永遠の別れ
荷物をまとめ、故郷に帰らんとするヤマドリの元に、豪華な緑色の馬車が現れました。
「ヤマドリさん。やはり、こうなって仕舞われたのですね。
どうか、貴方の故郷に帰る前に俺の故郷で共に戦ってはくれませんか」
声の主は、他でもない雷鳥でした。
彼は、故郷で最強の戦士として崇められるようになっていましたが、
ヤマドリの身に降りかかった仕打ちを聞いて自分よりも強い戦士を自分の居場所に引きこもうとしたのです。
主と恋を同時に奪われたヤマドリにとって、雷鳥の誘いは天啓にも等しいものでした。
雷鳥の郷への道中、馬車の中のヤマドリの存在を知った様々な国からの使者がヤマドリを呼びましたが、
ヤマドリは『金や領地よりも、この志こそが俺を突き動かすもの』と使者を帰しました。
***
雷鳥の郷のヤマドリは、英雄として扱われました。
最強の雷鳥が兄の如くに慕うヤマドリに、雷鳥の仲間たちは心を動かされました。
しかし、その僥倖は長くは続きませんでした。
其の日は、太陽が大地を照りつける日でした。
閲兵を終えたヤマドリの心臓が、突如として酷く痛み始めたのです。
ヤマドリはそのまま地に伏しました。
『お前が姫を助けた事を言ってしまった』
『姫が地上人の男を選び、お前を宮殿から追い出す事にした』
このどちらかが起こってしまったら、その時点でお前の心臓は張り裂けて肉体も魂も散ってしまう
***
眼を覚ましたヤマドリは、何故かあの魔法使いの邸の寝台に横たわっていました。
「魔方陣でお前を雷鳥の郷から召喚した。残念だったな。
お前にかけてある魔法は、呪いに変わってしまったようだ」
そう言って、魔法使いは水晶球を取り出し、ヤマドリにある光景を見せつけました。
そこに映しだされていたのは、ヤマドリが忘れる筈もない、鴎の国の姫様でした。
見たこともないような美しい宝石を纏い。
見たこともないような女性らしい、純白のドレスを纏い。
見たこともないような化粧で、その美しさが殊更輝いていました。
――――隣に立っていたのは、あの人間の士官でした。
***
「ここで、横を向け。雷鳥と―――」
其処には、幾人かのセイレーンが立っていました。
不思議なことに、雷鳥以外は皆丸坊主です。
「わあああああ!!どちら様ですか?」
「…お前の郷のヤマドリ仲間だよ。わしらは、この魔法使いに髪を渡して、お前が助かる方法を聞き出したんだ」
魔法使いが、ヤマドリの側に歩み寄り、そっと何かを手渡しました。
それは、鞘と柄が真っ白な、銀色に光る短剣でした。
「この短剣を、姫様の心臓に突き立てて来い。その血液を身に浴びれば、お前の心臓は正常に戻る。
お前は雷鳥の郷で、生き続ける事が出来るようになるんだ!」
雷鳥がヤマドリの手から短剣を奪おうとしましたが、魔法使いは其れを制しました。
「お前なら迷い無く奴を殺れるだろう。しかし、この解呪方法は呪われた本人がやらないと意味が無いんだ」
「―――わかりました。取り敢えず、鴎の国に飛びます」
「刻限は、明日の日の出までだ。姫様が眠っている間なら、忍び込めるだろう」
ヤマドリは、短剣を携えて魔法使いの邸から鴎の国へ向けて飛び立ちました。
魔法使いが、誰にも聞こえぬ様に呟きました。
「…俺の目算違いだった。俺が恋によって白い翼の国を選んだように、あいつも―――」
***
ヤマドリにとって、姫様の寝室に忍び込む事までは造作もないことでした。
ヤマドリは震える両手で短剣を握り締め、天蓋を上げて姫様と花婿の眠る寝台の横に立ちました。
二人共、天蓋の中に誰か入ったか気づかない程に、ぐっすりと眠っていました。
愛しい愛しい、姫様。
その心臓にこの短剣を突き立てなければ自分の心臓は本当に壊れて、ヤマドリの全ては失われてしまいます。
ヤマドリは、短剣を振り下ろそうと、構えました。
しかし、その構えをとったまま、何時までたっても振り下ろせません。
これまで見たどんな時より美しい姫様の其の顔を、苦痛に歪めて仕舞いたくはなかったのです。
「―――お許し下さいませ」
眠る姫様の額に、軽い接吻をすると、そのまま短剣を持って寝室を出て行きました。
向かったのは、最初に姫様を見た、城壁から直ぐの海。
既に、朝の陽が遥か水平線を照らし始めていました。
「じゃあな」
そう云って、ヤマドリは身を躍らせると同時に、自らの心臓に短剣を突き立てたのです。