ―のバイポーラ  作者: 新道 轍
序:託乱者
2/5

序ノ壱

 ヴァイスの民で構成された自警団、ゼルシュッツ。その団長であるアルドは、光の王バルダの部屋の前で腕組みをしながら、眉間に皺を寄せていた。


「……はぁ。どうせ今回も言っても無駄だとは思うが……」


 深い溜息と共に、独り言ちる。

 アルドはバルダに、ある提案を持ちかけようとしていた。しかしこの題の提案は過去に幾度もおこなってきたが、バルダに通る事はなかった。故に今回も、幾度目になるか分からないこの提案を、通らないと前提のうえで投げかける事になるのだ。だがそれでも訴えを続けなければいけない理由が、アルドにはあった。


「やっぱりこんな事が一生続くのはいかん事だ。なぜあの二人が、このような悲恋を続けねばならんのだ。なぜあの二人でなければならなかったのか。私は納得がいかぬ。だがしかし、あいつはガキの頃から頑固で融通の利かんやつだったからな……」


 アルドは幼き頃からバルダとは幼馴染の関係だった。しかしある日、先代の王が逝去した際に、バルダが次の光の王としての使命を受け継ぐ事になったのだ。

 光の王と闇の女王は先代の者が逝去する際、ヴァイス、ダンケル、それぞれの民の中からその“素質ある者”が、次の王、女王として選定される。しかしその“素質ある者”は、先代の王や女王ですらどのような事柄が素質に繋がるのか、そしてそれが誰になるのかも予測不能なのである。


 バルダとアルドの共通の幼馴染に、ミンネという少女がいる。幼き頃は三人仲良く過ごす事も多かったが、思春期を迎え、それぞれが次第に幼馴染から異性を意識し合う関係になっていった。やがていつしか、バルダとミンネは恋仲となる。


 彼らが齢18になろうという頃。先代の光の王が逝去し、バルダが次の光の王となった。そしてその二年後、闇の女王が逝去し、次の闇の女王としてミンネが選定された。光の王の使命は世界に“光”を送る事。闇の女王の使命は世界に“闇”を送る事。すなわち光の王が目覚めている(とき)には闇の女王は眠りにつき、闇の女王が目覚めている(とき)には光の王は眠りにつく事になる。


 バルダとミンネ、それぞれが選定されてから、月日は九年もの歳月が流れていた。世界の(ことわり)とはいえ、なぜ愛し合っていた二人が同じ刻を歩み、愛を育む事が出来ぬのか。アルドは憤慨(ふんがい)していた。そしてアルドが訴えを続ける理由というのもそこにある。


「…………」


 アルドは扉の前に立ってから少しの間を置き、気持ちを整えた所で王の部屋をノックした。


「誰だ?」


 扉の奥からバルダの声が聞こえてくる。


「私だ。アルドだ。王に少し話しが。」

「アルドか。入ってくれて構わん。」


 バルダからの認可を確認し、アルドは王の部屋へと入る。

 バルダは部屋の奥の窓側に立ち、気持ちよさげに伸びをしていた。


「やぁ、おはようアルド。今日もいい朝だな。」

「あぁ。お前のおかげで、今日も世界に光が広がっている。」

「いや、私だけの力ではないよ。ヴァイスの民、ダンケルの民、そしてお前達自警団(ゼルシュッツ)の皆が、国の為に尽力してくれているから、私は安心して使命を全うする事が出来る。」

「それが私の役目だからな。当然さ。」

「して、用というのは?」

「あー、それなんだが……

 今度の狩猟の日を、提案しようと思って、だな。」


 いつもの他愛ない話しを交わした後本題に入ろうとするも、やはり今回も題の提案が通らない結果が目に見えてしまい、別の話題に切り替えてしまう。


「狩猟、か。食物庫の蓄えはまだかなりあったと思うが?」

「まぁそうなんだが、ほら、いつ何が起こるか分からんだろ?先日発明チーム(キュンストラー)から、近々嵐がやってくるかもしれんという、報告も、あったし……だから、可能な限り先の事を見越して、だな。」

