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鬼の子と英雄の娘

「鬼童丸! 旅に出るわよ!」

「……いきなりなんだよ、瀧姫」


 この会話が行なわれたのは、かつて伊予之二名島と呼ばれ、今では『四国』と改称された地方の一国、土佐だった。

 土佐の中心にそびえ立つ『吉備城』の城下町に建てられた屋敷、つまりは俺の家の障子を思いっきり開けて、開口一番にとんでもない言葉を言いやがった目の前の女を見る。

 いや見るんじゃなくて睨むというのが正しい。せっかくの平和と休みを満喫していたのを邪魔されたからだ。


「なによ。ただ昼寝してただけじゃない。せっかくって言うなら、可愛い可愛い幼馴染のあたしが来たことを喜びなさいよ」


 そう言って自称美少女さまは無い胸を偉そうに張った。そして寝ている俺の枕元に遠慮なく座った。


「いや、お前が関わると俺が苦労するんだ。できればそっとしてほしい」

「はあ? 苦労なんてしてないじゃない」


 きょとんとする瀧姫に俺は若干の怒りを覚えた。こいつのせいでしなくてもいい苦労を散々させられたのだ。ま、挙げればキリがないので言わないでおく。


 それにしても、こいつは変わらないなと思う。一ヶ月前に会ったばかりだけど。改めて瀧姫をまじまじと見る。水色の小袖。おかっぱの黒髪。まあ美少女と自称してもいいくらいの整った顔立ち。歳が十五だというのに四尺七寸くらいの身長。細身の身体。


「なにじろじろ見てるのよ?」

「全然成長してないなと思ってな」

「あははは。殴るわよ?」


 そう言いながら張り手する瀧姫。疑問形なのにおかしいな。でも全然痛くない。


「それで旅に出るとか言ったけど、お前仕事はどうしたんだよ?」


 瀧姫は京で官人、つまり御上に仕えている役人だ。確か役職は『軍師省』の……なんだったかな? 長ったらしくて覚えてない。


「ああ、あれは翠羽おばさんに押し付けたわ」

「……あの人過労死するんじゃねえか?」


 まさか『日の本の総代官』に仕事を押し付けるとはな。


「いいのよ別に。あの人仕事大好きだし」

「おやっさんにはなんて言ったんだ?」


 すると瀧姫はどうでも良さそうに言う。


「ああ。父様には『旅に出ます。探さないでください』と書置きしておいたわ」


 大丈夫なのか? ていうか仲が相変わらず悪いな。いや、おやっさんが冷たいだけで、瀧姫は構ってもらおうと必死になっているだけか。

 つまり今回の旅は当てつけか。


「お前は良いけど、俺は一応仕事があるんだよ。吉備城を守るって役目が」

「それは平気よ。あんたが昼寝している間に蒼牙のおじさんに書いてもらった書状を城主に渡しておいたから」

「……内容は?」


 瀧姫はまるで太陽のような輝かしい笑顔を見せた。まさか……


「鬼童丸の解雇よ! これで旅ができるわね!」


 こいつ、やりやがった……!

 蒼牙さんも瀧姫に甘い。甘すぎる。


「じゃあ俺は浪人になったのか?」

「そうね。でも二十歳だし、若いから仕事も見つかるわよ」


 他人事のように言う瀧姫。こいつに何を言っても無駄だと悟った俺は「分かった」と言って立ち上がった。


「仕事がねえんなら、旅に出るか。今準備してくるから、ここで待ってろ」

「あら。意外と素直じゃない」

「お前の幼馴染やっているんだ。諦めが肝心だって分かるんだよ」


 そういうわけで準備をするわけだけど、特に持っていくものはない。一応、おやっさんからもらった名刀『鳴狐』を腰に差した。なんでもおやっさんの恩人が持っていたものらしい。よく知らないけど、切れ味が良いので使っている。


「準備できたぜ。さあどこに行くんだ?」


 寝巻きからきちんとした着物を着た俺に瀧姫は「南と北、どっちがいい?」と訊ねた。


「今は二月だから寒いし、南がいい」

「じゃあ薩摩に行くわよ」


 はあ? 薩摩? 九州のはじっこだろ? 火山しかない辺境にどうして行くんだ?


「薩摩になんか用があるのか?」

「用なんかないわよ。いや一つだけあるわ」


 瀧姫は悪そうに笑った。邪悪そのものだった。


「薩摩隼人とあなた、どっちが強いのか比べてみたいわ」


 本日二度目のとんでもないことを言いやがる。


「お前なあ、薩摩隼人は人間じゃねえ。化け物だろうが。あいつら一人で京の武者十人分だろう?」

「あらそうかしら? あんたも大概じゃない。そうでしょ鬼童丸」


 瀧姫はにやにや笑っている。少なくとも美少女はしない種類の笑みだった。


「あんたも京の武者を十人相手でも倒せるし、何より『本当に化け物』じゃない」

「……まあそうだけどよ」


 ぽりぽりと頬を掻く。すると瀧姫は「本音を言えばあんたに分があると思うわ」と言う。


「実際に立ち会わないと分からないわ。さあ行きましょう!」


 なんていうか、本当に強引だな。

 苦笑しながら俺は先に外に出た瀧姫を追う。





 天下泰平の時代。

 人がこの世の栄華を謳歌していた時代。

 かつて化け物とされた鬼は滅ぼされてしまった。

 いや、まだ滅んでねえ。

 俺が生きている限り、鬼は滅びない。

 今は昔、京の都を恐怖のどん底に陥れた鬼、酒呑童子の血を引く半妖。

 それが俺だ。だから鬼童丸と名付けられた。

 そんな化け物である俺の幼馴染、瀧姫。

 俺以外の鬼を滅ぼした、日の本の大英雄の血を受け継ぐ女。

 鬼退治の若武者、吉備太郎の娘だ。


 これは俺と瀧姫の物語。

 語り部の要らない、青春の物語。

 そして因縁と運命を乗り越える物語だ。


「何しているのよ。早く行くわよ!」

「ああ、分かってるよ!」


 瀧姫の気まぐれが日の本を大きく動かすことになるなんて。

 今は想像もしなかったのだ。


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