「ふむ、そうだな……」


 実の所、バルダはアルドが訪れた理由を何となく察していた。そしてアルドの歯切れの悪さから、それは確信に変わっていた。


「アルド。お前は私が昔から隠し事は嫌いだという事を知っているハズだが?」

「な、何の事だ?」

「お前はいつもそうだ。何か伝えたい事があってもそうやって別の議題にすり替え、こちらの反応をまず探る(くせ)がある。分かっているよ。どうせまたミンネの事だろう?」

「……ん、あ、あぁ。……そうだ。」

「ミンネの事はこれまでに何度も言ってきたが、私は考えを変えるつもりはない。話し合うまでもないと思うが?」


 ……だろうな。流石幼馴染というべきか、アルドの考えている事はバルダにはお見通しのようだった。そしていつもこのように考えを変えるつもりはないの一点張りで、意見を押し切られてしまうのだ。その結果が見えているからこそ、アルドは題を切り出せずにいた。

 しかし今回ばかりは、アルドも少々違っていた。


「ハハハ。やはり、お前には敵わんな。全てお見通しか。」

「寸刻前から私の部屋の前で(うな)っているのも分かっていたぞ?」

「……むぅ。そこまで理解していながら泳がされるような真似は、少々、不快だぞ。」

「お前は冷静沈着で常に頭が切れる。だがことミンネに関してとなると、途端にその切れ味が鈍る。」


 アルドもかなりの曲者ではあるが、幼き頃からの付き合いゆえか、やはりバルダの方が一枚上手のようである。


「……まぁ、多少自覚はしているさ。だが私は、お前達の事を思ってだな――」

「その話しの結論は、既にもうついているだろう?」

「あぁ。いつもであれば、な。」

「何?」


 いつもなら自分の意見が変わらない事を頑なに押し切られたアルドが諦め勝敗が決するのだが、今回はやや事情が違う。アルドは今回の討論で勝利する為のある“切り札”を用意していた。いつもと様子の違うアルドに、バルダは少々、怪訝(けげん)な顔をした。


「今日からひと月後、何がある?」

「何も特別な事はなかったと思うが……」

「お前はそんな事すら忘れてしまったのか?今日からひと月後は、ミンネの誕生日だ。」

「あぁ、その事か。それなら認識しているが、それがどうした?」

「その事とはなんだ!その事とは!」


 事の重大さを理解してないバルダに、アルドは思わず声を荒げる。


「お、大きな声を出すな。」

「全く。相変わらず一番肝心な事を良知(りょうち)せんのだな。私はお前のそういう所に腹を立てているのだ。」

「い、一体なんの事だ……?」

「今回はただの誕生日ではない。ミンネの齢30となる誕生日。つまり、節目を迎える特別な日なのだ。ただの“生誕祭”とは、意味が違う。」


 今日より一週間後、ミンネが30歳となる、女王の“生誕祭”が行われる予定となっている。それは同時に、バルダとミンネ、そしてアルドにとっては、特別な日である事を示していた。しかしバルダは、未だ自分に向けられた怒りの矛先の意味を、これまでの会話の内容から導き出せずにいた。


「そ、それとお前が声を荒げる事と、何の関係があるんだ?」

「それがとはなんだ!貴様、ミンネが闇の女王に選定されてからどのぐらいの月日が経ったか分かっているのか!?」

「ま、間もなく10年、だな……」

「10年。そう、10年だ。互いに光の王と闇の女王となり間もなく10年だぞ?だがお前達は、光の王と闇の女王になったが故に、永遠に同じ刻を歩む事が出来なくなった。私は、お前達の使命はとても崇高な物だという事は、もちろん理解している。お前達のおかげで、私達は朝と夜を迎える事が、できるのだからな。ただ……ただ――

 なぜお前達二人でなければならなかったのか!?お前達は共に愛し合っていた!そのお前達が、なぜ!?他の者ならばまだ良かった!私はこのような試練を与えた神に、憤りさえ覚える!」


 それまで語っていた軽快な口調とは打って変わり、突如怒りのままにアルドは捲し立てた。バルダは話しの腰を折る事なく、アルドの主張を黙って聞き続ける。


「……なぁ、バルダ。“10年”だ……もう、普通の幸せを求めても、いいんじゃないか……?」


 アルドは、喉の奥から想いを絞り出すように、静かに、バルダに訴えかける。しかし、バルダの口からはその問いに対する答えは生まれてこない。


「お前も、ミンネも、使命の為に自らの心を殺し、陰で人知れず多くの涙を流した事を、私は知っている。だから、もういいんじゃないか……?

 古の“ユト族”の泉。そこにいる彼ら(ユト族)なら、逝去する以外に、王の力を他者に譲る“智識(ちしき)”を持っているハズ。だから――」

「……すまない。」


 今まで守っていた沈黙を破ったその第一声は、意外にも謝罪の言葉だった。そしてその言葉の意味が、ゆっくりと、バルダの口から発せられる。


「な、なぜお前が、謝る必要が、ある?」

「お前が私達の事をそこまで想っていてくれたとは、つい先刻まで知らなかった。」

「あ、当たり前だ!幼馴染としてではない!共に今まで生きてきた家族として!お前達を、私の大事な――『護りたいモノ』を護るのが、私の役目だ!」

「だからこそだ。」

「……何が、だ?」

「お前にとって私が家族と言ってくれるように、私にとっても、ヴァイスの民、ダンケルの民は、全て家族なのだ。私はこのクラールハイト王国の王。自身の私利私欲の為に、民を利用する事は許されんのだ。それは同時に、闇の女王であるミンネも同じだ。」

「…………」


 考えてみれば当然の論だった。バルダはすでに一国の王。国の為、そしてそれに尽くす民の為に物事を考えるのは当然だった。そこの考えに至らない、愚かなのは自分の方だった。アルドは己の欲求しか満たそうとしない自らの幼稚さに、激しい嫌悪を覚え、打ち(ひし)がれた。


「ありがとう。だが私の事は、もういいんだ。それより、お前もミンネの事を好いていただろう?」

「……今その話しに何の関係がある?」


 アルドはバルダがこれから発しようとしている言葉に心当たりがあった。バルダは幼き頃から常に周囲の事を考え、そして周囲の為ならば自己を犠牲に出来る性格の持ち主だった。だからこそ自身が光の王に選定された際も拒む事なく受け入れ、民の為に己を犠牲にしていく覚悟を決めたのだ。

 そんなバルダが王だったからこそ、アルドはバルダの為に一生を捧げる覚悟をし、弛まぬ努力を重ね自警団(ゼルシュッツ)の“団長”という地位にまで昇り詰めた。

 その(アルド)がこれから発する言葉など、容易に想像できる。


「私はミンネの事をもちろん好いている。だがお前の事も同じぐらいに好いている。」

「やめろ!!それ以上は言うな!!」

「しかし、私とミンネは光の王と闇の女王である以上、一生同じ刻を歩む事は許されない運命なのだ。」


 だがバルダはアルドの制止など聞くことなく続ける。


「だからそれを何とかする為にユト族に智慧(ちえ)を……!」

「私とミンネが同じ刻を歩む事は残念ながらない。だが、例え一生同じ刻で会う事が出来なくとも、私達は一つだ。」

「あ……」


 その言葉に、為す術もなかった。バルダの覚悟はアルドの想像の遥か上を越えていた。その“重き覚悟”に、何の覚悟も持たぬ自分なんかの言葉など、届くはずがあるまい。幼き日々を共に歩んできた幼馴染は、紛れもなく一国の立派な“王”であった。


「だからアルド。私の手で幸せにしてやる事が出来ない分、お前が私の分まで、彼女(ミンネ)を愛してやってくれないか……?」

「私は……お前達が幸せになってくれなければ、意味がないんだ……」

「ありがとう……だがもういいんだ。私が光の王となり、ミンネが闇の女王となった時、すでにその覚悟は出来ている。すまないな、相棒。」

「私は……俺、は……なんて無力なんだ……」


 アルドはバルダに聞こえない程のか細い声で、自身の無力さを、慨嘆(がいたん)した。

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